38. 得意の勝負では負けられない その三
鮎の塩焼き。
一本の長い串に刺さった鮎にたっぷりの塩をつけて炭火で焼いた一品。
お皿の上には串がついたままの鮎の塩焼きが乗せられている。
「(これまでと違って切り分けられてないし、スープみたいに一部分だけ掬うことも出来ない。身が柔らかいから激しい動きをしながら箸やフォークで一部分だけ取るのも難しい。となると一番簡単なのは串を手に取って直接齧る方法だけど、それだと同時に複数人が食べることは……ううん、出来るかも)」
中盤の難関とも言える料理だが、むしろメイの『武器』を最大限に活用するチャンスでもある。
そろそろ点を稼がないと、脱落が見えてくる順位だ。
それに、ここで少しでも上位との差を縮めなければ優勝は難しい。
『いただきます』
合図と共に、いつものようにまずは自分の鮎のお腹の部分をぱくりと一口。
パリっとした皮の食感が心地良く、ふわりと柔らかな鮎の身が口の中でほぐれてゆく。淡泊で優しい味わいの身も、火が通り香ばしくなった塩と混ざり合うと不思議と濃厚な味わいに変化する。
「(骨も柔らかいし、おいし)」
こちらの料理も二口目に手を出しそうになるが、気合で誘惑を振り切る。
「さてと、どうなってるかな」
席を離れたメイは、ポイントを稼ぐために会場内を走り回りはしなかった。慌てることなく、会場の戦況を確認している。
なんとかして箸でちぎり素早く食べようと試みるも上手く行かないモノ。
一本の串をかけて激しいバトルを繰り広げるモノ。
メイの食べかけに一心不乱にむしゃぶりつくモノ。
料理の性質上、やはり対人バトルが激化している。
バトルでの邪魔がこれまで以上に発生しやすいため、ポイントを大きく稼ぐのは難しそうだ。
「(よし、あの人かな)」
この状況の中でメイがターゲットとしたのは、料理をかけたバトルに勝利し、鮎の塩焼きを口にしようとしていた女性だった。
「ねぇ、お姉ちゃん。メイも一緒に食べて良い?」
プチ涙目で上目遣い。
メイ渾身の媚び媚び態度で懇願する。
「ふぇっ!?い、一緒にって!?」
魔性の女、メイ。
自分が周囲からどう思われているか自覚しているからこそ使える最悪の攻撃。
「こうするの、えいっ!」
女性の口元に添えられている鮎に顔を素早く寄せて、女性とは反対側の部分を口にする。
唇と唇の間は、鮎一匹分。
「!?!?」
可愛らしいお口でパクリと鮎をかじる様子を至近距離で堪能させ、相手を魅了させる悪魔の一撃。
「ふふ、美味しいね、お姉ちゃん」
「あふぃいいいい!」
ほんのり照れた表情で嬉しそうにはにかめばコンボは完成だ。
そのあまりにも可愛らしいしぐさに、女性は心を打ち抜かれその場にへなへなとへたり込む。
何故メイが時間のかかるこの技を仕掛けたのか。
それは、この先の展開を予想していたからだ。
「メイ、もっと食べたいなぁ」
「お姉ちゃん、ありがと。ちゅっ」
「はわわわわー」
「はい、次の人ー」
混沌としたバトル会場が、いつのまにか握手会、もとい鮎の塩焼き食口会に変貌していた。メイの前は、一緒に鮎の塩焼きを食べたい女性陣で列が出来ている。
男性?拒否ですよ、もちろん。
列に入りたそうにチラチラと見ているけれど、男性と顔を近づけるなんてはしたない。
女性陣の鋭い視線を目に退散するしかないのである。
「はい、セーラどうぞ」
「違うんです……これは何か違うんです……」
自分が食べた残りを隣に立つセーラに手渡しする。
大歓喜で貪るように食べそうだが、隣で他の女性とイチャイチャしているメイを見て複雑な気分のようだ。食べる手は止まらないが。
「次はMeだぞ!」
「その次は私~」
「あんたらも並んでるのかい」
「ずるいぞ!」
「私にも愛を頂戴!」
トモエやソルティーユも列に並び、メイのあざといプレイを要望する。
普段ほとんどやってくれないプレイを堪能出来るとなると、争っている場合では無いのだ。
「トモエお姉ちゃん、メイと一緒に食べてくれる?」
「おいでソルテ。ママと一緒に食べましょう」
『はふぃいいいいん!』
気持ち悪い叫び声をあげる二人を見て、改めてドン引きするメイだが、決してその気持ちは表に出さない。謎のプロ意識だ。
「(一人一人丁寧に対応してるからポイントは一気には伸びないけど、みんな動揺して手が進んでないし、狙い通りに追い上げてるから)」
列に加われない男性陣も、鮎を食べることを忘れ、メイのあざと攻撃を離れたところから注視してしまうのだ。
全員の行動を束縛するメイの禁断の技である。
「可愛すぎるだろ」
「くぅ~俺も一緒にお魚食べたい!」
「でもそれはギルティ……分かっているがっ分かっているがあっ!」
血の涙を流す男性陣と歓喜の涙を流す女性陣。
鮎の塩焼きでこのままメイがポイントを伸ばして終わるかと思われた終了およそ一分前。
「インフェルノ!」
『うわああああ!』
『きゃああああ!』
「な、なにこれっ!?」
突如会場が業火の炎に包まれた。
「熱っ……くない。けど、一体誰がどうして!?」
ダンジョン外では決してダメージを受けない。
その仕様のため、炎に包まれた参加者は驚きはしたものの、怪我一つ負うことは無い。
ただ、無敵なのはあくまでも参加者だけ。
炎は魔法で生み出されたモノのようで、消化せずとも数秒程度で消えて無くなった。
そして後に残されたのは、突然の出来事に呆然とする参加者と、炭化した料理だった。
「なんてことをっ……!」
正気に戻ったメイが、この魔法の発生元を確認する。
メイから遠く離れた会場の端。
そこで四角い箱のようなものを構えた女性が笑っていた。
「(あっちは燃えてない!)」
その女性が居る辺り、会場の三分の一程度は燃えていなかった。
それに、女性の近くのテーブルには、燃えカスとなる前に回収して来たであろう料理の皿がいくつも並べられていた。
「クリエイトゴーレム!」
中空から二体の巨大人型ゴーレムが出現する。土が無くても召喚可能な魔法のようだ。
「きゃああああ!」
「うおおおおお!」
ゴーレムは召喚されるとすぐに、女性の近くにいた参加者たちをメイの方へと殴る蹴るで吹き飛ばす。
これで女性の周りには人が消え、大量の料理が残されている形になった。
「コキュートス!」
女性が手にする箱から強烈な冷気が生み出され、瞬く間にメイ達と女性との間に分厚い氷の壁が出来る。
「しまった。分断された!」
女性は勝ち誇った笑みを浮かべ、鮎の塩焼きを素早く食べ始める。
「くそっ、こんな氷、ぶち破ってやる!」
さっきまでのしおらしい態度は何処に行ったのか。好戦的な姿に変貌したメイが、全力で氷にギャグ力を叩きつける。
「くうっ、びくともしない」
厚さ数十センチにも及ぶ氷の壁は、本気のメイの一撃を軽々と受け止めた。
氷自体の強度に加え、魔法的な防御が上乗せされているのかもしれない。
「ソルテ!」
「いくよー!ニトロ・フラッシュ!」
ソルティーユお得意の爆発攻撃。
今回は運良く高威力のダメージが期待できる組み合わせであったが……
「これでもダメなの……ならトモエ!」
「ダメだぞ。あの氷の向こうまで魔法が届かないぞ!」
罠魔法で落とし穴を作って下から潜ろうとしたが、それすらも防がれる。
手詰まりだ。
「クリスめ、ここで動いたか!」
メイの近くにいたサトルが彼女のことを知っているようだ。
「有名人なの!?」
「ああ、とんでもなく有名な女だよ。数々のイベントに参加して優勝賞品をかっさらうイベント荒らし。手段を選ばず、時には強引なやり方を使ってでも優勝にこだわるエンジョイ勢の天敵さ」
「なんだってそんな人がこんな個人イベントに!」
「分からん!賞品が出ないイベントに参加するメリットなんか無いはずだが。気まぐれかなんかじゃねーのか」
「そんな気まぐれでイベントぶち壊されてたまるか!」
勝つためならなんでもする。
それはメイの信条の一つでもあるから同意せざるを得ない。
だが、気に食わない。
料理を炭化し、粗末にしたことが、メイには気に食わない!
「あんな奴に絶対負けてたまるかあああ!」
だが、怒りに任せて氷の壁を殴ったとしても、びくともしない。
仮になんとかなったとしても、その先には巨大なゴーレムが待っているのだ。
残り三十秒程度。
打つ手は残されていない。
「拙者の居合でも無理でござるか」
「誰か、これを破れるスキルの持ち主はいないのか!」
「これ最上級魔法だろ。無茶言うなよ!」
「最上級魔法?」
これほどまでに強力な魔法ならば、最上級魔法と称されてもおかしくはない。だがメイが疑問に思ったのは、最上級魔法をポンポンと使えるほどの恵まれた能力の持ち主が本当にいるのかということ。そして、何故今までの料理で使ってこなかったのかということだ。
「クリスが手に持っている箱。あれが優勝賞品の一つなのだろう。おそらく、短時間ではあるが最上級魔法を放つことが可能な道具。賞品リストの中で見たことがある」
「回数制限か時間制限があるから、これまで様子見していたってことね……」
だとすると、この先は手持ちの道具で優勝できると確信したということ。
ここで鮎の塩焼きでのポイントを諦めたとしても、この先でも同様に完封される可能性が高い。
「ふふふ、斬新なイベントだと思ったから面白そうと思って参加したのに、参加者のレベルが低すぎて期待外れだわ。弱者は弱者らしく、私が美味しそうに料理を頂くのを涎を垂らして見てなさい」
鮎を食べる手を一瞬だけ止めて、他の参加者を煽るクリス。ポイント稼ぎを少しだけ止めてでも煽るところが、彼女の嫌らしい性格を表している。
「どうして……どうしてこんなこと……」
握った両手を氷壁に打ち付けて、言葉を絞り出すメイ。
「どうしてって、言ったじゃない。イベント内容が面白そうだったから弱いもの虐めのために参加したのよ。期限切れ間近の余ってた賞品も使えたし、暇つぶし程度にはなるかと思ってね」
「違う!」
そうじゃない、メイが聞きたいのはそんなことじゃない。
メイが心から叫びたかったこと。
訴えたかったこと。
それは。
「どうして土魔法だけ最上級魔法じゃないのよ!」
『へ?』
予想外の叫びに、参加者達は驚き、クリスは思わず鮎を食べる手を止めてしまった。
「インフェルノとか、コキュートスとか炎魔法や氷魔法は格好良い名前のくせに、土魔法だけクリエイトゴーレム?土魔法ディスってんの?」
「べ、別にそんなつもりは……」
「じゃあ土魔法も最上級魔法を使えば良かったじゃない。メテオでも降らす?地震でも起こす?あはは、この場面じゃ使えないよね。燃やした方が早い、凍らせた方が早い、分かる分かる。土魔法なんて所詮便利魔法に過ぎないって思ってるんでしょ。分かるわー。土魔法は本当は強いんだ!なんて声高らかに叫んでる作品とかあるけど、あんなん土魔法が強いんじゃなくて使ってる人の能力が強いだけだもん。そんだけ強くて工夫出来れば他の魔法だって同じくらい便利に使えるっちゅうねん。でもね、いくら劣ってるからって、クリエイトゴーレムはないっしょ。インフェルノとクリエイトゴーレムだよ?もしそこに土魔法の精霊とか居たら、恥ずかしくて顔真っ赤にして蹲ってるよ?どんだけ土魔法を貶めたいんだよってこと。土魔法が弱いのは分かるけど、そういう露骨なやりかたは嫌だわー」
「いやだからそんな意図は……」
「終了です」
「あ、しまった!」
メイの長台詞にあっけにとられ、手が止まってしまったクリスは、トップには立ったものの思うように点数が伸びなかった。
「ふふふ、たとえ氷の壁で閉ざされていようとも、声が届くだけで戦えるんだから」
「……やるわね。面白くなってきたじゃない」
魚料理が終わり、後半戦へと突入する四品目。
最強の敵が降臨した。
食口会の読み方は決めてません。




