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「おい、起きろ!」
肩を揺すられて、見回り番の一人が目を覚ます。辺りは真っ暗で、静かだった。自分が何処にいて何をしていたのかが急に分からなくなる。
「良かった。生きていたか」
暗がりの中なので相手の顔は見えなかったが、その声から、同じ時間に一緒に見張りをする男だと分かった。
見張り…そうだ。見張りに行く途中だったはずだ。
「俺…」
「城の様子がおかしいんだ。実は俺もついさっき、目が覚めたところだ。目が慣れてからやっと、お前が隣にいることに気付いた。覚えているか? 俺達、見張り台の交代に行くところだったよな」
「ああ。そうだった。いつもの通り、料理人から夕食代わりに差し入れられた軽食を食べてから…そこから先は覚えていない」
「俺もだ」
二人の見張り番は沈黙の中、耳を澄ます。
交代前の休憩所は他に人の気配もなく、外から聞こえてくる物音もない。
二人は再び口を開いた。
「城中が一服盛られたみたいだな。静か過ぎる」
「そうだとすると、夕食に盛られたとしか考えられないな。差し入れは夕食と同じ料理を使うんだろう? 多分、他の見張り達も俺達と同じような目に遭っている筈だ」
「どうして眠り薬なんか…。何だってこんな物騒な真似を…」
「本気でこの国を狙っているのなら、毒を入れた方が確実だったのにな。そうしなかったのは、殺す気まではないということだ。危害を加えることに躊躇はないが、我が国を滅ぼすつもりまでは無いという意思表示だろう。さて、どうする?」
「どうって…他の奴等の様子を確認しないと。しかし何だってこんなこと」
立ち上がった二人は扉をそっと開け、外の様子を窺った。静かなこと以外は異変は無さそうだ。
二人は休憩所から出て、城内に配置されている見張り番の場所を確認しに行くことにした。
「…城が攻められているわけではなさそうだな」
辺りの様子を見ながら一人が呟く。
「ああ。…でも、王子が帰国後からずっと厳戒態勢を命じられていたのは、こうなることを予測されていたからなのではないだろうか」
「客人の姫が関係あると言いたいのか?」
「お前だって妙だと思っただろう? あの姫は俺達に気付かれることなく、いつの間にか城内に滞在されていた。それに、あの美しさは尋常じゃない」
「人ではないと?」
「そこまで言っていない。高貴な身分の姫であることは一目で分かる。ステファン王子の花嫁候補に挙がるくらいの姫君ならば、他の国の王侯貴族が見初めていても無理はないと言いたかったんだ。これは俺の勝手な想像だが、薬を盛った人物は王子に無断で姫君を取り返しに来たのではないだろうか」
「あの姫はリブシャ王国の出身だ。帰国の際に一緒にお連れしただけだろう。考え過ぎだ」
「あの国は確か、結婚の取り決めが面倒だった筈だ。婚約解消の折は国王の許可が必要だとかで」
「王子が、婚約者のいる姫君を攫ったと?」
「だから、そこまでは…」
最初に辿り着いた見張り場所で、塀に凭れ掛かるようにして眠っている見張り番を見つけた二人は話を中断すると、慌てて駆け寄ってその身体を揺すぶった。
「起きろ、おい、起きろ!」
「あっ…ああ? 何だ、俺、どうして…」
はっきりしない頭で受け答えする見張り番も、やはり眠っているだけのようだった。怪我をしている様子が無いことを確認して、二人はほっと安堵の息を吐く。
寝ぼけ眼だった男は、月明かりを見上げた途中ではっとして慌てた。
「篝火が消えている。まずい、隊長にバレたら大目玉だ」
「早く火を」
「松明は俺が貰ってくる。ついでに、他の場所の様子も見て来る。お前は見張り台の奴等を。それからお前は城門付近の他の見張り番を起こしてくれ。城内に異常はなくても、城外に何かの動きがあるかも知れない」
「分かった」
三人はばらばらに散開し、それぞれの仕事に取りかかった。
王子の怒号が響いて城中の騒ぎが大きくなり始めたのは、それから暫く経ってからのことだった。
慣れない服装で手綱を繰りながら、サラは祈るような気持ちで馬を走らせていた。
あと少し。もう少し。
森の中に入ってしまえば、もう心配はない。
セレナは無事にデラの隊に合流しただろうか。エリーはとっくに峡谷側の国境を抜けてリブシャ王城へ向かっているだろうか。
本来なら私がエリーを守りたかったけど…エリーの将来のことを考えると、クレイに託した方が安全だということは明らかだ。
緑少ないこの国では、私の能力の半分も発揮出来ない。それはこの国に入ってすぐに分かったことだった。
植物達のお喋りは殆ど聞こえない。申し訳程度の話し声は、僅かな養分でも育つことの出来る数少ない種類の草花や、小さな鉢植えからのもの。これではこの国の様子を知ることは不可能だ。
一刻も早く森の中に飛び込まなければ。でも、それまでに追っ手を充分引き付けておかないと。
背後に複数の馬の足音が迫って来ている。振り向きたいけれど、エリーでないことが分かってしまっては大変だから、迂闊に振り向くことが出来ない。
逃げ切れるだろうか…いや、逃げ切らなければ。
何度も浮かび上がってくる不安と葛藤しながらサラは馬を走らせる。そして前方にやっと見えて来た鬱蒼とした森の姿を見て、サラはやっと、ほっと胸を撫で下ろした。
森沿いの国境だ。
デラの話では、森側は既にリブシャ王国領。ここに入ってしまえば追っ手はそれ以上追ってこられないはずだ。ハーヴィス王国では森には魔物が棲んでいるという噂話がある為に、国民どころか兵すらも森には近寄らないと聞いている。森側の国境は警備が無いに等しい。
峡谷よりもずっと城からほど近い国境へと向かって、サラは手綱を握り直す。
そしてあと少しで森へ入ろうとする、その瞬間だった。
急に現れた人の姿に、サラはどきりとした。
何故こんな所に人が。
そう思った次の瞬間には馬が激しく嘶き、サラは体勢を崩す。
それから身体が宙へふわりと浮かぶような感覚、美しい満月。
…なぜ今の私に満月が見えているのだろうか。
突然現れた人影に驚いた馬に振り落とされたサラは、ぼんやりとそんなことを考えていた。




