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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第六章 忠誠
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9

 新しく入った侍女の噂は、瞬く間に城中に広まった。

 たった数年の行儀見習いのつもりで入ってくる侍女など、本来の使用人達にとっては足手まとい以外の何者でもない。我が儘で仕事が遅く、まともにお茶を淹れることなど出来ない場合が殆どだった。

 しかし今回見習いに入った娘はとにかく器量が良く、仕事の手際も良い。高貴な身分の貴族からの推薦とは考えられない程…つまり、良い意味で予想を裏切る働き者だと評判になっている。

 誰もがその侍女を一目見ようと城中をうろうろしたが、生憎、その侍女が出入りする場所は限られていたので、なかなか叶わなかった。

 結婚前の乙女を預っていることからも、城側もそれなりの配慮を要求される。

 推薦する人物の身分によって、侍女の仕事は細かく分けられていた。新入りの例に習って、まずは粗相の目立たないよう、人目につかない地味な仕事から始めていることも理由の一つだった。

 簡単に会えないとなると人々の想像は膨らみ、噂だけが一人歩きを始める。

 ここまで優秀な娘が侍女を志願するのは、他でもない、ステファン王子の目に留まる為であろうと言う者まで出始めていた。

「でも、いくら優秀な侍女でも、貴族の姫には敵わないのではないかしら」

「アリシア様のお客様のこと?」

 新入りの侍女の噂をしていた古参の侍女達は、自分達が世話をしている姫のドレスを選びながらお喋りをしていた。

「ええ。長旅で疲れを出されて、到着早々、寝込んでしまわれたけど…。その間ずっとアリシア様が付き添われていたでしょう。国王のたっての希望で招かれた方だという話だから、ステファン様のお妃候補だと思うのよ。回復されたらすぐにステファン様がお見舞いに行かれていたし」

「本当に美しい方だものね。あの方だったら、もしかしたら…」

 しかし二人はその可能性があまり高くないことを知っていた。

 ステファン王子が恋をするなんて、考えられない。そもそも、あの王子は恋をしたことがおありなのだろうか、と侍女達は訝っていた。

 この世で一番妹姫を溺愛しているステファン王子を射止めることが出来た女性は、今のところ一人もいない。

 王子の妹姫に対する愛情は盤石で、使用人はそれが揺らぐことすらないことを確信していた。

 最近、妹姫であるアリシア王女のご友人・ ・について多少気にかけられることはあるようだが、それはアリシア王女の客人だからであろう、という考えの者が殆どだ。

「でも、あの方は何処の国のお姫様なの?」

 ハーヴィス王国の住人は、自国の城にエリーが囚われていることを知らなかった。

「リブシャ王国の貴族の姫みたいだけど…。もしかしたらステファン様はアリシア様をあの国でご静養させようと考えられているのかも」

「羨ましい! 一度でいいからあの国に行ってみたいわ」

「だったら、あの姫にも気に入られるように頑張らないと」

「頑張る必要なんかないわよ。全く手のかからない素直で優しい方だから、こちらから喜んでお世話したいわ。義姉様達よりずっとアリシア様に対してお優しいし、アリシア様もあんなに慕われて…。ああいう方がお妃様になって下されば、どんなにいいかしら」

「…そういえば新しく来た侍女も、リブシャ王国に縁があるみたいよ。美人が多いという話は本当なのね」

「あなたたち」

 突然背後から声をかけられて侍女達は身を竦めた。

 振り向くとアリシア王女が厳しい表情で侍女達を見ている。

「申し訳ございません、アリシア姫。今すぐにお客様のお召し替えに伺います」

「そんなことより…今のお話は本当ですか?」

「え?」

 侍女達はお互いの顔を見合わせる。

 どのあたりから話を聞かれていたのだろうか。尋ねられているのはお妃候補の話についてなのか、静養の話なのか…。

 いつまでも返事をしない侍女達にアリシア王女は焦れて尋ねた。

「新しい侍女がリブシャ王国から来た者だというのは本当なのかと聞いているのです」


 セレナは自分に与えられた仕事を次々と片付け、やっと休憩の時間を取ることを許された。

 城に入って二日目。仕事の内容は普段の家事と大して変わらないが、やはり新しい環境に馴染む為に神経を使う。

 幸い指導してくれる婦人は気配りの良いさっぱりとした性格の人物で、どこかケイトに似ているところが慣れない環境にいるセレナの気持ちを安定させていた。

 一人でお茶を淹れてほっと寛ぐセレナの側に来た料理人が、セレナの目の前に菓子を置く。

 侍女達が集まる休憩所は別の使用人達とは分けられていたが、料理人達は何処の休憩所でも自由に出入り出来るようだった。

「少し多めに作ったんだ。食べな。ここの仕事には慣れたかい?」

 白髪混じりの恰幅の良い料理人は菓子職人のようだった。どこかリブシャ王国の料理長に似た雰囲気がある。菓子もとても美味しそうだ。

「ええ。ありがとうございます。お陰様で何とかなりそうです。皆さんにこうして親切にして頂けるので助かります」

 セレナの対応に気を良くした料理人は、隣の席に座ってにっこり笑った。

「あんた、本当に美人さんだな。でも、王子を射止めようと思ったら、まずアリシア姫を射止めることだ。アリシア姫の希望ならば、王子も結婚に対してやっと重い腰を上げられるだろう。だから今のお客人は、王妃の座を狙ってアリシア姫にべったり張り付いているんだ」

 実際はエリーにアリシア王女がべったり張り付いていたのだが、王族の客人に対して全く情報を与えられていない使用人達は、詮索する代わりに好き勝手な想像を口にしていた。

「お客人?」

 どうして王子の名前が出て来るのか良く分からなかったセレナはその話を聞き流そうとしたが、その単語に引っ掛かった。

「ああ。こちらのお客人もとびきりの美姫びきらしくてね。でも、あんたも着飾れば相当綺麗だろうから、望みがないことはない。だから、アリシア姫に気に入られるように頑張れば王妃の座も夢ではないな」

「王妃の座って…」

「さっきそこで聞いたんだ。あんた、アリシア姫のお客人の世話係になるらしい」

「えっ…」

「アリシア姫のお客人はリブシャ王国の貴族の姫らしくてな。お客人の世話をしている侍女がそう話していたんだ。体調を崩されて弱気になっていらっしゃるようだから、同郷のあんたが相手をすればいくらかお心が軽くなるだろうとアリシア姫が気を遣われたようだ。いい機会だぞ。ステファン王子はアリシア姫の希望を退けることは殆ど無いからな」


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