40. 結局いつものオチになるのは仕方ない
お粥などの優しい味の料理を食べ続け、濃い味の料理が食べたくなったときは少量のジャンクフードで中途半端に飢えを満たす。
満たされる程の量を食べることは決して無く、いつも空腹感に苛まれていた。
全てはこの日のため。
このイベントで優勝するための仕込み。
イベントを登録してから開催するまでには人を集めるために最低でも一週間は間を空ける必要がある。
その間に、イベントで戦うための心と体を作って来た。
食べなければ胃が小さくなり、食べられる量が減ってしまう。
好きなものを我慢し続けたら、ストレスが大きすぎて体調を崩してしまう。
メイは健全に我慢できるギリギリのラインを保ち、得られた空腹感を最大の武器としてこのイベントに臨んだ。
トマトのカプレーゼ。
カボチャの冷製スープ。
お刺身。
鮎の塩焼き。
どれも絶品だった。
思わず全力で空腹を満たそうと思ってしまうくらいには、素晴らしく美味しい料理だった。
しかし、メイはそれすらも鋼の意思で耐えきったのだ。
美味しいものを齧ってしまったがゆえに、大量に食べたいという欲望が激増したはずなのに。
目の前の料理を食べ尽くし、飢えを満たせと叫ぶ胃腸を抑え込めたのは、最後に待ち受けているであろうメイン料理を全力で堪能するためだった。
「美味いいいい!」
飢えた猛獣と化したメイが、会場内を駆けまわる。
他の参加者がまだテンペストの余韻でフラフラしている中、白いご飯とスプーンを持ち麻婆豆腐を心ゆくまで掻き込み続ける。
「マーボーーーー!」
白ライスの塊が喉を通り、下キーを押しっぱなしの落ちゲーのような勢いで胃の中に溜まって行く。だが落ちゲーとは違って、どれだけぎっしりと胃の中を満たしても消えはしない。久しく感じていなかったこの重量感が幸福感に直結し、更に幸せを得ようと右手に持つスプーンの動きが止まらない。
「それでこそメイだぞ!」
「ママを止めるよ!」
この状態のメイを止めるために動けたのは、クリスの暴挙を止めるためにいち早く復活できたトモエとソルティーユ。
「わたくしも参戦いたします!」
そして、テンペストの攻撃なんてなんのその。吹き飛ばされる間もずっとメイを注目していて特に混乱していなかったセーラである。
「ジャーーマーーダーー!」
「きゃあっ!」
行く手を阻むセーラを右アッパーで高く吹き飛ばす。
「自分デ飲メエエエエ!」
「!?!?ぼふっ!」
そして薬品を構えていたソルティーユの元へ向かい、自分が手に持っていた茶碗とスプーンを天井付近まで放り投げる。そのまま空いた手でソルティーユの手ごと薬品を掴み、強引にソルティーユの口に流し込んだ。
「どけぇ!」
口の中で大爆発を起こしているソルティーユを蹴りで遠くに吹き飛ばし、落ちて来た茶碗とスプーンをキャッチ。
「ば、化け物だぞ」
「マーーボーー!」
「よし、そこは落とし穴が……ってええ!?」
トモエが仕掛けた落とし穴の真上を通るが、落ちない。
トモエ相手に素直に床の上を歩くなど無謀である。
無意識で力を発動し、地面の上に薄い力の膜を張ってその上を駆け抜けているのだ。
「トモエガ落チロオオオオ!」
穴を通過し、トモエの背後を取ったメイは回し蹴りでトモエを穴の方に押しやる。
「きゃああああ!あはははは!」
メイ用のうねうねネチョネチョなトラップに自らかかってしまったトモエは幸せだったとかなんとか。
「六品目は『黒毛和牛のステーキ』になります」
麻婆豆腐で飢えがある程度満たされたメイだが、そのおかげで一気にトップに躍り出た。
しかも飢えの効果はまだ継続している。
肉汁滴るステーキは、メイが待ちに待っていた御馳走だ。
グルグル唸りながら、ライスとフォークを手に持ち、開始の合図をまだかまだかと待っている。
その目には、その耳には、余計な情報など入ってこない。
一分一秒でも早く、一切れでも多くそれを口にして、満腹感を味わいたい。
それ以外のことは考えられなかった。
『いただきます』
白ライスが登場したため、この後にご飯モノが出ることは無いだろう。
これがデザート前の最後の料理。
このまま負けてなるものかと、全ての参加者がメイに襲い掛かる。
クリスは気を失ったままなので魔法攻撃が荒れ狂うことは無いが、数の暴力ともいえる物理アタックは脅威である。
序盤のメイならば、ではあるが。
「ニイイイイクウウウウ!」
バターとガーリックの香りがメイの食欲を更に促進させる。
口に入れたらほろりと蕩ける肉の脂と、それでいてしっかりと弾力が感じられる赤身の味わいが両立しているステーキは、白ライスを無限に消費する。
「させるかぁ!」
「ここは通さないわ!」
「ぬぅおおおおお!」
人の壁など今のメイならば問題にならない。
肘を使い、蹴りを使い、遮る壁を次々と吹き飛ばす。
ステーキにフォークをのばされそうならば、それを弾き飛ばし奪い取る。
すでに相手のフォークに肉が刺さっているのなら、口に入る前に顔を寄せてかぶり取る。
ただし、決してフォークで相手の人体を攻撃しない。
フォークは料理を食べるための道具である。
「そのフォークもらったでござる!」
「ニクゥ!」
「ぐっ……止められうわぁああああ!」
ゲンジロウがスープの時と同様にメイが手に持つフォークを斬ろうと日本刀を振り下ろす。
メイは指を小さく曲げてフォークを握ることで手のひらに空きスペースを生み出し、そこで日本刀を受け止めた。人体に武器攻撃は効かないことが分かっているとはいえ、通常時では怖くて瞬時に判断できない行動であるが、今のメイにはそんなことは関係ない。
そのまま日本刀を握りしめて、ゲンジロウごと遠くに放り投げた。
「ステーキ・オン・ザ・ライス!」
「あれは禁断の呪法!」
誰だこのノリの良い奴は。
肉汁混じったソースが真っ白なライスを蹂躙していく様子は、どうしてこんなにも食欲をそそるのだろうか。浸食具合を加速させるかのように、あるいは肉の旨味を少しでも染み渡らせるかのように、フォークに刺さったお肉をライスに数度叩きつける。
「ウマーーーーイ!」
フォークに刺さった肉と色の変わったライスを同時に口の中に入れ、思わず天を仰ぎながら叫んでしまう。
メイ、最高に充実している瞬間。
「くっそおおおお、なんとしてもあいつを止めろおおおお!
「絶対に負けてたまるかああああ!」
「俺もご飯に乗せる!」
「おい、お前も協力しろよ!俺も乗せたいんだよ!」
そしてメイの悪逆非道な行為は、他の人にも伝染し始める。
ステーキ・オン・ザ・ライスに誘惑された人が増えることで、メイの拘束が弱くなる。
落とし穴が効かないため、トモエは諦めてステーキを堪能し、ソルティーユも今のメイには敵わないと諦めてステーキを口にしている。
クリスが居ない今、メイを止められるのはただ一人。
キィン、と一際大きな金属音が会場内に響いた。
「セエエエエラアアアア!」
「わたくしが相手です!」
ただ一人、醜悪な欲望で動いているセーラだけが、メイと正面からぶつかることが出来るというのも、不思議なものである。
メイがフォークでステーキの中央を刺して持ち上げたタイミングでセーラが手を出し、肉を挟んで宙で二つのフォークが交差した。
「グウウウウ」
「はああああ」
欲望塗れの力勝負は五分。
止まったフォークは動かない。
メイの足が止まり、このままではポイントが伸びない。いや、もっと多くのステーキを口にして飢えを完全に満たすことが出来ない。
だからと言って、ここで目の前のステーキをセーラに譲ることなど、もっとあり得ない。
飢えを満たす幸福感に支配された今のメイが、勝負に勝つためとはいえ獲物を諦めるなど、選択肢にあるはずが無いのだ!
「ワタシノ」
「メイの」
『ニィイイイイクゥウウウウ!』
セーラは「メイの」という部分が重要で微妙に執着する対象が違うのだが、不思議とシンクロする二人の言葉。
互角に見えたかの勝負に勝つのはメイ。
主人公だから、ではない。
「(私の胃腸がまだ言っている。まだまだ全然物足りないと。もっと肉を食わせろ、もっとライスを食わせろと!満たされない渇きを満たせ!飢えを力と換えろ!この衝動を指先足先、全ての細胞に至るまで行き渡らせ、全てを貪るモンスターと化すんだから!)」
テンションがぶち上ったことで頭の中がちょっとおかしなことになり、後々思い返したら恥ずかしくてのたうち回りそうなメイだが、『美味しいものを食べたい』という素直で強烈な感情に突き動かされている以上、いくらでも力は湧いて出て来る。
一方、セーラもメイのフォークが刺さったステーキを食べたいという邪な感情に全力で従ってはいるのだが、すでにここまでの料理でかなりの量のメイの食べかけを手に入れていたため、割と満足していた。
その差が、大きかった。
「ヌオオオオオオオオ!」
「きゃあああああああ!」
力任せにフォークで押し切り、メイはセーラを吹き飛ばす。
実はこれも事前の作戦通り。
自分がこの方法で暴れ回った時に、セーラが立ちはだかることをメイは予想していた。
そのため、今回のイベントでは序盤から我慢して積極的にセーラに自分の食べかけを与えていたのだ。
セーラトレインは、他の人の邪魔をするだけでは無く、セーラのお腹を満たし、自分が有利になるための作戦でもあった。
ここまで来たらもう敵は無し。
後は欲望の赴くままにステーキを食べ尽くし、『満腹』となった。
「はぁ~……美味しかったぁ。幸せ」
その笑顔を見た参加者たちは、この娘の至福の笑顔が見られたなら負けても良かったかも、と思ったと言う。
「……あれ?でもデザートがまだあるぞ。逆転の可能性あるんじゃね?」
「知らないの?女の子はね、甘いものは別腹なんだから」
『優勝おめでとー!』
「ありがとー!」
イベントが終わったらその後は祝賀会。
同じ会場で、今日出た料理がまた大量に出され、出場者たちが舌鼓を打っている。
あんなに食べたのにまだ食べるのか、と思われるかもしれないが、もちろん優勝者をはじめ、最後まで残った猛者たちは食べる余裕が無い。
序盤で脱落した人たちや、美味しかった料理をもう少しゆっくりと味わいたい、という人たちのために用意されている。
「メイ強かったぞ」
「ママすごーい」
「わたくしも満足しました……ですが最後のステーキも欲しかったです」
「みんなありがと。あと、セーラはあんだけ食べられたんだから満足しなさい」
コーヒーを飲みながら談笑タイム。
イベント時は敵だった相手も、イベントが終われば一緒に戦った仲間のようなもの。
「祝福するでござる。まさか最後の一撃が止められるとは思わなかったでござる」
「ありがとう。夢中だったからあんまり覚えてないんだよね。多分素でやったら負けるから」
「ううむ。いつかまた、集中時のメイ殿と戦ってみたいでござる」
「おめでとう。悔しいけど、小手先の技じゃ勝てないな」
「ありがとう。でも最初のトマトの発想はすごかったよ」
「あれも賭けだったけどな。アレでポイント入らなかったら無駄にお腹が膨れたわけだし」
「おめでとう。完敗だわ。ところで、私を気絶させたのって何かの道具を使ったのかしら?」
「ありがとう。アレは私の能力だから。それにしても流石にやりすぎじゃない?ルール上はアリだけど、料理食べる方向で戦った方が楽しいのに」
「う~んそうね。私に勝ったご褒美に教えてあげるわ。私は敢えてダーティーなプレイをするよう依頼されてるのよ」
「依頼?」
「そう。綺麗な戦いも面白いけど、悪役が居た方が面白いって場合もあるじゃない。そういう場合にオファーが来るのよ。私自身、悪役プレイが好きってのもあるけどね」
「なるほどね~って誰だよ、このイベントにこの人オファーしたの!」
「あはは、それは秘密。後、私のことは誰にも言わないでくれると嬉しいかな。プレイじゃなくて本当にダーティーな人だって思われてた方がやりやすいから」
ゲンジロウ、サトル、クリス。
戦った相手が祝福の言葉を投げかけてくる。
もちろんそれだけじゃない。
「いやぁ~嬢ちゃん強ぇなあ」
「失敗したわ。俺ももっとお腹空かせてくればよかった」
「そうそう、それな。空腹感が最大の武器って言われてみれば当たり前だったもん」
「私はあのバカ騒ぎに参加できただけでも楽しかったわ」
他の名も知れぬ参加者達も、メイに言葉を送り、感想を言い合い、そして最後には『楽しかった』の笑顔で去って行く。
この会場のみんなが笑顔で満たされている。
「このイベントを企画して良かった」
とメイが満腹感とは異なるニュアンスでの笑みを浮かべていた。
「準備した方は大変でしたけどね」
そんなメイの幸福感をぶち壊しに来たジーマノイドがいる。
会場と料理を用意するだけなので、他の凝ったイベントと比べれば準備は楽な方だが、メイがそんなことは知らないだろうと思い適当な嫌味をぶつけてきた。
「メグ、色々とありがと」
だが今のメイにはそんな嫌味は効果はない。
幸福感に満たされた今ならば、多少のことは許せてしまうのだ。
それが宿敵メグが相手だったとしても、だ。
「……つまらないですね」
「あはは、今はそういう気分だから」
むしろお腹がいっぱいになってきたことで、少しずつ眠気がやってくる気配がする。
ここでつまらない怒りで興奮するよりも、幸せな気分のままでベッドに入る方が良いに決まっている。
でも、メイは一つだけ気になることがあった。
聞かなければ良かったのに、聞いてしまったのだ。
「クリスを呼んだのってメグ?」
「いぇす」
思い直す。
お腹一杯で横になったら牛になってしまうのだと。
お腹一杯になったら、やるべきなのは『運動』なのだと。
「ギルティ!」
イベントが終わり、会場内にかけられていた守りの力はすでに消えていた。
メグを制裁すべく暴れるメイの力は、例のごとく床や壁や天井や柱を次々とぶち抜き、建物を崩壊させ、全ての参加者を瓦礫の山に沈めた。
『やっぱりオチはこれじゃないと!』
「解せぬ」
瓦礫の山から頭だけ出した面々は、その凄惨な現場には似合わず、最高の笑顔だった。
これにて謎のイベント編は終了です。
次回から本番イベントに入り、中級世界編は終了します。
合間にお遊びイベントをいくらでも入れられるけど、今回みたいにはっちゃけて長くなっちゃうからね、仕方ない。
(尺を自由に延ばせるってこともありこの世界観にしたのもありますが)




