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エリーのドレスを地味な印象のものばかりにしている理由は、勿論それがエリーの好みだからではない。
夜闇に乗じて逃げる際に、アリシア王女が選ぶような派手な色や装飾の多いドレスではどうしても目立ってしまう。また、セレナが侍女のお仕着せの仕事着で夜中にうろうろしていても、衛兵や門番にすぐに見つかってしまうだろう。
逃げ出す時はセレナもエリーと同様、目立たない服装でいる必要があった。
ドレスに色々工夫しているのも、着飾る為ではなく逃げ出す為の準備。動き易さ重視で長い丈のものを短くし、刺繍をすることで切れ目を入れた部分を誤魔化す。飾り紐はいざという時の手助けになりそうな、丈夫なものを選んである。
王族用の衣装であるせいで、セレナが望むようなドレスはなかなか見つからなかった。エリーが言っていた綿の花のドレスのように、見た目は確かに地味だったが鋏を入れるとなると躊躇ってしまうような高級な布地で作られているものが殆どだったからだ。
それでも何とか罪悪感を持たないで済むようなドレスを見つけて、セレナはせっせとエリーと自分用にドレスを作り変える。
時々アリシア王女がドレスを持参してエリーの部屋を訪れると、こちらは着付け方を変えるだけにして、セレナはアリシア王女のドレスの印象を変える手伝いをした。
アリシア王女の侍女達はその光景を好意的に見守り、そればかりかセレナに助言を求める。
ああでもない、こうでもないと話し合う侍女達やエリーと一緒に過ごす時間を経て、アリシア王女の青白かった顔色は血色良い薔薇色に変わっていった。
その変化をステファン王子が見逃すはずがなかった。
ある夕方、久々に妹姫の部屋に呼ばれて顔を出したステファン王子は、別人のように生き生きとした姫の姿を見て驚いた。
「アリシア。とても機嫌が良さそうだな。エルマ王女はだいぶ元気になられたのか?」
あれ以降一度もエリーを見舞っていないステファン王子は、あの王女が妹姫にこれほどまでの影響を及ぼしたことを信じ難く思っていた。
「ええ、お兄様。ですが、まだこちらの国の気候に慣れていらっしゃらないので、もう暫く安静が必要のようです。それに今日はもう、お休みになられました。侍女もこの国に来たばかりの時は体調をよく崩したと言っていました」
「侍女?」
「今、エルマ様に付けている侍女はリブシャ王国の出の者なのです。お陰で、エルマ様は随分元気になられましたわ」
「そうか…」
しかし王子は、あの姫が妹姫に好意的に振舞う理由について考え始めていた。
いきなり勾引された一国の王女が敵国の王子の妹姫に優しく接するなど、どう考えても不自然だ。
いくら王女の心根が優しかったとしても、この状況は受け入れ難い筈だ。だからこそあの時、妹姫を傷付けるなとわざわざ王女に警告したのだ。
我が国は今、王女を人質に取ってリブシャ王国に王女との婚姻を迫っている。国王からの親書を彼の国に送ってから一週間。
間もなくリブシャ王国は王女を取り戻す為に動き始めるだろう。いや、もう動き始めているに違いない。
国境の動きは常に見張らせているが、まだこれといった報告はない。峡谷という自然の地形によって分断されているかのように見える二つの国は、実は森続きだ。国境が広範囲に亘る為に警備は万全とは言い切れないが、それでも兵を整えたリブシャ王国…ひいてはワイルダー公国の者達を見逃すほど我が国の軍備も脆弱ではない。それに、彼等が到着するまでまだ数日の余裕はある。
それとも。
もしかしたら既に何かの接触があったのだろうか。
王女は助けが来ることを確信したからこそ、そのような余裕のある振る舞いをしているのかも知れない。
城には常に他国の間諜が潜んでいる。当然リブシャ王国の間諜もこの城にいるだろう。
間諜はどの国の王城でも見られる存在で、消し去ることが難しく、ある意味致し方ない。見つけ出して厳しく処分することも可能だが、それを敢えてしないのは、ある程度までは自由にさせておいた方がお互いに便利だからだ。彼等の動きを封じない理由は、敵国をより御し易くするため。これは駆け引きの一部でもあり、上手く利用すればこちらが優位に立てる。それに彼等が手にすることが出来る情報は総じて大したものではなく、本当に重要な国の機密を摑ませるつもりもない。
そう思い至ったステファン王子は、アリシア王女に尋ねた。
「アリシア。エルマ王女に、明日にでも会うことは出来るか?」
本当ならば誰の許可も取る必要は無いのだが、アリシア王女をここまで元気にしてくれたエリーに対し、ステファン王子は敬意を表する必要があると感じ始めていた。
準備されていたお茶をカップに注いでいたアリシア王女は、兄の言葉に驚いて顔を上げる。
「え…ええ。お昼頃なら、いつも体調が良いと仰っていました。侍女を使いに遣って、お兄様が訪ねられるとお伝えしておきます。わたくしも…同席していいでしょうか?」
「すまないが、お前は遠慮してくれ。国同士についての話し合いだ」
「…分かりました」
政治が関わることになると知らされ、アリシア王女は大人しく引き下がった。
「話が終わったら、お前を呼びに遣ろう。その後一緒に茶を飲もう」
「本当ですか?」
大好きな兄とエルマ王女と一緒にお茶を楽しめると聞いて、アリシア王女は心から嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます、お兄様。明日はどんなドレスを着ようかしら…」
そわそわと明日の準備に気を取られている妹姫を見てステファン王子は微笑む。
ここまで妹姫があの姫を気に入っているのだ。最初はあまり乗り気でなかったこの話も、そう悪くないことのように思えてきた。
「それで…私を呼び出した理由は何だ?」
「あっ…。忘れるところでしたわ。お兄様にお願いがあったのです」
「何か欲しい物でもあるのか?」
「いいえ。物ではなく、許可を頂きたいのです。エルマ様と色々お話をして分かったことなのですけれど、エルマ様はお菓子を作られるのですって。そのお話がとても楽しそうだったので、わたくしも作ってみたいのです」
「姫が菓子作りなどと」
「お願いです、お兄様。侍女達も危なくないように手伝ってくれると申しているのです。わたくしが作ったお菓子をお出しして、エルマ様を驚かせたいのです」
最初は許可するつもりなどなかったステファン王子も、姫があまりに熱心に頼むので頷かざるを得なくなった。
思えば姫が自ら何かをしたいと思い立ち、その為に熱心に頼んで来ることなど、初めてだ。
エリーがアリシア王女に与える影響の大きさを目の当たりにして、ステファン王子の心は妙にざわめき始めていた。




