34. イベント賞品が欲しくて参加せざるを得ない
中級世界の説明回です。
「……」
「……」
「……」
「……」
カリカリと何かを描いている音、それを消すような音、紙が擦れる音に、その紙を揃える音。
数々の小さな音が不規則に奏でられているその部屋では、四人の少女が沈黙を保ちながら机に向かって作業をしている。
目に深いクマを刻み込み、疲労困憊のような、それでいて鬼気迫るような表情でソレを続ける彼女たちを外か見たら、きっとこう思うだろう。
修羅場、と。
「よし、こっちは完成。これお願い」
「……」
「ウェザー?」
メイがウェザーに紙を手渡すが、反応が無い。
「アレが切れたのかな。はい、コレもどうぞ」
自分の机の上に大量に揃えて並べてあったエナジードリンクをウェザーの机に置く。部屋中のあちこちに空缶が投げ捨てられていて、トイレに行くときに踏みそうで怖い。
「ちっがーーーーう!」
自分の机に置かれたエナジードリンクを死んだ目で見つめていたウェザーだったが、突然沈黙を破って立ち上がる。
「なんで私がこんなことやらなきゃならないのよーーーー!」
叫びに驚いてみんなの作業が止まりウェザーを凝視……しない。
気にならないほど集中していたからというわけではない。
何度も繰り返したことなので、みんな慣れてしまっているのだ。
「はいはい、大変大変。それじゃこれもお願いだよ」
ぞんざいな扱いで今度はソルティーユから強制的に新たな紙を渡されて崩れ落ちる。
「!」
メイはすぐさまその行為の意味に気付き、体を支えて少しでもその行動が美しくなるようにフォローする。
orz
他人の orz にも厳しいのだ。
「ううっ……誰か助けてっ……」
「嘆く暇があるなら手を動かした方が早く解放されますよ」
セーラから厳しい言葉と紙の追い打ちを受けてさめざめと泣くものの、その通りだと机に向かって作業を再開するウェザー
「どうして……どうしてこんなことに……」
どうしても何も、自業自得である。
メイの交換条件に嬉々として乗ってしまったのだから。
初級世界をクリアしたメイは、二つの難題を抱えていた。
一つは、トモエが自分を主人公に大人向けの漫画を描きそうなこと。
一つは、ウェザーとの鬼ごっこが永遠に続きそうなこと。
この二つを何とかするためにメイは一計を案じた。
トモエの漫画製作を手伝う代わりにジャンルを通常版にすること。
そして、ウェザーから話を聞く代わりに漫画製作を手伝ってもらうことだ。
これで羞恥プレイを回避しつつ、ウェザーとの絡みも最低限に抑えることに成功する。ウェザーとは『話を聞く』ことしか約束していないのがポイントだ。
そんなこんなで、中級世界を楽しむよりも前に即売会に向けた缶詰生活を続けていたのだ。
その即売会でまたひと騒ぎあるのだけれど、それはまた別のお話。
メイの狙い通りにことが進み、即売会を終えた一行はようやく中級世界に本格的に足を踏み入れる。
「コロシアムねぇ……コロッセオじゃないんだ」
中級世界は中央に巨大な円形の競技場が建てられていて、その周囲に放射線状に道がのびている。石造りの街並みは中世ヨーロッパ……よりも古さを感じられる。古代ローマがテーマなのかもしれない。それゆえ、コロッセオの方がなんとなく適している呼び方かとメイは感じたのだ。
「コロッセオだと殺伐した感じがあるからコロシアムにしたとかって聞いたことがあるわ」
そのコロシアムに向けて進むのはメイ一行+魔法少女姿のウェザー。
約束通りウェザーの話を聞くことになったのだが、そのためには中級世界について知るべきだということで説明のためにコロシアムに向かっている。
「こっちよ」
スタジアム内部に入ると、広いロビーに案内される。
十個近くあるフロント窓口は全て列が出来ていて、大きな壁に貼られた何枚もの紙を多くの人が眺めていた。
「冒険者ギルド?」
「雰囲気が似ているぞ」
「仕組みは近いわ。ここはイベントを選び、登録する場所なの」
「イベント?」
「あなた達も最近参加したじゃない」
最近のイベントと言えば、カットしたが即売会だ。
あれは初級世界の役所で参加受付をしていたので、そこで参加登録をした。
「本来はここで登録するの。初級世界の人も参加してもらいたいイベントの場合はあっちでも受付があるってことね」
「つまりここは、イベントの総合受付兼メイン会場ってこと?」
「その通り」
壁に貼られたイベントの中から参加したいものを選んで、受付で登録。イベントの会場はイベントごとに違うけれども、コロシアムが会場となることが多い。
「わたくしもあんなに多くのイベントがあるなんて知りませんでした」
セーラは両親からイベントの存在を教えられていたが、壁に百枚以上も貼られるほど多いとは思っていなかった。
「あんなに多いと興味のあるイベント探すの大変そうだね」
「そうでもないわ。試しにあの端の方の読んでみたら?」
隅の方の人目につかなそうな場所に掲示されているイベント案内を読んでみる。
『クイズ:礼子のペットは何が好き?』
『クイズ:徹の小学校の想い出選手権』
『クイズ:みちるのゲーム遍歴』
「なぁに、これ」
意味の分からないクイズイベントが大量に貼られている。
「中級世界のダンジョンに入るには、少なくとも一つはイベントをクリアしなきゃならないのよ。だからこうやって自分しか分からないクイズイベントを開催するの」
「そんなのアリ!?」
「もちろんアリよ。イベントの条件は自分で設定出来るから、会場やクイズの問題数や内容を全て自分が用意して自分で応えて優勝する。イベントに興味が無い人はそうするわ」
会場は宿屋の一室。
クイズ一問だけ、自分だけしか分からない問題。
これで誰にも見られずに簡単にイベント優勝の条件を満たすことが出来るのだ。
「それ許すならイベント優勝なんて条件無くせば良いのに」
「私もそう思うわ。それに、せめて募集期間を無くせば良いのに」
参加者を募集する期間が最低でも一週間必要という謎ルールがあるのだ。
スルーしたい人にとっては面倒臭いだけである。
「それで本題なのだけど」
「さて、話は聞いたし帰ろう」
「おい」
「じょ、冗談だって!」
ここまで歩いて話をしたから、という流れは流石に許してもらえない。
強制洗脳されないように慎重に対応しなければ。
「まったく、そんなに警戒しなくても今のところ大丈夫よ」
「今のところ……ね」
「ええ、あなたが変なことをしなければ、ね」
対応次第ではあの目が死んだ魔法少女の一員となる、と暗に言っているのだろう。
「はぁ……それで?」
「最初から素直でいなさいな。話って言うのはもちろんイベントのことよ」
そのためにコロシアムまで連れて来てこの世界でのイベントについて説明をしたのだ。
「端の方に掲示されているイベントはクリア用の意味の無いものだけど、あの人が集まっているところは違うわ」
ウェザーが言う通り、大きな掲示板の中でも人が集まっているところは偏りがある。
「まともなイベントや神様が用意したイベントは固まって掲示されてるのよ」
「即売会みたいなイベントのことね」
「ええ、即売会はこの世界の住人が独自に開催したイベント。神様が用意したイベントは……神社のイベントと言えばあなたなら分かるわよね」
ウェザーと出会うきっかけとなった神輿をぶつけ合う謎イベント。
それは神様が用意したイベントだったのだ。
「こ、こら!逃げようとするな!」
「ひいいい!」
「誘おうとしてるわけじゃないから!むしろあなたにとっても嬉しい話なのよ?」
「うっそだあ!」
意味の分からない気持ち悪いイベントに関わりたくないメイは、思わず後ずさりウェザーから距離を取ろうとしてしまう。反射的な反応なのだから仕方ない。
「私だってあんなイベントに参加したかったわけじゃないんだからねっ!」
「そんなツンデレっぽく言ったって騙されないんだから!」
「ツンデレ言うな!違うし!」
誰に対するデレなんだ。
「あのね、私の目的は優勝賞品なの」
「優勝賞品?」
「あの神社イベントもそれが狙いだったのよ」
だとすると話は大きく変わる。
気持ち悪いイベントに参加してでも魔法少女をアピールして暴れたかったのではなく、賞品が目的となれば確かにメイにもメリットがあるかもしれない。
「仲間を増やしたいってのもあるけど……」
「ひいいい!」
「だから逃げるなって!なんでよ!可愛いじゃない!」
魔法少女が可愛いのは分かるが、それはそれ、これはこれである。
普通の人たちが歩いている街中で魔法少女姿でキラリンする度胸はメイには無いのだ。
もちろん、死んだ目になってまで慣れたくもない。
「それでお神輿のイベントの優勝賞品って何だったの?確かあの時はウェザー負けてて手に入らなかったよね?」
「……………………」
「ウェザー?」
この話の流れで沈黙するのはおかしい。
その賞品こそが、メイと話をする理由のはずなのだから。
「その……いくつかの賞品の中から好きなものを選べるのよ。ここで普通に暮らしていたら手に入らないもので、ダンジョンからも手に入らないレアモノ。ただ、使用場所が街中だったり効果期間が短かったりするのがほとんどで、お試しアイテム系のものが多いわ」
「ふむふむ、それでウェザーは何が欲しかったの?」
「……すぐに効果が切れるから、どうしても欲しいって人は居なくて、手に入ったらラッキーってくらいのものね。なので賞品を巡って血生臭い争いがはじまるってことは無いわ」
「ふむふむ、それでウェザーは何が欲しかったの?」
「……モノによってはそれを知り合いにお裾分け出来たりもするから、優勝した人もみんなに配ったりしてるわ」
「ふむふむ、それでウェザーは何が欲しかったの?」
一向にそのブツについて答えようとしないウェザーだが、メイはしつこく聞き続ける。それがウェザーへの嫌がらせだと分かっているのだ。
「………………い」
「え?なんだって?」
「……………ざい」
「え?なんだって?」
「だから!…………………………………………ほうきょうざい」
豊胸剤。
胸を豊かにするお薬。
小さな魔法少女が顔を真っ赤にしながら口にするそのお薬は、見た目相応の願いだった。
「え?なんだって?」
だが聞こえているのに追い打ちをかける鬼畜メイ。
「豊胸剤よ、聞こえてるんでしょ?」
「え?なんだって?もっと大きな声で叫んで!」
「プリティ・ラブ・アターック!」
「ぎゃああああ!」
いつもとは逆に吹き飛ばされるメイ。自業自得なり。
「あなただって欲しいでしょ?」
「いらないよ」
「な、何故!?だって仲間じゃない!」
体が小柄で成長が遅い幼系魔法少女体型。
背もそうだが、胸の小ささにも悩んでいるに違いないとウェザーは確信していたのだ。
「だって私の家族、みんなセーラ以上のプロポーションの持ち主だから私もいずれそうなるの」
「なあにいいいいい!」
ウェザーの家族にはそんな希望は無い。
裏切者を見つけたかのような憎しみの目をメイに向けるが、完全に逆恨みだぞ。
「まぁ、それでも将来の自分を予め知るために使ってみるってのも面白いかもしれないから興味が無わけじゃないかな」
回りくどい言い回しで、実は興味深々だと言い放つメイ。
成長するとは信じているが、やはり成長が遅いことに不安があるのだ。
成長後の姿を見て安心したい気持ちはかなり大きい。
たとえそれが仮初のものであっても。
「……まぁいいわ。それで話に戻るのだけど、メイもイベントに参加して欲しいのよ」
「嫌」
「わぁお、即答。参加って言っても私と別チームで良いのよ」
「それならイベントの内容次第で良いかな。でもそれで良いの?」
「ええ、二チーム参加すれば、その分優勝する確率が高くなるでしょう?どちらかが優勝したら賞品をシェアするの。あなた達なら私の仲間として戦うよりもそうした方が効率が良さそうだもの。もちろん潰し合う可能性もあるけれど、そこは仕方ないわ」
魔法少女姿で魔法少女をアピールしながら戦わなくて良い。それに気持ち悪いイベントは不参加。それでいて頑張れば興味のある商品を入手するチャンスがある。ついでに優勝すればダンジョンへ挑戦する条件もゲットできる。
思っていた以上にメイにとって好条件な話だった。
「分かったわ。都合があえば参加してみる」
「ああ良かった。頑張って追ったかいがあったわ」
「まだ参加するって決まったわけじゃないのに」
「ふふふ、私には分かるわ。あなたは絶対に参加するって。私が信じる魔法少女に誓って」
そんなものに誓われたなら尚更参加などしたくなくなる、と思いながら掲示されたイベントを眺めはじめる。
中級世界における、イベント攻略の幕開けである。
武闘会?なにそれ、美味いの?