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39. 得意の勝負では負けられない その四

「五品目は『麻婆豆腐』になります」

「え?」


 前菜、スープ、向こう付け、魚料理(焼き物)。

 これまで和洋折衷のコース料理が続いていたが、ここに来て中華料理が混ざって来た。


「(日本料理のコースなら、煮物や揚げ物や天ぷら。洋風コースなら肉料理が残ってる。スープ以外の量が多めだったから、品数はそんなに無いと思ってたんだけど、麻婆豆腐は予想外だなぁ。これが〆……ううん、お肉が来ないなんてあり得ない。この後に肉料理でデザートって流れかな。となると狙うべきは……)」


 メイが考える通り、今回のコース料理は一品ごとの量が多めである。

 特にインパクトがあったのが、今食べたばかりの鮎の塩焼きだ。

 鮎は小さめの魚とはいえ、一匹丸々食べればかなりお腹に溜まるだろう。

 大食い大会では無いため、この後に量が多い料理が沢山出て来るとは思えない。


「(そうだ、麻婆豆腐は味が濃いけどメインは豆腐であっさりしてる。それ以外の油たっぷりの部分をどう対処するかが求められてるんだ)」


 否、断じて否。

 このコース料理を考えた人は、そのような小手先の手段でどうにかなるレベルではない恐ろしい罠を仕掛けていたのだ。


 灼熱の炎で焼かれた会場がジーマノイドの手によって元通りの姿に復旧し、席に着いたメイ達の前に麻婆豆腐が運ばれてくる。


「な、なんだって!」

「うおおおお!」

「悪魔だ!悪魔の組み合わせだ!」


 麻婆豆腐自体は、底が広いお皿の上に乗っている一般的なイメージのモノだ。


 そしてその隣に置かれたのが……


「ライスは反則だからああああ!」


 白ライス。

 油たっぷりの濃厚麻婆豆腐に合わないはずの無い最強の組み合わせ。


「ライスはポイントになりませんが、ご自由にお食べ下さい。『おかわりはこちら』」


 いつの間にか会場の壁際のテーブル上に、ホカホカのご飯が入ったおひつが沢山用意されている。


 ゴクリと、誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた気がする。


 そもそもコース料理では、パンやご飯は特殊な扱いになっている。

 パンはテーブル上に置いてあり、いつでも食べることが出来て無くなったら自動的に補充される。今回も実はパンが壁際やテーブルの上に常備されていたけれども、ほとんど手を付けられていなかった。コースの内容的にあまり合わない料理が多かったからだ。スープの時に少しだけ齧られた程度である。

 そして問題のライスであるが、和食コースの場合はお酒で料理を楽しむことを想定しているためか、最後まで出てこないことが多い。


「(今回はお酒が無いけどご飯はやっぱり最後なのかなって思ってたらまさかこんなあくどいことをしてくるなんて!)」


 お酒。

 未成年もいるイベントであるため、乱闘中に間違って飲むことが無いように、お酒は用意していない。ゆえに、ライスの扱いがどうなっているのかメイは気にはなっていたが、刺身の時点で出てこなかったから、今回は無しかラストなのかと思い込んでしまっていた。


「(ぐうっ、ライス……ライスううううっ)」


 思わず、手が伸びてしまう。

 お茶碗いっぱいに盛られた白いライス。

 左手でそれを持ち、右手でスプーンを持ち、目の前には麻婆豆腐。


『いただきます』


 クリスへの対応策も、麻婆豆腐の攻略方法も、まだ思い付いていない。

 だが、待たせてはくれない。

 開始の合図と共に、スプーンを持つ手が自動的に麻婆豆腐へと……




「きゃあ!」

「やったぞ!」 


 四品目でアレだけの大暴走をしたクリスが開幕から狙われるのは当然のこと。

 速攻で複数人が殴りかかって来たが、クリスはそれらを難なく躱す。

 しかし、躱した直後を狙ったトモエの落とし穴に落ちてしまったのだ。


「ぐう……ナニコレ……!?」

「本当はメイに仕掛けたかった触手落とし穴だぞ。そのままずっとそこで拘束されてると良いぞ」


 うねうねと蠢く無数の触手が、大の字の形で両手両足を拘束し、体中を這いずり回る。


「……ふふ……やるじゃない」


 気持ち悪さに悲鳴を上げたり、ノクターン的な展開になることもなく、クリスはそれでも余裕の笑みを浮かべている。


「この程度のピンチくらい、何度も経験済みなのよ!」


 数々のイベント制覇。

 それは当然のことながら苦難の連続であった。

 ダーティーなプレイをしてくるのは、自分だけでは無い。

 ちょっとやそっとの予想外があった程度で諦めていたら、優勝など出来るはずが無いのだ。


「エアカッター!」


 腰のベルトにはめ込まれた緑色の宝石が輝き、見えない刃が生まれ、触手を切り刻む。


「やばいぞ!」


 今度は背中全体が淡く光ったかと思うと、白い翼が広がり、クリスの体が宙に浮く。


「楽しませてくれたお礼に、少しばかり本気を出してあげるわ」


 翼をはばたかせ、落とし穴から脱出したクリスは、先ほど使った四角い箱を取り出した。


「まずいぞ!ソルテ!」

「うん、ニトロ……」


 ソルティーユが白衣の下から薬品を取り出し、爆発でクリスを吹き飛ばそうとするが、クリスの方が一手早かった。


「遅いわ!テンペスト!」


 炎、氷、土、そして風。


「今は私が圧倒的にリードしている。他が食べられない状況にしてしまえば、勝利確定よ!」


 窓も扉も閉まっており、風が生まれるはずのない室内に、猛烈な風が吹き荒れる。

 台風どころではない暴風が、室内のあらゆるモノを宙に押し流す。

 加えて、雷鳴が鳴り響き、前が見えなくなるほどの豪雨が降り荒れ、会場内は阿鼻叫喚の図と化した。


 空を飛ぶものは椅子やテーブルや料理だけでは無い。

 人を含めたあらゆるものが、洗濯機の中のように宙を流される。


 平穏無事なのはテンペストを発動したクリスの周囲くらいだ。


「がぼぼ、がぼぼぼ!(料理が、ずるいぞ!)」


 相手のポイントを増やさないようにするために、料理を食べられないようにする。

 それは参加者の誰もが考えたことがある。

 簡単なこと。

 料理を床に捨ててしまえば良いのだ。


 だが、誰もその手段を取ることを良しとしなかった。

 これは料理を美味しく食べるイベントなのだ。

 美味しい料理だからこそ相手の料理を奪ってまで食べたい、そういうコンセプトでもあるのだ。


 その肝心の料理をダメにするなんて言語道断。

 許される行為ではない。


 嵐に巻き込まれながらも参加者たちは怒りに打ち震えていた。


「ふふ、そろそろ終わりかしら」


 ダンジョン外でのみ、四つの属性の好きな魔法を各々一分間のみ発動できる魔法の箱。

 本来は、強力な魔法を鑑賞するために用意された賞品である。


「ホント、便利よねコレ」


 人気のある賞品ということで多くのイベントで用意されているこの賞品を、クリスは大量に確保していた。イベントにおいて相手の邪魔をするのに大変重宝するからだ。


「ぐぐ……くっそぉ」


 嵐が終わり、全員が床に投げ出され、悔しさがにじむ言葉を誰かがつぶやいた。


「ふふ、悔しいならもっとつよ……く……?」


 突然、ゾクリ、とクリスの全身に鳥肌が立つ。


「な……にが……?」


 百戦錬磨のクリスを戦慄させる何かが、ある。

 でもそれが何か分からない。


 目の前に広がるのは人が倒れ、椅子が横倒しになり、テーブルも上に乗ってる料理ごと……


「倒れて……ない?」


 猛烈な嵐で全てが吹き飛ばされているのを、自分の目でしっかりと見た。

 確かにテーブルも宙を舞っていた。


 それなのに、なぜ、何事も無かったかのように 立っているのか。




 しかも、テーブルの上が嵐の前の状態そのままで。

 全く濡れることも無く、ほんのりと湯気がたち上る麻婆豆腐が、全てのテーブルの上に置かれていた。




「(どういうこと?復元魔法でも使われたの?でもそんな気配は無かった。それじゃあ何故……)」


 動揺してはならない。

 トラブルがあっても冷静に分析して素早く次の手を打つ。

 これまでそうして勝利してきたのだから。


「なら出し惜しみは無しよ!」


 このままでは残された麻婆豆腐を食べて他の人がポイントを稼いでしまう。

 それを防ぐために、予備で用意してあったもう一つの箱を取り出す。


 本来は使う予定の無かったアイテムだが、ここで負けるのはこれまで多くのイベントに勝利してきた者としてのプライドが許さなかった。


「もう一度インフェ……っっ!」


 残り二分弱。

 インフェルノですべてを炭と化してこのラウンドの強制終了を狙う。


 しかし、魔法を唱えきる直前に、持っていた箱が弾き飛ばされる。

 箱を持っていた腕だけが、まるで車にでも直撃したかのような衝撃を受けて後ろに弾かれる。


「くう……一体何が!?」


 クリスは気付くべきだった。

 テーブルが無事という謎の現象を目にし、その後も自分の鳥肌や危険信号が止まっていなかったことに。




 フシューーフシューー




 いつかどこかで聞いたことがある音。

 そう、あれは確かクリスが元の世界で闘牛を見に行った時のこと。


「(興奮した牛さんの鼻息があんな感じ……だった……よう……な)」


 この考えを最後に、クリスの意識は闇に落ちた。






 

 スプーンに乗った白いかたまり。

 ネギとひき肉と、とろりとした赤みがかった餡がかけられたソレを口に放り込む。


「はふっ、はふっ」


 ほどよく熱が残っている豆腐は口の中で甘く蕩け、ネギのシャキシャキ感とひき肉の弾力という種類の違う食感が面白い。豆腐と肉と脂のガッツリとした甘さに真正面から対抗する辛さ。ほんのりと感じる酸味と苦みがその戦いを補強して味に深みを出してくれている。多くの食感と味わいが口の中で混ざり合い、強い旨味が爆発する瞬間に、白ライスを放り込む。


「んーーーっ!んーーーっ!」


 あまりの美味しさに思わずテーブルを軽く叩いてしまった。

 行儀が悪いが仕方の無いこと。

 口の中で濃厚な味が暴れ回っている状態での白ライスが合わないわけが無い。

 ライスに味がしみ込み、口内がややさっぱりとなりかけるものの、ライスそのものの重量感という別の満足感を与えてくれる。


「(もう我慢しない!)」


 このイベントに向けてメイは二つの大きな作戦を事前に考えていた。

 一つはスタートダッシュして逃げ切ること。

 そしてもう一つは、ある手段を利用して終盤に出て来る肉料理で大量得点を稼ぐことだ。


 予定より早くなったが、メイの内に眠るソレが、麻婆豆腐とライスという組み合わせを前に我慢できなくなってしまった。


 最後まで持つかは分からない。


 ただ、今が発動する時だと体が教えてくれる。

 ならば、その感覚に全てを委ねて、走り切るしか無いだろう。


 気持ちのスイッチを切り替えたその時、無粋な言葉が聞こえて来る。


「テンペスト!」


 だが、心の枷を解き放ったメイが、そのような暴虐を許すはずがない。


 すべてのテーブルにギャグ力をまとわせ、激しい嵐の中で無傷になるよう守り通したのだ。


 メイの力は、単なる物理的な力の塊である。

 麻婆豆腐を固定させると言っても、両手で上から押さえつけるようなもの。

 嵐の中で上下左右に激しく揺さぶられ、元の状態を保つなど本来ならば無理な話。


 だが、雑念を消し、全てを一つの感情に委ねて集中し尽くしたメイは、己の力の限界を超える。

 いや、真の力を発揮する、と言った方が正しいだろうか。


 『強い想いが世界を変える』


 それこそが、メイの力の本質なのだから。




 嵐が収まり、目の前には麻婆豆腐がずらりと並んでいる。


 フシューーフシューー


 我慢などしない、だが、その前に邪魔ものを排除する。

 これからのディナーを最大限味わうために必要なことだ。


「シャーッ!シャーッ!」


 遠距離からの二撃。

 一撃は、クリスが持つ箱を腕ごと吹き飛ばす。

 もう一撃は、あごにクリーンヒットし、神の理を貫通してクリスの意識を刈り取った。


「マーヴォードーフゥー!」


 邪魔者は消えた、後はこの衝動に従って、料理を食すのみ!


「お腹減ったああああああああああ!」

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