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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第七章 ひとつの選択
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3

 急に吹いた風が頭に被っていた布を飛ばそうとした時、サラはひやりとした。

 布を押さえようと片手を離した瞬間に、馬から滑り落ちそうになったのだ。

 慌てて体勢を立て直して事無きを得たが、エリーと交替する時は充分に注意しなければ。足元まで覆い隠すマントくらいで手間取っているようでは、隊の足手纏いと判断されかねない。

 ただでさえ無理を言ってエリーの迎えの隊に入れてもらったのだ。隊から外されてしまっては、苦労してケイトを説得した意味がない。

「危なかったわね。大丈夫だった?」

 サラの心を見透かしたかのようにジェスが背後で呟いた。

「ええ。今の…皆に気付かれたかしら」

「多分大丈夫。馬はもう動き始めていたし、あなたの姿は殆ど私の陰に隠れているはずだわ。それにあなたは姿勢が良いから、知らない人が見たら乗馬に慣れているように見えるわよ。さすがね」

「今だって落ちそうになったばかりなのに」

「あら。本当に感心しているのよ。あんな短期間で、大人しい馬を歩かせる程度なら一人で乗れるようになったんだもの。すごい進歩だわ」

 軽い自己嫌悪に陥っているサラに自信を持たせるように、ジェスは温かく励ました。その心遣いをサラは嬉しく思う。

「本当は一人で走らせるくらいまで上達したかったんだけど」

「無茶言わないの。今でもまだ怖い癖に」

 軽口を言ってみるとジェスに即座に切り返された。馬から落ちないよう、迂闊に振り向くことが出来ないが、きっとジェスは笑いを噛み殺しているだろうとサラは思う。ジェスの声音からそれが分かる。

「でも、あなたが一人で乗れるようになったと知ったら、エリーもセレナもきっと驚くわよ」

「残念だけどエリーに披露している暇はないわ」

「そうね。でも…」

 ジェスが急に黙ってしまったので、何かがあったのだろうとサラは前方を目を凝らして見た。一番先頭にいるデラが手を挙げている。

「合図よ。行きましょう」

「ええ」

 サラが答えると、ジェスは護衛の騎士達を抜いてデラまで追いついた。二人の到着を確認すると、デラは軽く頷く。

「ここからは何があっても私の命令に従って下さい。すべて事前の打ち合わせ通りに進めます。まず、この場所からはお二人の馬と私の馬の二頭だけでエルマ王女とセレナさんを迎えに行きます。ジェスさんはサラさんに替わってエルマ王女を乗せたらすぐに王子の隊と合流して下さい。サラさんは私の馬にセレナさんと一緒に乗って頂いて、ここで待機している私の隊に合流します。私は後から、城の近くに準備させている馬で隊に追い付きますから、とにかく馬に乗ったらすぐに走らせて下さい。いいですか?」

「ええ。分かったわ」

 そう答えたジェスと黙って頷くサラに「では」と短く告げ、デラは馬を駆けさせる。

「行くわよ、サラ。しっかり摑まって」

「ええ」

 ジェスは手綱を握り直すと、デラに次いで馬を駆けさせた。


 夜の闇の中から静かに近寄って来る馬と人影が見慣れた姿であることを確認すると、城壁の陰で息を潜めていたセレナはほっと警戒を解いた。

 固唾を飲んで暗闇を見つめていたエリーも、馬から降りた一人がサラであることに気付くと、ふっ、と身体の緊張を緩める。

「…サラ!」

 近付いてくるサラに思わず駆け寄り、しっかりとサラと抱き合ったエリーは溢れる涙をその頬に伝わせた。

「無事で良かった。エリー…心配したのよ」

 時間があまりないと分かっていても、二人は抱き合ってお互いの存在を確認せずにはいられなかった。デラもそれは理解していて、特に二人をかす様子を見せない。

「サラ…私…」

「詳しい話はあとで。今すぐジェスに乗せて貰って、一刻も早くクレイと合流して。いい?」

 短い抱擁を解いてエリーの頬の涙を拭うと、サラはエリーに有無を言わせずジェスが乗る馬へと導く。

「ジェス、エリーをお願い。エリー、リブシャ王国で会いましょう。私とセレナは別の道からリブシャ王国へ帰るわ」

 ジェスとサラに手伝ってもらって鞍の上に乗ったエリーは、馬上から不安そうな表情で三人を見下ろした。

「みんなも、どうか無事で」

「ええ」

 ゆっくりと馬を歩かせる間に何度も振り返ろうとするエリーをなだめ、ジェスはとうとう馬を走らせた。

 暗闇に溶けていった二人の姿を見送ったデラは、振り返ってサラとセレナの姿を確認する。

「さあ、セレナさんとサラさんは早く私の馬へ」

 既にデラの馬に乗っていたセレナが、サラに右手を差し出した。

「サラ、早く乗って」

 ちらりと目の前に差し出されたセレナの手を見たサラは、今度はデラに視線を移す。

「デラの馬は?」

「あちらの木陰に繋いであります。お二人は早く出発して下さい。サラさん、道は分かりますね? セレナさんを無事、私の隊まで案内して下さい」

 しかしサラは何故か微動だにしなかった。不思議に思った二人がサラを見つめると、サラは気まずそうに口を開いた。

「…ごめんなさい、デラ。道は…暗かったからあまりよく覚えていないの」

「サラ?」

「サラさん?」

 セレナとデラがそう言ったのと、サラが後退あとずさりをするようにセレナが乗る馬から離れていったのはほぼ同時だった。

「だからデラ、セレナをお願い。時間を稼ぐ為に、私が囮になるわ」

「サラさん、何を…」

「早く逃げて。もう時間がない」

 サラにそう言われて初めて、デラは城内が騒がしくなっていることに気付いた。

 夕食に混ぜていた眠り薬の効果が切れてしまったらしい。

 あらかじめ眠り薬の効果を消すお茶を飲んでいたエルマ王女とセレナさん以外は、脱出を手伝う要員しか城内で行動出来ないようにしていたのだが…もうそんなに時間が経ってしまったのか。

「早く行って、デラ。私は何が起きても大丈夫だから。エリーとクレイにもそう伝えて」

「何を言っているんですか、サラさん。そんな事、無理に決まって…」

 木陰に向かって走るサラの背中に向かって叫んだデラは、繋がれていた馬の背にひらりとサラが飛び乗る姿を見て驚愕した。

 一体いつ、そんな練習をしていたのだろう。しかも鞍がない馬に一人で乗れるようになっていたなんて。

 いや、今はそんなことよりも…。

 馬上でマントを脱いだサラの姿を改めて見て、デラは今度は舌打ちする。

 その頭上には青い宝石が嵌め込まれたティアラ。

 王族しか身に纏うことが許されていない青色の、エリーの舞踏会用のドレスを着たサラが月の光を受けて輝く金髪を夜風になびかせていた。


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