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風が止まり、薄雲が取り払われた満月が煌々とサラの姿を照らす。
息が止まるような美しさとはこのことだろうか、という考えが過ったデラは慌てて思い直した。
悪夢だ。
いや…こんなにはっきりとした夢があるはずもない。夢であったらどんなにいいか。むしろ夢であってほしい。
サラさんは最初から、そのつもりだったのだ。
勝算があるのならいいが、もし、そうでなければ…。
「デラ、早くして。セレナを無事にリブシャ王国まで連れて帰って!」
サラの言葉にデラははっとする。
そうだった。今は一刻を争う事態だ。
サラさんを残して去る事に後ろ髪を引かれるような気持ちは否めないが、ここで三人とも捕まってしまっては意味がない。
第一、セレナさんが危険だ。
王子は私をただでは置かないだろうが、セレナさんを守る事も私の仕事だ。
我々の相手はステファン王子だけではない。クレイ王子の言葉をそのまま借用するのなら、ステファン王子と手を組んだ妖魔の相手もしなくてはならない。
それに、サラさんは…。
いよいよ城内が蜂の巣を突ついたような騒ぎになり、デラは仕方無くセレナの乗る愛馬に跨がった。
「出して下さい」
目の前に座ったデラの言葉に驚いたセレナは、しかしこうなることをどこかで予想していたのだろう。ぐっと歯を食いしばった。
「今は逃げる事が先決です。我々はサラさんを置いて出発します。手綱はこのままセレナさんにお任せしますから、この方向へ真っ直ぐ走って下さい」
「分かったわ。サラの事…ごめんなさい、デラ」
セレナは短くそう言うと、デラが鞍に腰を落ち着けたことを確認して馬を走らせた。
先ずはセレナさんを無事にリブシャ王国まで送り届ける目処をつけてからだ。サラさんの事は…その後じっくりと考えることにしよう。
脇目も振らずに疾走する馬に摑まりながら、デラはセレナを先発隊に引き渡した後の最善の手配について考えを巡らせ始めた。
走り去っていくセレナ達の後ろ姿を見送ると、サラは城壁を見上げた。
見張り台の人影が、月に照らされているサラを発見したようだ。
セレナ達を見咎めていなければいいのだけれど、と思いながらサラはゆっくりと馬を歩かせる。
この髪の色がもっと目立てばいい。エリーの髪の輝きには劣るけれど、月光の下ならば私の髪の方が一層目立つかもしれない。
こんな夜中に女性が一人でいるだけでも、怪しまれるには充分だ。
やがて城の内側から門が開け放たれ、それと同時に城内の混乱の様子もサラの耳に届いた。
門番らしき兵士達が甲冑を鳴らしてこちらへ走ってくる姿が見える。
ここからが勝負だ。
ぎりぎりまで引きつけてなるべく私の特徴を彼等に印象づけ、そして国王にこう報告させなくては。
逃げたのは金髪で、青いドレス姿の女性。
そしてその女性は馬に乗って深い森の中へたった一人で迷い込んでしまったと。
顔を見られる距離まで近付かれないよう、サラは馬を軽く走らせる。慣れないドレス姿と鞍のない馬に乗る危うさの中、サラは手綱をしっかりと握った。
森に入りさえすれば、何とかなる。
「ソニヤ」
サラは小さく呟いた。
「私に、力を…」
…そろそろだ。
時折雲から覗く満月を見上げていたケイトは、ふと風が止まった時にそう思った。
眩しすぎる明かりは潜入する側からはあまり有り難くない存在だ。しかし、真っ暗なままでも困る。こうして時々明るいくらいがちょうどいいだろう。
クレイ達が出発した後、ケイトはマイリや残った騎士達と一緒にお茶を飲んでから部屋に帰った。
あれから辺りはしんとして人が動き回る気配はなく、当直以外の騎士達は皆眠りに就いたようだ。
ケイトは横になってからもどうしても眠ることが出来ず、隣で寝ているマイリの規則正しい寝息を聞きながら窓の外を眺めていた。
賽は投げられてしまった。あとは運命の流れに任せるしかない。
しかし、もう迷っていないかと言えば嘘になる。
今だってこんなに不安で心細くて、マイリがいなければきっと一人で泣いて過ごしていただろう。
…あの判断は正しかったのだろうか。
いくらサラが森の女王の娘だったとしても、村で一緒に育った姉として私はサラを引き止めるべきだったのではないだろうか。
私はサラが精霊としてどれだけの力を持っているのか知らない。恐らくサラ自身もそうだろう。
それに私はそもそも、精霊の力がどれほどのものなのかも知らない。
精霊の力を間近に目にしたのは、サラがエリーの騎士として精霊に立ち向かったあの時だけだ。
あの精霊はサラが森の女王の娘だと知っていたのだから、あの時の力は手加減されたものだった可能性が高い。
一方、集結した妖魔達の力はどうなのだろう。
エリーは知らないうちに攫われていた。クレイはそれが妖魔の為す業である可能性が高いと考えている。
そんな芸当は精霊ぐらいしか出来ないと思っていたけど、妖魔も同じくらい…またはそれ以上の力があるのだとしたら。
私は森の女王の力を過信しているのではないだろうか。
サラ一人に過重な荷を負わせてしまったのでは?
そう考え始めると目が冴えて、とても眠れそうにない。
サラも自信が無ければあんなことを言ってきたりしないだろう。だけど。
サラを信頼していない訳ではないのに、どうしても不安が勝ってしまう。
祈るしか出来ない自分の無力さを今さら呪ったところでどうにもならない。
私にはまだ祈ることが出来るのだから、ここで祈ろう。
ケイトは起き上がると、窓際まで行って月を見上げ、そして跪いた。
サラ。みんな…どうか無事で。
煌々と輝く月が、ケイトのその姿を照らしていた。




