50. 買った恨みは返品できない
「『カースキス』は 八十ポイントです」
「びみょー」
メイ達は細身で淡泊そうな魚を選んで鑑定に持ち込んだ。ふっくらした脂が乗ってそうな魚は今頃ウェザーたちが鑑定してもらっているはずだ。
「でもこれで今までより遥かに得点が高いってことが分かったよ」
八十ポイントの魚があるということは、間違いなく百ポイントの魚も存在するだろう。仮に百ポイントが最大だったとしても五十匹捕まえて最大で五千ポイントは稼げる内容ということになる。これまでは二千ポイント付近が限度だったことを考えると大きな変化だ。
「メイ、メイそんなことよりほら!」
「分かった分かったって……」
興奮するセーラに引っ張られて連れてこられたのは水着の貸し出し所。これから三十分間は探索に出られないので、その間に水着を選んで着ることにしたのだ。
「セーラ、『例の確認』だけは忘れないでね。じゃないと怒るよ?」
「はい、もちろんです!ぐへへへ」
「大丈夫かねぇ……」
仮にセーラが忘れても自分がやれば良いのではあるが、せっかく水着を選ぶのであれば少しくらいは何もかも忘れて選びたくもあるのだ。
メイは湖で遊んでいた時と同じようなフリルがついた可愛い系のビキニタイプ。ただし色違いで可愛さを少し抑えめにしたもの。トモエは今回は人目があるということで脱げないようにワンピースタイプ。セーラはパレオ、ソルティーユはスク水に落ち着いた。
「スク水ってベタだねぇ」
「漫画とかで良くあるから着てみたかったんだー」
実は同じようにネタに走る人もいるようで、浜辺を見渡すと白黒のスク水をチラホラ見かけたりする。
「あら、着替えたのね」
「そっちは魔法少女姿のままなんだ」
「当然でしょ!」
「いやぁ……お仲間さんも大変そうで」
「みんな大喜びですわ」
『ハイ、ダイスキデス』
相変わらず目が死んでいる面々。彼女たちの姿を見るたびに、ウェザーに対する警戒心が増してしまい、絶対に取り込まれないぞと強く心に誓うのも当然のこと。
「それじゃいこっか」
「ええ」
三十分が経過し、自由に動けるようになったメイ達がウェザーチームと合流して向かった先は、海の中でも磯でも無かった。
「喰らいなさい、プリティラブスマッシュ!」
ウェザーは砂の上で跳躍すると、宙に浮いたボールめがけて右手を思いっきり振り下ろす。空気が僅かに軋むような音と共に到底目では追えないようなスピードでボールは弾丸のように相手のコートに突き刺さる。
「ちょっと!危ないでしょ!」
普通の世界であれば当たっただけで大怪我間違いなしの威力だ。砂浜に大穴が空いたことから考えると、弾丸というよりも大砲の方が正しかったかもしれない。
「じゃああんたもその力を使うの止めなさいよ!コート全面覆うとか卑怯だわ!」
「ぐうっ……分かったよ。じゃあお互い能力の使用は無しで」
「コートチェンジも無しにしなさい。落とし穴掘られたらたまったもんじゃないわ」
「チィッ」
「こいつ……」
段々と魔法少女からかけ離れた汚い口調になるウェザーはメイとビーチバレーで戦っている。最初は軽く遊ぶ程度の流れだったのに気が付いたら本気になっているのはあるあるだろう。能力使って物理的に相手をぶちのめしたり絶対地面に落ちないようにするなど、少々やりすぎではあるが。
「よし、交代。トモエとソルテ頑張って」
「こっそり落とし穴ダメ?」
「めんどくさいー」
水着姿の少女たちと魔法少女姿の少女たちがビーチバレーでキャッキャウフフ遊んでいる。それもどちらもそこそこ有名人。イベントそっちのけで遊ぶ彼女たちを奇異な目で見る人が徐々に増えてくる。
もちろん彼女たちはただ遊んでいるわけではない。何かが起こるのを待っているのだ。
「ふぃー流石に疲れたわ。『そろそろ止めにしない?』」
「うん、そうだね。ギャラリーも集まって来ちゃったし」
イベントで本気で優勝を狙っているわけでは無いエンジョイ勢の人たちが、メイ達のビーチバレーを見に来ていたのだ。数人程度ではあるが、露骨に注目されるのは少し恥ずかしい。
とはいえ、もちろん止めたのはそれが理由ではない。ウェザーの視線の先に、待ち望んでいた光景が見えていたからだ。
「それじゃあ、予定通り私たちが追うね」
「ええ、お願いするわ」
メイはウェザーたちと別れ、とある一行を尾行する。
メイ達が待っていたのは、自分たち以外で協力してポイント情報を知ろうとしている集団だ。彼らは十二人のため三チーム。それぞれ少なくとも四回は鑑定してもらっているのをビーチバレーをしながら確認していた。多くの情報を得た彼らなら、間違いなく高ポイントの魚を獲りに行くはずだ。
これは『情報戦』
だったらその情報を持っている人に、こっそりと無許可で教えてもらえば良いのだ。
十二人は陸地がほとんど見えなくなるくらい沖に出る。すると海底が隆起し、漁礁となっている場所にたどり着いた。
「なるほど、あそこが穴場なんだね。みんな行くよ」
彼らが何らかの魚の捕獲を開始したことが分かると、メイ達はその魚の正体を確認するために一気に近づいた。もしかしたらバトルになるかもしれないが、そこは仕方ない。遥か遠くまで見通せるような力をメイ達は持っていないのだ。
「誰だ!」
彼らは魚を捉えるのに夢中になっていて、メイ達が間近に近づくまで気付かなかった。というより、人数が多すぎて増えても違和感が無かったのである。
「その魚がポイント高いんだ。教えてくれてありがと」
「くっ……まさか尾けられていたのか!?」
真横に薄い青い線が入った手のひらサイズの魚。岩場の下にもぐっているため、上からでは存在に気付かない。泳ぐスピードも速く、簡単には捕まえられそうにない。
「よりによってクラッシャーだなんて!」
「あ゛!?今なんて言った!?」
「ひいっ!」
乙女とは思えない声で威嚇するメイだが、そう呼ばれる理由に心当たりはあるだろうに。
「まてまて、俺たちは争うつもりはないぞ」
「今私の方に争う理由が出来たよ」
「謝る!謝るから!だから勘弁してくれえええ!」
海中で器用に土下座をする男。その行為そのものより、orz の使い手として海中でそれが出来ることに興味が惹かれ、怒りが霧散してしまった。
「そ、そこまで言うなら仕方ないよ。それじゃあ、『仲良く』獲りましょう」
悪魔の笑みを浮かべて彼らを見下ろすメイ。海中だからこそできる『上から目線』を全力で堪能している。今しか出来ないのだ。陸上に戻ったらもうっ……!
「おい、クラッシャーの順位どれくらいだ?」
「上位には名前が無かったと思うわ」
「ならまだマシな方か……」
こそこそと話をしているが全部メイには聞こえている。聞こえてないフリをしてスルーしているのはメイの優しさだろうか。
「よし、獲り終わったから戻ろうぜ」
先に獲りはじめていた彼らは、終わると逃げるようにメイたちのもとを去って行った。
「行っちゃったぞ」
「だねぇ」
「どうする?」
「どうしよっか」
このまま魚を獲ったとしても、まだイベントが終わるまでには大分時間が余っている。
「イルカっぽいのでも探しに行こっか」
元居た世界に似た生物が多いことから、もしかしたらどこかにイルカやクジラに近い生物がいるかもしれない。それを探すのもきっと、いや間違いなく楽しい。
「それじゃMeは……」
メイたち以外誰も居なくなった漁礁。
今後の話を相談している時に、突如襲撃される。
「え?」
「トモエ!?」
強烈な衝撃と共にメイ達にぶつかって来たソレは、あろうことかトモエを咥えて去って行く。
「いだだだだ!って痛くないんだったぞ。でも怖いぞおおおおおお!」
ジタバタと暴れるけれども体に食い込んだ鋭い歯がどうしても外れない。人間の非力な力で逃げることはまず不可能だ。
鮫。
獰猛なソレがトモエを食い殺さんと暴れ回っている。
「トモエを放せええええええええ!」
人力で無理ならば神の力を使えば良い。メイが力を使って激しく鮫を殴打する。逃げようとする魚体を強引に抑え込み、何度も何度も殴って生命力を激減させる。
メイとしてはトモエを放してくれればそれで良かったが、どうやら弱らせることで捕獲扱いになり鮫らしき生物はその場から消える。
『ギーグシャークをゲットしました』
慌てて解放されたトオエに泳ぎ寄った。
「トモエ大丈夫?」
「助けてくれてありがとうだぞ。びっくりしたぞー」
「あんな狂暴な生物もいるんですね」
「格好良かったぞー」
トモエは予想外の出来事を受けて驚きながらも喜んでいるようだ。一種のトラップにかかったと思っているのかもしれない。
「それにしても変だよ。あんなのがいるなら近くの魚が逃げる兆候があってもおかしく……危ない!」
再びやってきたギーグシャーク。それも今度は三匹だ。さっきの騒動のせいか、すでに周りには他の魚はいなくなっている。
「Meたちが狙いってことだぞ」
「なんでこんな……まさか!?」
ギーグシャークの突撃を躱しながら辺りを確認したら、岩陰に隠れる見知らぬ人達を見つけた。
「やられた!」
メイに見つかった彼らは隠れることを止め、ギーグシャークの正面に出ないように泳ぎながら次々とギーグシャークを召喚する。
「これは……」
「やばいぞー!」
八体のギーグシャークに囲まれて逃げ場がほとんどない。
彼らはメイ達を攻撃するためにあらかじめギーグシャークを捕まえておいて、ここでリリースしたのだ。
「みんな集まって!」
メイは周囲を力で覆うことでギーグシャークの攻撃を防ごうとする。ギーグシャークが何度突撃しようとも、メイの力を突破することは出来ずに弾き返される。
「ああもうどんだけ用意してきたのよ!」
守りに徹している間にギーグシャークはまだまだ追加され、もうどれだけいるのかも分からない。
「ぐっ!」
しかしそんな状況でリリースした側が無事なわけが無い。召喚したギーグシャークに目をつけられ、一人また一人と食いつかれてしまう。
「うわぁ……笑ってるよ……」
「あの目つき怖いです」
咬み殺されそうになりながらもメイ達の方を見て痛快そうに笑う彼らは、狂っていると言っても過言ではない。実際、近くで見たならば狂気に染められた血走った眼を見ることが出来ただろう。
「おっかしいなぁ。あんなに強い恨みっぽいの買った覚えは無いんだけどなぁ」
これまでのイベントで自分がやってきたことを思い出す。特定の誰かをいたずらに刺激することをした覚えが『メイには』無い。
「トモエ、もしかして彼らに見覚えある?」
「分かんないぞ」
あるとしたら森の中でトモエが仕掛けたことに関する仕返しだ。
それが正解。
森の中での敗北者たちのほとんどはイベントから脱落したが、少ないながらも継続を選択したチームがある。復讐を誓って。
「そのままこいつらに喰われちまえええええええ!」
自爆覚悟の攻撃により、自分たちはイベント終了までギーグシャークの口の中で弄ばれることが確定している。そこまでしてもトモエに一矢報いたかった彼らの攻撃は、メイ達を大変困らせていた。
「流石にちょっと怖いです」
「う~ん、諦めてくれれば良いんだけどねー」
「私の調合も海の中だと効果薄いよー」
落とし穴を掘って地下から脱出する方法もあるけれども、綺麗な漁礁を破壊するのは作られた環境とはいえ抵抗がある。
「しゃーない、巻き込むか」
「うわあああ、来るなぁあああああ!」
「そんなこと言わずに、ちょっと貰ってよ」
ギーグシャークに囲まれたメイは、防御用の力の膜を張ったまま泳ぎだした。何度もギーグシャークに突かれてそれなりに怖いものの、集中力を切らさなければ泳いでも問題ない。
「ぐへへへ~」
なるべく省エネで力を使うために、防御膜は極力小さくしている。そのため、四人がくっついて泳ぐことになりセーラが気持ち悪くなっているのだ。それにさえ我慢すればどうとでもない。
「それじゃお願いね~」
そして他の参加者達を探して近づけばあら不思議、ギーグシャークが次々と彼らに向かって襲い出す。
ギーグシャークトレイン。
楽しい楽しい海の旅イベントは、惨劇の中幕を下ろすのであった。