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屋烏の愛  作者: 又一
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すれ違い

ヴィクトリアは、その後ろ姿を見つめていた。


緊張しながらも、差し出された手を取り、相手の男性とおずおずと視線を交わしながら踊るエルザの姿は、どこか眩しく、そして微笑ましい。ぎこちない足取りさえも初々しく、見ているこちらまで自然と口元がやわらいでしまうようだった。


(楽しんできてね、エルザ)


ヴィクトリアは胸の中でそっと呟いた。


会場の中央では、幾組もの男女がくるくると舞い始めていた。楽団が奏でる優雅な旋律に合わせ、靴音が軽やかに床を打つ。布が擦れ合う音、低く交わされる囁き声、時おりこぼれる控えめな笑い声。そのすべてが溶け合い、夜はますます華やかさを増していく。


けれど、その賑わいの輪の外でひとり佇むヴィクトリアの胸には、別の思いが残っていた。


(さて……私は、どうしようかしら)


今から人混みの中でダニエルを探すのは、あまりにも骨が折れる。照明も落ちてしまった以上、先ほどよりずっと見つけにくい。無闇に歩き回っても、かえって人の流れにのまれるだけだろう。


それならいっそ、一度ダニエルを探すことは諦めて、呪いに関する手がかりがないか探ってみる方がいいかもしれない。


ヴィクトリアにかけられた呪い。

それはきっと、当時の王太子と恋仲にあったがゆえに、誰かの嫉妬を買ってかけられたものに違いない。だとすれば、当時の王太子の周囲にいた人間関係を辿れば、呪いをかけた相手に行き着けるかもしれない。この王宮の中なら、王家の歴史を記した記録書、あるいは当時の事情に詳しい者がいても不思議ではない。


ヴィクトリアは、自らの家が表舞台から姿を消した後、アーデルハルトがどのような日々を送り、何を胸に抱えて生きていたのかを知らない。その空白を埋めるために、そして、隠された真実へ少しでも近づくために、ヴィクトリアはゆっくりと歩き出した。


談笑する貴族たち、笑みを交わしながら踊る男女を横目に見ながら、ヴィクトリアは気配をできる限り薄くして会場の中を巡っていく。


黒いドレスは暗がりによく溶け、もともと人目を避けて生きることに慣れているヴィクトリアが意識して歩けば、誰の視線にも引っかからずに移動することはそう難しくない。まるで闇そのものと化したかのように、ヴィクトリアはするり、するりと人々の合間を抜けていった。


時折、耳に入るのは他愛のない会話ばかりだった。


王太子の姿を探して浮き立つ令嬢たち。

久方ぶりの再会に声を弾ませる男性たち。

舞踏会らしい華やかで軽やかな話題に耳を傾けては、それが自分の求めるものではないと切り捨てる。


その中に、先ほどまで必死に探していたダニエルが紛れているとも知らぬままー


***


数刻前ー


ヴィクトリアと別れ、一人だけ先に会場へと通されてしまったダニエルは、思わずその場で足を止めていた。


(…すごい人の数だ!)


扉をくぐったダニエルの視界に広がったのは、煌びやかな光と無数の人影だった。


天井から降り注ぐシャンデリアの輝きに、磨き抜かれた床に映る色とりどりの衣装。豪奢な装いに身を包んだ貴族たちと、どこか緊張した面持ちの平民の娘たち。広いはずの会場が、まるで息苦しいほど人で満ちている。


その光景に圧倒されながらも、ダニエルはすぐさま、たった今くぐってきた扉のほうへと振り返った。きっと、ヴィクトリアもすぐに後から入ってくる。そう思って、彼は入り口の脇へ移動し、その場で待つことにした。人の流れに押し出されないよう壁際に寄りながら、何度も扉のほうを見やる。


だが、待てども待てども、ヴィクトリアの姿は現れなかった。


(…遅いなあ)


ほんの少し、不安が胸をかすめる。

もしかしたら、衛兵に足止めを食らっているのかもしれない。


助けに戻ろうと、ダニエルが扉のほうへ足を向けかけた、その時だった。


「おい、ダニエルじゃないか?」


背後から、勢いよく肩を叩かれる。

振り向くと、そこには仮面越しでもすぐに見覚えのある顔があった。


「やっぱりダニエルだ!来てたのか!」


「や、やぁ、マルクス…よく僕だと分かったね」


仮面をつけていれば知り合いにも気づかれないだろうと、どこかで高を括っていたダニエルは、目を丸くしながら言葉を返す。


するとマルクスは、無邪気な子どものようににかっと笑った。


「遅れて入ってきたから目立ってたんだよ!さ、みんなも来てるんだ、こっち来い!」


「ちょ、ちょっと待ってくれ…!僕は…!」


制止の言葉を言い終える前に、マルクスにぐいっと腕を引かれる。


「いいからいいから!みんなも会いたがってたぞ!」


半ば強引に、人の流れの中へと引きずり込まれていく。


「マ、マルクス…!ちょ、ちょっと引っ張らないで…!」


声を張り上げるが、その言葉は周囲のざわめきにかき消される。どうやら会場の熱気と喧騒の中では、友人の耳には届かないらしい。人波にのまれ、気づけば入り口は遠く後ろへと離れていた。


「おお!ダニエルじゃないか!」

「久しぶりだな!」

「お前も来てたのか!」


次々と声をかけられるダニエルは、気づけば複数の友人たちに囲まれていた。男爵家の子息とはいえ、ダニエルはもともと誰とでも打ち解ける性格だった。明るく、人当たりがよく、分け隔てなく接するその人柄のおかげで、交友関係は想像以上に広い。


けれど最近は、ヴィクトリアの世話や洋館との行き来もあって、以前ほど社交の場に顔を出していなかった。そのせいか、久しぶりに姿を見せたダニエルは友人たちにとって格好の的になっていた。


「最近ぜんぜん見なくて心配してたんだぜ!」

「お前の話、聞かせろよ!」

「踊る相手はいるのか?」


矢継ぎ早に話しかけられ、肩を組まれ、背中を叩かれ、ダニエルは完全に輪の中心へ押し込まれてしまう。


「いや、僕はいまー」


抜け出そうとするが、まるで濁流に足を取られたかのように抜け出す隙がまるでない。


(…しまったな)


気がかりは、ただ一つ。

置いてきてしまった大切なヴィクトリアのことだけが、ダニエルの胸の内を占める。気が気ではないのに、友人たちはそんなことを知る由もなく、再会を喜ぶ声を重ねてくる。悪気がないぶん、なおさら振り切りにくい。どうにか抜け出そうとしているうちに、無情にも時間だけが過ぎていった。


やがて、遅れていた王太子も会場へ姿を現し、国王の挨拶が始まる。広間の空気が引き締まり、誰もが玉座のほうへ意識を向ける中、ダニエルはそれでもなお、入り口のほうが気になって仕方なかった。


そして会場の照明が落ち、ダニエルの視界が一気に暗くなる。さっきまで見えていた衣装の色も、人々の顔立ちも、距離感さえも一気に曖昧になっていく。思わずダニエルは、無意識のうちに入り口があったはずの方向へ視線を向けた。けれど、もうどこがどこなのかもよく分からない。


(ヴィクトリアは…無事に入れたかな?)


ダニエルの胸の奥に沈むような不安が広がる。

今の自分にできるのは、ただ一つだけだった。どうか彼女が無事でありますようにと、ヴィクトリアの無事を祈ることしかできなかった。


すぐ近くを、探していたその人が通り過ぎていたとも知らずに。


***

明日は18時に続きをあげる予定です。

よろしくお願いいたします!

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