61. 前哨戦から負けたくない
「こんなにあるんだ」
上級ダンジョンの情報を集めにダンジョンの入り口となっている建物にやってきたメイ。そこでは上級ダンジョン内部の情報が惜しげもなく公開されていた。その情報を見ると、上級ダンジョンにはモンスターを狩りながら探索する王道タイプ以外のフロアも多く含まれていた。
「これだけジャンルが多いと準備しきれないから」
百は軽く超える種類の全てに対して備えるのは現実的ではない。
「当初の予定通りに自分の力を鍛えて臨機応変にやるしかないのかな」
だが準備がそれだけで良いというのならば、既に準備は終わっている。ソルティーユの名前を元に戻す騒動で自らの力をグレードアップさせたメイは、力を鍛える準備は十分だと感じていたのだ。
「問題はメグの嫌がらせをどう防ぐかだから」
初級ダンジョンのように、メイを困らせて喜ぶ姿が目に浮かぶようだ。
「ご安心ください。上級ダンジョンでは一切手を出しませんから」
「ほんとぉ?」
突然真横にメグが出現したにもかかわらず動揺しないメイ。この程度は最早慣れっこである。
「本当です。そもそも上級ダンジョンは最重要なダンジョンですので、ジーマノイドと言えども手出し出来ないようになっております」
「ほんとぉ?」
そう言って安心させておいてからの嫌がらせ、という可能性も考えられる。メイは決してメグの言葉を信用しないのだ。
「……こればかりは証明しようが無いですので、信じて頂くしかありません」
「ほんとぉ?」
「むしろさっさと攻略させてお帰り頂くように神から言い付かっております」
「ほん……とぉっぽいから」
メイはこれまで自分が大いにやらかしたことを自覚している。神の視点で考えればこれ以上厄介ごとを起こす前に退場して頂きたいと考えるのも当然だろう。
また、神を敬愛しているメグが神を引き合いに出して嘘を言うとも考えにくい。ゆえにメイはメグの言葉をそこそこ信じることにした。完全に信じないところがまたメイらしいところだ。
「それで、何か用でもあるの?」
上級ダンジョンに関する話は、メイのつぶやきにメグが反応した流れで続いたもの。メグがわざわざメイの所にやってきたということは、本来の用事があるはずだ。
「メイにお願いがございます」
「え゛」
「お手本のような嫌そうな顔ですね」
「嫌だから」
「知っています」
「それじゃまた」
「お願いします。メイにとっても悪い話ではないと思いますよ」
「……脅さないんだね?」
てっきり『らぶしてる』などと脅してくるのかと身構えていたメイは拍子抜けの表情を浮かべる。
「同じ手段ばかり繰り返しても効果が薄くなりますから。ここぞの場面で使わせて頂きます」
「それまでに絶対に慣れておくから」
これ以上、同じネタで延々と弄られ続けるのは我慢がならない。メイはトラウマを乗り越える決心をした。
「んで、お願いって何よ」
心優しいメイは、元々話くらいは聞くつもりであった。
「とあるジーマノイドをゲームで倒して欲しいのです」
「ゲームで倒す?」
メグは詳しい話を説明する。
「ここの上級ダンジョンで長い間働いていたジーマノイドがこの度引退することになりまして、彼が最後に強い相手と本気で思う存分戦いたいと希望しているのです」
「引退なんてあるんだね」
「もちろんです。私達の体は消耗品ですから、ガタが来れば交換致します。その場合、消耗した部位だけ交換するのが普通の対応なのですが、彼の場合は少し事情が異なります」
「というと?」
「彼は上級ダンジョン名物ゲームの敵役なのです。ですが、そのゲームが上級ダンジョンから撤退することになり、それに伴い彼もまた引退して別の仕事に就くことになりました」
そのゲームはあまりにも長く使われていたため、攻略方法が出回りすぎて上級ダンジョンで扱うには簡単すぎる内容であると判断されてしまったのだ。
「状況は分かったけど、私ゲームが特別強いわけじゃないから」
「その点は気にしないで下さい。メイでしたら十分彼のお眼鏡にかなうと確信しております。また、仮にメイでダメだったとしても他の強そうな方にもお声かけしてますので、気軽に参加して頂いて構いません」
「気軽にねぇ」
やるからには勝つ。それがメイの信条である。中途半端な気持ちで挑むなどありえない。そんなメイだからこそメグは声をかけたのだ。
「メイとしても、上級ダンジョンの雰囲気を体感できるという意味で役に立つと思いますが、いかがでしょうか」
「いいよ、やってみる」
「ありがとうございます」
メイとしては特にデメリットの無い話であり、知らないゲームを体験できるというのは楽しみでもあった。メグのお願いという点がひっかからなくはないが、拒否する理由は見つからない。
ただし、一つだけ聞いておかなければならないことがある。
「普通にプレイすれば良いの?」
「いえ、全力でお願い致します」
「了解」
――――――――
上級世界の訓練場の一つ。
ドーム状の建物の中に、大げさな舞台がセッティングされていた。
「ここまでするとか異常だから」
中央の舞台を囲む観客席は満席。外には出店が並び、客席の通路をビールの売り子が歩いている。まるでスポーツのスタジアムのような風景だ。
「はっはー、盛り上がるのは良いことデース!」
メデューサのように髪の毛を編みまくっているレゲエ調の雰囲気の男性が、奇妙な動きをしながらメイのつぶやきに答えを返す。
「確かにね」
メイとジーマノイドの男性。
二人は今、舞台の上に立ち観客の視線を集めている。
お互い十メートルほど離れた場所に立ち、目の前にはそれぞれ胸の高さほどの台が置かれている。
「今度の相手はプリチーなお嬢さんデースか。強そうには見ーエまセーンねぇ」
「うん、私なんか弱々だから」
「はっはー、そんな人が呼ばれるはずアーリまセーン!」
不可思議なポーズを取りながら独特な言い回しで煽るジーマノイドと不敵に笑うメイ。あくまでも開始前の軽い会話のやりとりなのだろうが、すでにバチバチと火花が生まれるくらいに視線だけでやり合っている。
「それでは早速デースがハージメーマショーウ。後がタークさんつかえているのデース」
「そういうわけにはいかないから」
「どういうことデースかな?」
メイは台の上に置かれているカードの山を確認する。カードは裏向きで、裏面には幾何学模様がびっしりと描かれている。
「カードを別のに交換して」
「なぜデースか?」
「不正防止」
不正の言葉に観客席がどよめく。
「当然でしょ。裏面が真っ白なカードに変更を要求するから」
目の前にあるカードの裏面は一見ただの幾何学模様に見えるが、カードによって細部が異なるという典型的なイカサマカードの可能性がある。そう思えるくらいには、このジーマノイドの勝率が異常なのだ。どうやらこのジーマノイド、上級ダンジョン内では敢えてレベルを落としてクリア出来る範囲の強さになるように調整していたらしい。このイベントで本気を出した彼に勝利できた者は、まだいない。
「流石デースね。そこに気付かない人が案外多いのデース」
たったこれだけのことで、メイに対する警戒心が跳ね上がったようだ。ジーマノイドの雰囲気が明らかに硬く変化していた。
メイの要望が通り、裏面が真っ白なカードに交換される。
「今度こそ準備は良いデースか?」
「う~ん、あなたのサングラスも取って欲しいから」
「ホワイ!?」
ジーマノイドはサングラスをかけていた。レゲエ調の雰囲気に合わせたファッションにも見えたが、メイはそれもまた怪しいと感じていた。
「このカードを透視するアイテムかもしれないでしょ」
再度、観客席がざわつく。
『メイーいいぞー』
一部、トラップ大好き人間による応援も混じっていた。仲間達はメイの後ろ側の観客席に座り応援している。
「申し訳ありませんが、これはハーズセーマセーン」
「そう」
「随分あっさりと引き下がるのデースね」
「サングラスが必要なのは分かるから。それに、こうして聞いたからには、そんなつまらないことはやらないと思うから」
「ほう」
このメイの言葉を聞いて、警戒度が更に上昇したようだ。
サングラスをかけること自体は別に何も問題は無い。むしろ当然の準備ともいえる。カードゲームにおける『目線』は値千金の情報を相手に与えてしまうからだ。
また、仮にあのサングラスがサマ用のものでカードを透視出来るものだったとしても問題は無い。メイは白色の力でカードの裏面を覆うつもりだったからだ。
では外してもらう必要が無いのに何故メイはわざわざサングラスについて言及したのか。
それはイカサマを牽制するため、そしてもう一つ……
「(今の私、強い人っぽくなかった!?)」
相手を煽るような発言をして格好つけたかったのだ。
実際、観客席に座る人々はメイに対して『強キャラ感』を感じ取っていた。
「そうそう、もう一つだけ聞いておくことがあったから」
相手が警戒しているところに更に畳みかける。ゲーム前の言葉のやり取りという前哨戦で、すでにメイが主導権を握っていた。
「手札のセットに制限時間はあるの?」
「制限時間デースか?」
「そう、制限時間。無ければ設定しても良いかなと思って。時間をかけて悩むのも面白いけれど、時間がかかりすぎると見ている方は退屈だろうから」
今回のゲームはお互いに同時に1枚のカードを場に出して勝負する。そのカードを出すまでの制限時間があるかどうかをメイは聞いていた。
ジーマノイドは何故メイがこのような提案をしてきたのか考える。このような提案を受けたのは初めてであるからだ。その理由は、今回の対戦相手であるメイの情報を脳内に引き出した際に明らかとなった。ジーマノイドはメイのことを初対面の小娘のように扱っていたが、プロとして当然対戦相手の情報は仕入れてあったのだ。
「はっはー、なんというクレイジーなお嬢さんデースか。制限時間は無しデース。これは絶対デース」
「ちぇー」
「これが『クラッシャー』デースか。恐ろしいデース」
「『クラッシャー』言うな!」
メイは見えない力の拳でジーマノイドを殴りつけてツッコもうとするが障壁に弾かれてしまう。このゲーム、相手を攻撃することが出来ないように神の力による見えない障壁が設置されている。ゆえに純粋にゲームで戦うしか方法は無いのだが、メイの場合は事情が異なる。神の理すら突破しうるメイの力を使えば、障壁を破壊して相手にダメージを与えることが出来るからだ。制限時間を設定すると言い出したのは、殴って気絶させてタイムオーバーで勝とうとしたからだ。
「はっはー、これがお嬢さんの力デースか。これを使って攻撃して来たらその時点で失格としマース」
「それは残念だから」
といいつつも、残念そうには見えないメイ。
メイとしては殴って言うことを聞かせるのは最終手段であり、それを使う羽目になったのなら実質負けのようなものだと思っていたからだ。それでも候補に入れていた辺り、どんな手段を使ってでも勝利をもぎ取るメイらしくはあるのだが。
「私からは以上だから」
「はっはー、これほどに慎重でしかも始まる前から罠を仕掛けてきた相手は初めてデース。これは腕が鳴りマース」
両者が一歩前に出て台に近づく。
試合前の言葉のやりとりはここまで。お互いに準備が出来たことを無言で相手に示す。その合図を受けて、両者の真横に設置されている巨大なスクリーンにカウントダウンが表示される。
3
2
1
『デュエル!』




