36. 得意の勝負では負けられない その一
「参加者の皆様、ご着席ください」
規模の大きい披露宴会場のような広いフロアに、白いテーブルクロスがかけられた円形のテーブルがいくつも並んでいる。会場内では多くの人が思い思いの場所で談笑していたが、司会の声かけによって自分の名前が書かれたプレートが置かれている席に着席する。
その数、丁度百人。
「本日はメイ様発案の『大乱闘お前の料理は俺のもの』イベントに参加して頂き、誠にありがとうございます」
メイが企画したイベントに、予想を大幅に超える人数が参加申し込みをしてきたのだ。
「それでは、改めてルールの説明を致します」
一.コース料理が順番に目の前に置かれる
二.『いただきます』の合図で食事開始
三.他人の料理を一口でも食べると一ポイント
四.自分の料理を一口でも食べられるとマイナス一ポイント
五.マイナスは一つの料理につき三ポイントまで
六.一品ごとに大乱闘
七.何品あるかは秘密だが、前菜からはじまりデザートで終わる
八.三品目終了時から下位十名が脱落。ボーダーで同点の人たちはセーフ
九.一品ごとの大乱闘時間は三分
メイたちは普段大皿料理を奪い合っているが、それだと勝敗をつけられなかったので、単品料理を奪い合うことでポイント勝負が出来るようにした。
審判に関してはジーマノイド達が厳密に判断し、会場の上部にある電光掲示板に全員のポイントが表示されるようになっている。
「なお、会場は破壊されないように徹底的な強化を施しておりますのでご安心ください」
これはメイ一行対策である。
崩壊するとネタとして面白いかもしれないが、勝負の判断がややこしくなるため、対策をしたのだ。
「しっかしまぁ、こんなに集まるとは思わなかったから」
「それだけメイさん達の騒ぎが好きな人が多いってことですよ」
「そうそう、俺もすっげぇ楽しみだったんだ」
「悪食多いなぁ」
メイと会話をしているのはセーラ達、ではなく同じテーブルについている見知らぬ相手。
メイ一行は優勝候補であるため、離れたテーブルに分かれて配置されているのだ。
「毎日の変化が少ない世界だから、こういうイレギュラーなお祭り騒ぎが好きな人って多いんだぜ」
「刺激って大事よねぇ」
「私もいつかそうなるのかなぁ」
「メイちゃんはまだここに来て日が浅いんだね」
「何年か住めば分かると思う」
メイはまだこの世界に来て数か月程度。
アトラクションエリアがあったり色々なイベントが開催されているとはいえ、何年も住んでいたら徐々に飽きが来るものだ。ゆえに、特にお祭り好きな人にとって予想外なイベントは新鮮に感じて喜ばしいこと。
このようにベテラン勢と談笑しながらイベントの開幕を待つ。
「それでは一品目の前菜になります」
カラカラとカートで運ばれて各自の目の前に前菜の皿が置かれる。
何の料理が来るか、もちろんメイ達ですら知らない。
大まかなイベントの内容を決めて以降は、ほぼ全てジーマノイド達に任せてあるのだ。
『トマトのカプレーゼ』
スライスしたトマトでモッツァレラチーズを挟み、オリーブオイルなどのソースを絡めた一品。
普段メイ達が好んで食べる大味な料理とは違うタイプの一品だ。
「(面白いメニューだね。武器の選択が重要かな)」
武器、すなわちカトラリー類(箸やフォークやスプーンなど)のこと。
すべてのカトラリー類はテーブルの中央に大量に置かれていて、壁際にも補充用にずらりと並べられている。手づかみは禁止されていないが、基本はこれらの武器を使って食事をする。
「(トマトはフォークで刺しても抜けやすい。狙うならチーズの部分かな。スプーンで掬うか箸でつまむか、どちらにしろ混戦の中でも素早く確実に料理を口に運ぶ技量が問われるね)」
料理が配られ終えてから、各々が頭の中で戦略を高速で巡らせる。
配膳が終わった後にすぐに戦闘が開始されるため、素早い分析が必要なのだ。
「それでは始めます。みなさま手を合わせてください」
全員が目の前で手を合わせる。
事前にカトラリー類を手にすることは出来ない。
『いただきます』
料理の奪い合いイベントでポイントを稼ぐのに重要な点は『自分の料理が食べられても最悪三点しか失わない』ことである。つまり、四人以上の料理を食べればマイナスが相殺されて確実にプラスになるため、防御する必要性が薄い。守っている暇があったら、少しでも他人を攻めた方が得なのである。
しかしメイはそのセオリーを最初から無視した。
「うん、美味しい」
開始と同時に、自分の料理のトマトを箸でつまみ、一口だけ齧ったのだ。
優勝候補であるメイは得点をマイナスにするために当然狙われやすい。
トマトを皿に戻したその時には、同じテーブルに座っていた人はもちろん、周囲のテーブルからも人が殺到していた。
メイは自分の料理を放棄し、波のように押し寄せる人の大群の隙間を縫うように外へ脱出。空いているテーブルへと視線を向けて、空きっ腹の欲望の赴くままに乱獲する。経験豊富で、かつギャグ力というチート級の能力を持つメイを少人数で止められるわけも無く、得点を次々と伸ばしていく。
偶然メイと同席した人も、無駄に争って吹き飛ばされるよりも、メイの邪魔をしないで争わず、得点を分け合うことに決めたようだ。少人数であるため、一口程度なら全員分余裕であるのだ。
「チーズも一緒に食べると更においしいから」
暴れながらもしっかりと味わい、『必ず食べかけをその場に残して』テーブルを移動する。
最初に自分の料理を齧ったのも、その後も一切れ丸々食べずに残したのも、同じ理由だ。
「ぐうっ、強い!」
「取られてたまるかあああああ!」
「ぎゃああああ!」
メイの『食べ残し』を狙って密集した人々が、次々と周囲に吹き飛ばされる。その中心にいるのは、鬼のような形相で箸を構えるセーラだった。
メイが自席を離脱した直後、襲ってきた大量の人々の中には、遠く離れたテーブルに座っていたはずのセーラとトモエとソルティーユが含まれていた。
トモエが落とし穴に多くの人を落下させ、ソルティーユが人垣を爆破し、セーラが猪突猛進で吹き飛ばす。
席の前まで到達し、メイが離脱したことを知ったトモエとソルティーユはそのままメイを追い、セーラはメイの食べかけを狙って残った人たちを気合で吹き飛ばしていたのだ。
「メイの食べかけはわたくしのものです!」
涎を垂らし、血走った目で、メイの食べかけのトマトを箸でつまみうっとりと眺めるセーラ。その他の部分については興味が無いようで、フラフラながらも生き残った参加者が奪い合う。
セーラはソレを味わった後、他のテーブルにもメイの食べかけがあることを察知し、トモエやソルティーユに遅れて進軍を開始する。
これが、メイの狙いだった。
「(セーラ達をトレインすることで、場を荒らす!)」
セーラ達が開幕から自分を攻撃することは分かっていた。
ゆえに、それを利用することにしたのだ。
この作戦の利点は三つ。
一つは、セーラ達と多くの参加者を争わせて時間を使わせ、ポイントを伸ばさせないこと。
一つは、自分の食べ残しを囮に使うことで、他のテーブルの人数を減らして奪いやすくすること。
一つは、強力な相手であるセーラ達とのバトルを回避すること。
特に三つ目の効果が非常に大きい。
セーラ達とまともにぶつかったら、得点を伸ばすのはかなり難しい。
彼女たちもそれを分かっているはずなのに、欲望に忠実でメイに向かってくる習性を利用したのだ。
「慣れてない相手など、敵では無いのだ。ふはははは」
作戦が成功したメイは二十ポイントを手に入れ、このまま初戦を首位で終える。
かと思えた最終盤でそれは起こった。
残り十秒。
争い続けていた面々が得点を少しでも伸ばすために、相手の邪魔では無く余った料理を探して分け合っていたため、場が静まり返っていた。
そして皆が『残っている料理』を探すのに注力していた中で、『サトル』という細身の若手男性が空の皿を手元に集めていたことに皆が気付いたのだ。
「しまった!」
その行動の意図にすぐに気付いたのは、リードしていて精神的な余裕があったメイだけであった。
このイベントでは『一口』でも食べればポイントが入る。
ではこの『一口』とはどの程度を指すのだろうか。
例えば、皿に残った『食べかす』のようなものも含まれるのだろうか。
「他に空の皿は……全部取られた!」
残り数秒。今からサトルの邪魔をするにも、やや場所が遠く時間が足りない。
サトルは、偶然視線が合ったメイに勝ち誇った笑みを向け……
皿に残ったトマトの欠片を一気に啜りはじめた。
今回の料理はカットしたトマトだ。
普通に食べるのであれば綺麗に食べることが出来るが、乱暴に奪い合ったらどうなるだろうか。
完食されたと思われた皿の上には、トマトの断面から零れ落ちた小さなひとかけらが残されていた。
誰にも気づかれず残されていたそれらをサトルは集め、一気に口にする。
ポイントとなるかどうか微妙な大きさだったが、サトルは賭けに勝ち、大量のポイントをゲットすることが出来たのだった。
一位サトル、二十七ポイント
「悔しい!」
サトルだけではない。
初戦ではメイよりもポイントが低いものの、虎視眈々と上位を狙うツワモノ達が何人もいるのだ。
メイは改めて、気を引き締めることにする。
賞品の無い遊びのイベントでも、負けるのは嫌なのだ。
種ちゃんずも言っていた。
『メイ姉は、どんな逆境でも諦めないから格好良い』
例え見られていないとしても、妹の信頼を裏切るわけにはいかないのである。
三話~四話で終わる予定です。
初戦は様子見。
段々とクレイジーになって来る……かもしれません。