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軽めの昼食を終えたエリーは、ステファン王子の訪問を受ける前にセレナを部屋から下がらせた。
セレナが去ってから暫く経つと、王子が単身で部屋を訪れた。エリーは王子に椅子を勧め、自分もテーブルを挟んだ向かい側に座る。
「体調が快方に向かっていると妹姫から聞いた。…お陰で妹姫の機嫌も良い。あれも最近は随分元気になったようだ」
「素直で可愛らしい姫です。私をとても気遣って下さって、感謝しています」
まずは当たり障りのない社交辞令から穏やかに会話が始まったことに、エリーは安堵した。
この王子は、どことなく油断がならない。
セレナと二人でドレスを直している間、積もり積もった話をしていくうちに、エリーはセレナからステファン王子はそもそも結婚自体にあまり乗り気でないことを聞いた。
それならば、自分は何の為に誘拐されたのだろう。
リブシャ王国と友好関係を結びたいのなら、こんな方法を取る必要は無い。リブシャ王国は過去に何度もハーヴィス王国に同盟を持ち掛けている。それを突っぱねてきたのはハーヴィス王国側だ。
かと言って、ステファン王子がエリーを見初めたという可能性はもっと低い。この場合、引き合いに出すのが適当だとはどうしても思えないが…王子は明らかにアリシア王女以外の女性に興味はない様子だ。
もっと言えば、結婚対象とする女性に興味を持つつもりがあるかどうかも疑問だ。王子だから、いずれは妻を迎える義務があるだろうが。
それとも王女が生きていたという事実が、ハーヴィス王国にとって何かの不利益を生むのだろうか。
いずれにしても、セレナの言う通り、ここに長居は無用だ。
体調が優れないことを理由にして部屋に隠り、大急ぎで手直しした脱出用のドレスは既に完成した。セレナが人払いされたという名目で侍女の詰め所にいる間に誰かからの接触がない限り、決行は今夜の予定だ。
それにしても決行の日にステファン王子の来訪があるなんて。これが虫の知らせというものなのだろうか。
何の目的で様子を見に来たのか…場合によっては決行を延期しなければならないかもしれない。
「それで…ご用件は?」
エリーが尋ねると、ステファン王子は来訪の目的をあっさりと告げた。
「今日訪ねたのは他でもない…アリシアのことについて、礼を言いたいと思って」
「礼?」
意外な言葉に、エリーはつい鸚鵡返しをしてしまった。
「王女のお陰で、アリシアは元気になった。そればかりでなく、積極的に物事に取り組むようになった。以前は引っ込み思案でなかなか目新しいことに手を出そうともしなかったのだが…。とにかく王女から多大な影響を受けているようだ。聞けば、王女は料理も得意だとか」
「王都から離れた村で、普通の娘として暮らしていたのです。料理をするのは村の娘にとって珍しいことではありません」
「そうだったな…。しかし王女は、何故そのような辺境で過ごされたのだ?」
「占い師による託宣だと聞いています」
「…成程。信心深い国王だ。幼い王女と離れるのは大変な決断だったことだろう。しかしそれが英断であると確信出来なければ、王も初めからそのような決断はしないだろうが」
「…何が言いたいのですか」
「若しくは、確実に王女を守る術があったか…」
「王子。何を仰りたいのか分かりません。私の出自をお疑いなのでしょうか? 私は正真正銘、リブシャ王国の第一王女です」
「存じています」
全く動揺を見せない緑の瞳をエリーは見据えた。王子の真意は全く分からない。そもそも、どうして今日この部屋を訪れたのだろう。
「私は貴女が本物の王女であることに疑いを持ってはいない。貴女は美しく、善良な王女だ。そうでしょう? そうでなければ、妹姫がああまで貴女を慕うはずがない」
「ですから、何を…」
「いいですか、王女」
王子も瞳を逸らすことなくエリーの青い瞳を見つめる。
「我々は、そこまでリブシャ王国の富に興味は持っていない。貴女の国は確かに食糧資源が豊富だが、搾取してしまえば枯渇してしまう類いの富だ。それでは意味が無い。…分かりますか? 貴女は確かに人質だ。しかし、我々の交渉相手はリブシャ国王ではなく、森の女王なのです」
エリーは目を見開く。
「では…あなた方が手に入れようとしているのは、私の国ではなく…」
「森の女王の協力だ。貴女はその交渉の為の大切な切り札だ」
「…なんてこと…」
唖然としたエリーは二の句が継げなかった。
「卑怯者と罵られても構いません。国の為です。私には為政者としての責務がある。我が国は壊滅的な食糧難に見舞われています。ワイルダー公国のように、リブシャ王国からの食糧援助でどうにかなる程度ではないのです。幸い、我が国は鉱脈でそれなりの財を築いている。その財を使って貴女の国の貴族の協力を得、貴女はまだ森の女王に会っていないという情報を手にしました。リブシャ王国の王位を継ぐ者は、戴冠式を終えた後に森の女王に謁見するしきたりがあるそうですね。その時に私を婚約者として森の女王に紹介して頂きたいと考えています」
「その為に…私を勾引したと…」
「人間嫌いの森の女王が、私の要求に簡単に応じてくれるとは思えません。しかし貴女の口添えがあれば…私と婚姻を結ぶという前提があるのなら、女王も態度を軟化させない訳にはいかないでしょう」
ステファン王子が言っているのは王冠の契約のことだろう。その儀は既に終わっている。森の女王はサラにその役目を託したのだ。おそらく今後も、サラに女王としての役目を引き継いでいくはずだ。
つまり、王子の本当の交渉相手はサラだ。
サラがそんな事、認めるはずがない。
「少し…考えさせて下さい」
自分でも驚くほど冷静な声でエリーはそう答えていた。ステファン王子の瞳に驚きの色が浮かぶ。
「私も急な決断を迫るつもりはありません。しかし…決断は早い方が良い。貴女の迎えが到着するまでに、色好い返事が聞ける事を期待しています」
王子はそう言うと、席を立った。
「この後アリシアもここで一緒にお茶を…と思っていましたが、その顔色では今日は難しそうですね。代わりに貴女の侍女を呼びに遣りましょう」
そのまま去る王子の背中を見送りながら、エリーは改めて覚悟を決めた。
ここから逃げ出さなければ。
一刻も早く。




