13
「エリー…」
セレナが持ち出したエリーの青いドレスを手にして、サラは思わず呟いていた。
つい数日前、エリーがこのドレスを着ていた姿が鮮やかに脳裏に甦ってくる。
「ティアラもちゃんと取り戻したわ。後はエリーを返してもらうだけね」
ケイトはそう言ってティアラをサラの頭に冠らせた。
表向きは商店兼住居である建物の地下で、ケイトとサラとデラはこれからの行動について話し合っていた。
「でも…気味が悪い位、順調ね」
一抹の不安を感じているサラに、ケイトは微笑んでみせる。
「それでいいのよ。時間をかけた方がうまくいくとは限らないわ。セレナだってそう頻繁に私達と連絡が取れるとは限らないから、決行は早い方がいい。後は城内にいるワイルダー公国の人の手引きで逃げ出す機会を伺うだけよ」
「セレナは全く疑われていないの?」
「その点は大丈夫みたいです」
二人の会話を聞いていたデラが、サラを安心させるかのように言った。
「セレナさんはまだ城に入ったばかりですし、城内を彷徨いていても迷っているだけだろうとしか思われていません。それにもともと、女性に対する警戒がかなり薄い国みたいです。ケイトさん達も疑われることなく城門を開けてもらえていましたよ」
行商を装ってセレナと連絡を取りに行ったケイトとマイリも、門番に愛想良く城内に入れてもらえたとデラは証言する。
「デラもお城の中に入ったの?」
「はい。私もケイトさん達に便乗させて頂いて、城内にいる者と連絡を取りました。すぐに手筈が整います」
「エリーとセレナが城門を出たら、すぐに馬でリブシャ王国まで駆けるわ。サラ、あなたはセレナと一緒に乗ってね。エリーはジェスが乗せる事にしたから」
「分かったわ」
「私はマイリと一緒に、後からゆっくり帰ることにするわ。クレイとデラがあなた達の護衛につくから、途中は離れ離れになってしまうけど…。その方が都合がいいと思うの」
「それでケイト達は大丈夫なの?」
「騎士団の者が護衛につきますよ。来た時と同じように商人のふりをしながら、ゆっくりの移動ですので追っ手に目をつけられる可能性は低いはずです。しかし我々は一刻も早くリブシャ王国に到着しなければなりません。今のところハーヴィス王国はリブシャ王国と真っ向から対立する意思はないようですが、状況は刻一刻と変わっていきますから」
「こちらの王様の気が変わる前に、エリーをリブシャ王国に帰らせないと。だからサラ、私達のことは心配しないでエリーをしっかりと守って頂戴」
「分かったわ」
サラが頷いた丁度その時、地下に降りて来たクレイが開いていた扉をノックした。
「デラ。ジェスが呼んでる。僕の馬の事で…」
そう言ったきりクレイは立ち尽くす。
クレイの視線の先を追ったデラは、そこにティアラを冠ったサラを見て納得した。
実際はエリーのドレスを大切に抱いているだけなのだが、傍目にはサラがドレスを身体に当てているようにも見える。
そういった見方だと、エリーとそれほど体型が変わらないサラにもこのドレスが似合うであろう事は、想像に難くなかった。
先程ケイトが冠せた青い宝石が輝くティアラを頭上に戴いたサラは、まるで自身がリブシャ王国の王女のようだ。
…思う存分見惚れたい気持ちは、分からなくもないが。
デラは誰にも気付かれないように小さく溜息を吐き、椅子から立ち上がった。
「ジェスさんは食堂にいらっしゃるんですか? 王子」
「あっ…ああ。マイリと一緒に」
我に返ったクレイはデラにそう答えると、今度はサラに尋ねた。
「そのドレスを、どうやって…?」
「セレナがエリーの侍女に抜擢されたの。今日ケイトが持ち帰って来たわ」
「そうか…。順調そうで何よりだ。エリーは元気なのか?」
「ええ。でも、表向きは体調を崩していることになっているそうよ。ステファン王子の妹姫に気に入られて丁重な扱いを受けているらしいけど、監禁されていることに変わりはないわ」
その話はクレイもデラから同じ報告を受けて知っていた。クレイは軽く頷いて、もう一度デラを見る。
「デラ。ジェスとの話が終わったら、明日の事を話したいから後で僕の部屋に来てくれ。それからケイト、このあと予定が無ければ食堂で休憩でもどうだい? 騎士達が君達とお茶を飲みたいと言っている」
「お誘いありがとう、クレイ。でも、私とサラはここでもう少し話があるの」
「彼等は気長に待っているつもりだよ。なるべく寄ってやってくれ」
騎士達からの引っ切りなしの誘いにケイト達が辟易気味であることを知っているクレイは、にやりと笑って部屋を去った。その後に続くデラも見送ると、ケイトは二人きりになった部屋の中でわざと大袈裟に溜息を吐く。
「男の人が多い環境って、慣れないわね。なんだか騒々しくて」
「そうね。唯一、マイリは楽しんでいるみたいだけど」
今回の一行の中でも相変わらず最年少のマイリは、当然のように騎士達の人気を欲しいままにして上機嫌だった。
「でも、あの人達のお陰でマイリの乗馬がだいぶ上達したらしいわよ。教えてくれる人が沢山いるから練習出来る機会も多いし」
「それにマイリを連れていれば、視察のようには見えないものね。あなたはどう? 馬には慣れた?」
「ええ。一人で乗るのはまだ無理だけど、乗せてもらう事には慣れたわ」
「良かったわね」
クレイとデラの指導のお陰で、サラの馬に対する恐怖心は克服されつつあった。
「やっぱり、私一人で乗れた方がいいわよね。騎士の人に頼んで、こっそり練習しようかしら」
「それは駄目よ、サラ」
「どうして?」
マイリの乗馬の指導に当たっている騎士達からサラの指導も手伝うという申し出があることにはあるが、クレイもデラも決して首を縦に振らない。そのせいで自分達もサラに指導させてくれとケイトに頼みに来る騎士達は後を絶たなかった。
しかし当然、ケイトもその要求を呑むつもりはない。
「どうしても練習したいのなら、私かジェスが教えるわ。あなたも成人したんだから、少しは警戒しないと」
「警戒? 何の話?」
きょとんとしているサラにケイトは思わず苦笑いする。
「少しは自覚しなさい、サラ。あなたは自分が成人した娘であるということをすっかり忘れているわ。いくらクレイの部下でも、あなたから直接頼まれたら勘違いしてしまうわよ」
「勘違いって?」
「…その話は、エリーを無事救出してから、改めてしましょう。とにかく今は、騎士の方達の仕事を無闇に増やさないこと。分かった?」
「分かったわ」
素直に頷くサラを見て、これではまるでマイリに諭しているみたいだ、とケイトはこっそり溜息を吐いた。




