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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第六章 忠誠
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10

 こんなに早くエリーに会うことが出来るなんて。

 セレナはアリシア姫付きの侍女達から仕事の内容を引き継いでもらいながら、逸る気持ちを何とか抑えた。

 特に衣装部屋でエリーの青いドレスとティアラを見つけた後は、気持ちが浮ついていることを彼女達に察知されないように振舞うことで精一杯だった。

 細かく指示された内容は、セレナにとって何一つとして目新しいものではない。いつもの生活の延長のようなものだ。

 侍女達もセレナの特別な働きを期待している様子はなく、主にお客人の話し相手になってお心を軽くして差し上げて欲しいとセレナに伝えた。

 ただ、相手がアリシア姫の大切な客人であることと、その方は身分の高い貴族の姫で心優しい方だから、くれぐれも失礼のないようにということは何度も何度も言い含められた。

 エリーと面識の無いはずの姫の名前と、エリーがリブシャ王国の王女であるということが伏せられていることにセレナは驚いたが、ケイトならこの状況を逆手に取ろうとするかもしれないという淡い期待と共にエリーの部屋の前に立つ。

 扉の前は衛兵が二人いて、侍女達はセレナを彼等に紹介した。

「お客様の侍女が決まりました。新しく入った者ですから、他の交代の方達にもお伝え下さい」

「宜しくお願いします」

 セレナはお辞儀をする。衛兵達は特に何か言う訳でもなく、黙って頷いて三人を部屋に通した。

 部屋に一歩足を踏み入れたセレナは、緊張も手伝って躓きそうになる。

 靴先が完全に埋まってしまうほどの絨毯は、果たして使用人の立場である自分が踏んでも良い場所なのだろうかと疑ってしまうほど手入れが行き届いていた。

「気を付けなさい。そこは、使用人はあまり好んで歩かない場所です。こちらの方が歩き易いですよ」

 自分がお客様気分で歩いていたことに気付いたセレナは、慌てて他の二人の後を付いて歩く。堂々と真ん中を歩こうとするなんて使用人らしくない行動だったと慌てて反省し、いくらか歩き易い壁際を楚々と歩いた。

 部屋の中はかなり広く、奥には更に何部屋かあるようだった。

「あの…私のご主人のお部屋はここなのですか?」

 入ればすぐにエリーに会えると思っていたセレナは、不思議に思って侍女の一人に尋ねる。

「お客様は今、奥の寝室でお休みになっています。体調は良くなられたようなんですが、少し塞ぎ気味で…。お茶の準備が終わるまではそっとしておいて差し上げましょう。先に茶器の場所を教えますから覚えて下さい」

 セレナは言われた通りに棚からお茶の道具を出し、扱い方の説明を受ける。外国であっても作法はリブシャ王国と全く変わらなかった。

 セレナは安心して、今度はリブシャ王国にはない珍しい道具や新しく知ったお茶の種類について積極的に質問する。

 そのうち侍女達は何かを思い出したらしく、白い容器を棚から出した。

「ああ、それから必ずこれをお出しして下さい」

 小さな壷を見て、セレナは首を傾げる。

「これは?」

「木苺のジャムです」

 そう答えた侍女は小さな溜息を吐いた。

「アリシア様が折角、貴重なジャムをご用意なさってご機嫌を伺っているのに、お客様はお茶に入れようともなさらないんです。アリシア様はそれはそれは残念そうなご様子で、見ていてお気の毒でしたわ」

「お茶に…ジャムを入れるのですか?」

「姫君達は嬉々として入れていらっしゃいます。それが貴族社会の嗜みだと伺っておりますが」

「初めて聞きました…」

 セレナのその言葉に、今度は侍女達が驚く。

 セレナにとっても侍女達の話は驚きだった。お茶にジャムを混ぜようなんて、誰が考えついたのだろう。砂糖代わりに使っても良いかもしれないが、そんな飲み方は自分は勿論、エリーも好まない。

「リブシャ王国では、それが普通ではないのですか?」

「人にもよると思いますが、お茶にジャムを混ぜる習慣はありません。そのお客様は、お茶はそのまま飲むほうがお好みなのだと思います。アリシア王女にはお気の毒ですが、一度、お客様に本心を確認された方が良いかと…。きっと、お客様も困っていらっしゃるはずです」

「そうでしたか…」

 しかし侍女達の表情は明らかに安堵していた。

「では、アリシア様をお嫌いなわけではないのですね。アリシア様は生まれ順には第三王女という立場でいらっしゃるのですが、王位継承の点ではステファン王子に次ぐ、第一王女の扱いなのです。そのせいで義姉様方に疎まれて、普段から寂しい思いをなさっているのです。ですから、アリシア様はお客様に嫌われるのをとても恐れられていらっしゃるんです」

 その話を聞いて、セレナは少し考える。

「…お客様にジャムを食べて頂きたいのでしたら、パンや甘くないお菓子と一緒に出されてみてはどうでしょう。今日、休憩所で頂いたお菓子にも合うと思いますよ」

 そう伝えると、侍女達の表情が急に明るくなった。

「アリシア様にそうお話ししてみます。やはり同郷の方の気持ちがよくお分かりね」

 話しながらの作業であったにも関わらず、話し終わった時にはお茶の用意は完璧に出来上がっていた。セレナは一度で合格点を貰い、その場でそのまま待つようにと命じられた。

 やがて、奥の部屋に入っていた侍女二人が諦め顔で戻って来る。

「…今日はどうしても、ご気分が優れないとのことです。アリシア様とのお茶会もお断りになられました。こちらの部屋でご紹介しようと思っていましたが、寝室を出たくないと仰るので、寝室まで来て頂けませんか?」

「はい」

 セレナは言われるまま、侍女達の後に従った。


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