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セレナと一緒に一頭の馬のみで帰って来たデラを見て、隊に動揺が走った。
デラ達がやって来た暗闇の向こうに目をこらしながら、一人の騎士がデラ達に近付く。
「隊長、もう一頭の馬は? それに、サラさんは…」
「作戦が一部変更になった。私はこれからサラさんを迎えに行く。この隊は予定通りセレナさんを連れて、先にリブシャ王国へ向かうんだ。副隊長、私の代わりに隊を率いてくれ」
「はい」
その遣り取りを聞いて、セレナは目を輝かせた。
「…デラ!」
デラは振り向きもせずセレナに背中を向けたまま、不機嫌な声で告げる。
「セレナさん、今すぐ私の馬から降りて下さい。余分な馬は用意していないので、副隊長の馬に乗ってもらいます。今度はセレナさんが前ですよ。窮屈でご不便でしょうが我慢して下さい」
デラの精一杯の嫌味をものともせず、セレナは背後からデラを抱き締めた。
「ありがとう、デラ。サラを捜してくれるのね」
「セレナさん?」
驚いてじたばたするデラを見て、騎士達は物珍しそうにニヤニヤ笑ってその光景を見つめていた。中には、「役得ですねぇ」「羨ましいなぁ」と囃し立てる者もいて、デラの仏頂面は一瞬にして崩れた。
「…乗馬を始めたばかりのサラさんが裸馬に長時間乗り続けることは不可能です。特に、あんなドレス姿では。サラさんが大怪我をする前に私が見つけます。セレナさん、手綱を私に返して下さい」
「デラ…本当にありがとう」
ほっとして瞳を潤ませているセレナを見て、デラは小さく頷いた。
「いずれにしても時間がありません。峡谷伝いに出国するには、ここからはまだ距離があります。早く逃げて下さい。サラさんは先に森の国境に入っている筈ですから、ハーヴィス王国の者は手出し出来ません。今はサラさんより我々の方が危ないのです」
「デラはどうするの?」
「この近くから森に入る道を知っています。この辺りの地形は森も含めて詳しく調べてありますから、私は大丈夫です。私の心配はいりませんから、とにかく早く出発して下さい」
「分かったわ」
セレナはするりとデラの馬から降りて、副隊長の馬に移った。今度は副隊長に向けて冷やかしの言葉が浴びせられる。
「では隊長、セレナ様は我々が無事にリブシャ王国へお送りします。隊長も、ご武運を」
「物騒なことを言うな。我々はこの国から脱出するだけだ。この国では何もしていないし、するつもりもない。分かっているな?」
「はい」
「行け」
デラがそう言うや否や、隊は土埃を上げて出発した。
さて。
デラは愛馬の手綱をしっかりと握る。
ハーヴィス王国では森について良くない迷信が蔓延している。これもマイリの受け売りだが、森には魔物が棲んでいるという話がこの国では一般的なものらしい。恐らく国民が森伝いにリブシャ王国に流出することを防ぐ為に、ハーヴィス王国側が用いた方便だろう。
結果、それを信じた信心深い民は森に近付こうともせず、本当は簡単に国外に出られるのに国に留まっているのだ。
マイリの話ではこの国には竜もいることになっているらしい。森には魔物で崖には竜。この国から迂闊に出ようとすると本当に「何か」が起きるかも、という気がしてくる。
しかしそんなものは迷信だ。
「さぁ、我々も行くぞ」
デラは愛馬にそう語りかけると、森を目指して横道に入って行った。
サラ達は今、どうしているだろう。
クレイ達と合流したエリーは、全速力で力強く走るクレイの馬に揺られながらそう考えていた。
ジェスの手綱捌きは安定していて、いつかエリーがクレイに乗せて貰って森の中を散歩した時のことを思い出す。
あの時、狩猟小屋の森でクレイに乗馬に誘われて…偶然サラに出会った。
森の中にいると、何故だかサラの存在が良く分かる。あの時はサラが森の女王の娘だなんて知らなかったから、ただ不思議なだけだったけれど今ならその理由が分かる。きっとサラは森にいる時に一番、心を解放しているのだろう。
森の中だと、サラが感じていることを私も同じように感じることが出来るような気がする。
現にあの時。
あの時感じたサラの心は、不安と衝撃。
私はあの時自分の事でいっぱいいっぱいで、それが自分の気持ちに共鳴したのだとばかり思っていたけれど、違っていた。
サラは私とクレイが一緒にいる姿を見て動揺したのだ。サラはクレイが私の婚約者であることを私よりも先に知っていたから。
あの時、サラはどちらに衝撃を受けたのだろう。私が誰かと結婚することと、クレイが誰かと結婚することと。
それとも…サラはまだ、自分の気持ちに気が付いていないのだろうか。
サラの変化は私の変化よりも急だ。今まで人として生きてきたサラが、精霊の世界の住人であると知らされたのだから。
サラは私よりも厳しい選択に迫られている。
だから、早く何とかしたかったのに。私が誘拐なんかされなければ、今頃は…。
「国境よ、エリー」
ジェスにそう言われて、エリーは改めて前方を見た。城を抜け出した時と同様に見張りらしき姿は無く、このまま問題なく通過出来そうだ。
「あれを越えれば…」
「そうよ。リブシャ王国よ。やっと帰れるわ、エリー」
月明かりが一層明るくなって、先行く道を照らす。
まるでサラのような美しい月。サラもこの月を見ているのだろうか。
サラ。早く会いたい。
もうすぐ会える期待に胸を膨らませ、エリーは中空にある月を祈るような気持ちで見つめた。




