18. お祭り前に変人達に会いたくない
「祭り?」
「はい、一週間後に近くの神社で大きなお祭りがあるようです」
夕飯をみんなで揃って食べていた時のこと。
どこからか仕入れたお祭りの情報についてセーラが話し出した。
「近くのってことはあそこか。そういえば今朝すれ違った人が提灯みたいなの運んでたけど、準備だったのかな。どんなお祭りか知ってる?」
「大きなお神輿をかついでの練り歩きや、巫女による舞踏が披露されるらしいです」
「ほぅほぅ、映えそうなやつだねぇ」
日本に持ち帰る映え写真をゲットするチャンスである。
「巫女さんは良いものだぞ。見に行きたいぞ」
「トモエって巫女スキーなんだ」
「巫女さんだけじゃなくて、可愛いものは正義だぞ」
「あはは、踊り娘が可愛いと良いね」
メイとしては可愛い系でも格好良い系でもどっちでも良く、むしろ動画を撮れるかどうかが重要だ。日本に帰った時に、お土産を沢山用意しておかないと萌姉に怒られてしまう。
「私はめんどくさいからパスー」
「言うと思った」
「あら、でも沢山の出店が並んで普段食べられないようなものが沢山食べられますよ?」
「行く」
「言うと思った」
めんどくさがりなソルティーユも、薬と美味しいご飯に関してはそこそこ積極的だ。
「というか、出店も出るんだ」
「様々な世界の出店が出るそうです」
「ほうほう、ということはトモエの世界と私の世界のどっちの焼きそばが美味しいか決着が着くわけか」
『絶対に負けないから(ぞ)』
もともとメイは焼きそばに拘りがあったわけではないが、以前トモエと焼きそば談義をしたときにバトルにまで発展したことがあり、その流れで戦わざるを得なかった。
こういうのは決着をつけないまま延々とバトルするのが楽しいのだが、本気でバトルするのもそれはそれで面白い。
「最後に花火があれば完ぺきなんだけどなぁ」
それも、凝った仕掛け花火ではなくて、シンプルな花輪の花火。色とりどりの大輪の花が咲く様子を眺めるだけで充分風情がある。派手な花火は、花火大会に任せれば良い。
「花火があるかは聞いてませんね」
「ううむ、もし無いならお願いしてみようかな。異世界パワーで簡単に準備してくれそうだし」
職人さんなど居なくても、ジーマノイドたちの力で簡単に打ち上げられるだろう。
「んじゃ来週を楽しみにしてよっと」
気になることは聞けたので話を区切らせようとしたのだが、セーラの話にはまだ続きがあるようだ。
「まだ本題があります」
「本題?」
お祭りがあるから一緒に行きたいという話だけではなかった。
「お祭りと言えば、やっぱり浴衣ですよ!」
「ほうほう、それで?」
「可愛い浴衣を着ましょう!」
「その心は?」
「メイの浴衣姿を堪能したいです。ぐへへへ」
「デスヨネー」
お祭りと言えば浴衣。
雰囲気を最大限楽しむのなら、最高の選択だ。
しかし、お祭りそのものを全力で楽しむならば、気軽に動ける服装の方が良い。
メイは日本でお祭りに行くときは『当然』浴衣に着替えさせられていたので、ある程度着慣れてはいるが、身軽な服装ではしゃぎたい気持ちもある。
「悩ましいなぁ……」
「そこをなんとか、ぐへへへ」
その願い方は逆効果だぞ。気持ち悪い。
「んじゃ、一つだけ条件がある」
「条件ですか?」
「うん、『みんなで』浴衣を着て遊ぶこと」
「『みんなで』、ですか?」
「そう、『みんなで』」
メイ、セーラは着るとして、トモエも嫌がるタイプではない。
となると問題となるのはただ一人。
みんなで一斉にその人物を凝視する。
「ええーめんどくさーい。普段着で良いよぉ」
動きが制限される浴衣をめんどくさがりなソルティーユに着せる。これは難題だ。
「なんとも難しい条件ですね……」
「一週間あるから頑張って説得してみてよ」
「絶対になんとかします!」
その決意の表情を見て、ソルティーユが陥落するだろうなと、メイは確信していた。
「(だってたまには白衣以外のソルテの姿を見たいから。眼鏡美人なモデル体型だし、絶対浴衣映えると思うんだよね)」
メイだって、綺麗だったり可愛い姿を拝みたいのである。
翌日。
畑には行かずにこっそり外出。
「やっぱり着いてくるんだね……」
「もちろんです」
隣で歩いているのはもちろんセーラだ。
彼女たちからこっそり逃げ出すことは出来ないのである。
「バレないように畑に行く時間に出たのに」
「服装が違うから分かります」
「今度は野良着で出かけようかな」
それでもセーラなら違いを嗅ぎ分けて着いて来そうな気もするが。
「それで、今日はどこに向かうのですか?」
「お祭りの下見にね」
知らないのに着いてきたのか、というツッコミはしてはならない。セーラにとって重要なのは行き先ではないからだ。
この世界は日本に似た世界の集合体のようなもの。お祭りもメイが知っているものに近い雰囲気なのだろう。だとすると、会場の近くでは準備が進み、どこかしらソワソワしているような感覚を味わうことができるかもしれない。
「ファイトー!ファイッ」
『オー』
「ファイッ!」
『オー』
「ファイッ!」
『オー』
「ファイトー!」
のどかな農道を歩いていると、突如前からタンクトップ姿のスキンヘッド筋肉ムキムキ集団が列になって走ってきた。
「部活?」
掛け声だけならそう聞こえるかもしれない。
「暑苦しいです……」
「うわ、汗が飛び散ってる。離れよ……ってくっせええええええええ!」
しかしその見た目は部活動の爽やかさとは程遠く、汗で蒸気が発生しており、むせかえるような異臭を発している地獄だった。
「ぜんたーい!止まれ!」
「ここで止まんな!くせーんだよ!」
メイ辛辣である。
が、本気で吐きそうな程臭い集団が通り過ぎずに近くに止まったのだから、当然の反応だ。
「おや……お嬢さん、こんにちわ!良い筋トレ日和ですね!」
列の先頭のリーダーらしい男は、そんなメイの罵倒を完全に無視して(言葉だけは)爽やかな挨拶を返す。
キラッ!
「スマイルうぜええええ!早くどっかいけええええ!」
真っ白に輝く歯を見せつつの爽やか笑顔が、メイのイラつきを増加させる。
『よおおおし!お前ら、祭りまで一週間を切ったぞ!最後の追い込みだあああああ!』
『うおおおおおおおお!』
「うるせええええ!くせええええ!」
早くこの場から脱出したいが、体が痺れたかのように動かない。病気にならない体が警戒するほどの臭さである。
「筋肉!」
『筋肉!」
「筋肉!」
『筋肉!」
「筋肉!」
『筋肉!」
「筋肉!」
『筋肉!」
筋肉の叫び声を上げながらその場でスクワットをはじめる男たち。そのたびに汗がメイの近くへと飛び散り、臭気レベルも増大する。
「ぐわああああ!おえええええ!」
大変だ。
このままではメイはゲロインになってしまう!
『よーっし!勝利のためにも、後百キロ走り込みするぞー!』
『うぉおおおおおおおお』
もうダメだ。
メイが人生を諦めようと思ったその時、男たちはその場から走り去っていった。
芳醇な残り香をその場に残して。
「おええええええええええええええ!」
「しくしく」
道で酔っ払いのようにゲ〇をぶち撒いてしまったことに大きなショックを受けるメイ。街中のゲ〇後を見つける度に、あんな大人には絶対にならない、と心に誓っていたのに、まさかこの歳でクズ共と同じことをしてしまうとは。目のハイライトが消えかかっていた。
「ハイ(シュコーシュコー)」
「ありがとう?」
自分のハンカチが使い物にならなくなってしまったので、目から流れる心の汗を拭きとる術がない。そこにハンカチを差し伸べてくれたのはセーラだった。ただ、どこかしら声が籠っているようだし、変な音も聞こえて来る。
一体何だろうと思い、ハンカチを受けとりながらセーラの方を振り返ってみると……
「ドウイタシマシテ(シュコーシュコー)」
「誰だおまええええ!」
ガスマスクを装着した奇妙な人物がお礼を言われてクネクネと照れていた。
「ダレダトハヒドイデスネ。メイノコトガダイスキナセーラデスヨ(シュコーシュコー)」
「うるさい黙れこのど変態が。というか、どこからガスマスクなんて取り出したの」
「コンナコトモアロウカト(シュコー)」
「どんなことだよ!」
さっきまでバッグも何も持っていなかったはず。
実はアイテムボックス的な何かがあるんじゃないかと疑ってしまう。
「メイモツカイマスカ?(シュコー)」
「さっき渡せよおおおお!」
もう一つのガスマスクをメイに渡そうとするセーラ。
それを受け取り、地面に叩きつける。
「こんなものっ!」
セーラが装着しているガスマスクも取り外してやろうかと近づくメイだったが。
「オット(シュコー)」
「あれ?」
セーラはその手を躱して後ろに下がり、メイと距離を取った。
どんなときでもメイに近い方が喜ぶセーラの行動としては、異常だ。
「メイニオウノデ……(シュコー)」
「ちくしょおおおおおおおおお!」
男たちの臭気が染みついてしまったメイは泣きながら家に走り返った。お風呂お風呂。
さらに翌日。
「今日は違う道を行くのですね」
「あったりまえでしょ。あいつらに出会ったら即逃げるからね」
昨日は結局お祭りの準備会場にたどり着けなかったので、再チャレンジだ。
今日の道も、のどかな農道。
目指すのは森に囲まれた小高い山。
坂道のあまりない土地であるが、神社の付近だけ山になっている。
参道や付近の道は広く作られているので、出店やお神輿などはそこでやるのだろう。
「それにしても、昨日のはなんだったのかな」
『祭り』とか『勝利』などと叫んでいたようだが、このお祭りはメイの知っている日本的な祭りでは無いのだろうか。
「お神輿を担ぐのではないでしょうか」
「神輿?」
「激しくぶつかり合うお祭りもあると聞いたことがあります」
「あーあったねそういうの」
メイの実家付近のお祭りは平穏だが、日本には確かにガチで神輿でバトるお祭りもあると聞いたことがある。ケガ人が続出するほど危険らしい。
「それならそれで見たこと無いからアリだけど、あいつらを目にするのは嫌だなぁ」
「浴衣にガスボンベはちょっと……」
「流石にあの臭いを垂れ流したら出禁でしょ」
出店のおっちゃんに制裁されちゃう。いや、やつらが簡単にやられるとは思えない。もしかして出店VS変態筋肉集団なんて流れもあるのか!?
「(なーんてね。んなわけないか)」
バカバカしい考えを頭から追い出し、目的地へ向けて進む。
「んー昨日のアレがまだ肺に残ってるのか、空気が美味しい」
両腕を空に突き上げ、肺いっぱいに空気を取り入れてリフレッシュ……した瞬間に悲劇は起こる。
「隙ありいいいいい!」
「ぐへええええ!」
突如後方からぶつかってきた誰かが、メイの首を絞めてくる。
「プリティーキュートシャワー!」
「ギブッ!ギブギブッ!」
細い腕が首に巻きつき、綺麗にキまっている。怪我は負わない世界ゆえ、大きな痛みや苦しみは無いが、微妙に効果があり息苦しいのが気持ち悪い。
「もう諦めるなんて、酷い体たらくだわ」
「ああもう、うっさい!」
一向に絞めた腕を離そうとしないため、メイは体重を思いっきり後ろにかけて押し倒す。
「ぷげっ!」
成功したが、メイは自分の体重だけでは軽すぎて効果が薄いことを理解していた。
「セーラおいで(はあと)」
「はああああああああああい!」
両手を広げてウェルカムすれば、変態は嬉々としてダイブしてくるだろう。
「ちょっ!それやりすぎっ!」
セーラとメイの二人分の体重によって謎の人物は押し潰されてしまった。
「いや、潰れてないから!」
「チッ」
「怖っ!あんた怖すぎるわよ!」
立ち上がって改めて襲ってきた人物を見ると、少女だった。
小柄で親近感を持てる体型だけど、親近感を持てない服装の少女だった。
「よし、セーラ行こう」
関わってはならないと判断、即撤退だ。
「待ちなさいよ、待ちなさいって!」
当然、簡単には逃がしてはくれない。
「セーラ走るよ!」
「はい!」
聞く耳などもたぬ。全力ダッシュだ。
「待てって言ってるでしょおおおお!」
謎の少女は、メイよりも圧倒的に足が速い。
残念、逃げ切れなかった。
「プリティラブアターック!」
「ぎゃっ!ってただのタックルじゃねーか!」
ラガーマンが拍手を送りたくなるレベルの美しいタックルにより、今度はメイが地面に押し倒される。
「ぬおおお、はーなーせー!」
「大人しくしなさーい!」
「どいつもこいつも力が強すぎるから!」
「絶対に逃がさないわ!」
腰に回された腕がびくともせず、メグの馬鹿力を思い出し、不快感が増す。
「こうなったらっ……誰かタスケテ―!」
「こらああああ!止めなさーーーーい!」
不審者に襲われているのだから、間違ってはいない対応だ。
「セーラ、誰か呼んで来て!」
「で、でもっ!」
「早くうううう!」
「メイのそばを離れたくないです!」
「つっかえねええええええええ!」
下半身さえ無事ならば、綺麗な orz をやってみせるのに。
思わず頭を抱えてしまい、動きが止まる。
「やっと大人しくなったわね、さぁ行くわよ」
「こ、こら、ひっぱるな、誰かああああ!拉致されるうううう!」
「だからその人聞きの悪いの止めなさいって、プリティーキュートシャワー喰らわせるわよ!」
「何よそれええええ!」
「何ってそりゃ…………」
女の動きが止まった。
「……あんただれ?」
「なんじゃそりゃあああああ!」
不思議そうな顔でメイを見つめるのは『魔法少女』のコスプレをした少女であった。
サクっとお祭りで騒いで終わらせるはずだったのに、どうしてこうなった。