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ケイトの話では、サラは幼い頃から馬を怖がっていたという。その影響でエリーも乗馬が出来ないままになっているらしい。
馬の神経質さが問題ならば、馬がサラに慣れてしまえば問題ない筈だ。特に精霊と馬の相性が悪い訳ではないだろう。
馬が神経質になるのは人の恐怖心を敏感に察知するからだ。こちらが極度に恐れさえしなければ、馬の神経を逆撫ですることは殆ど無い。
それに騎士団や城が所有している馬は訓練され、人に慣らされている。後はサラの恐怖心を克服すれば良いだけだ。
クレイはそう考え、サラを部屋から連れ出すことにした。
久し振りに見るサラは少し窶れて、ますます儚い印象を受ける。保護本能を大いに刺激されたクレイは、それでもぐっと堪えていつもと変わらぬ態度でサラに接した。
「ケイトから君に乗馬を教えてくれと頼まれた。ハーヴィス王国まで馬車を使わずに移動することになったんだ。一人で乗れるようになるのは無理でも、乗馬に慣れておいた方がいいだろう。ケイト達のうちの誰かが君を乗せてくれると思うけど、もし、一人で乗れそうだったらそうしてもいい。時間の都合を見て、僕かデラが君に乗馬を教えるよ」
「…ありがとう、クレイ」
クレイは力無く微笑むサラを馬場まで連れて行き、一番気性の優しい馬をサラに引き合わせた。
「人に慣れた馬だから、噛み付いたりしないよ。優しく触ってみて」
クレイに言われた通りにサラはこわごわと馬に触れ、首筋を撫でて馬の反応を見る。馬はサラに撫でられるまま、大人しくしていた。
「怖い?」
クレイが尋ねると、サラは首を横に振る。
「いいえ…。前にもジェスに言われて、撫でた事があるの」
「だったら大丈夫そうだな。とりあえず乗ることに慣れてみよう。どの馬に乗りたい?」
「この馬がいいわ」
撫でていた灰褐色の毛色の馬を見つめながらサラは呟く。
クレイが目で合図をすると、控えていた一人の騎士が馬に鞍を取り付けた。先にクレイが馬上に跨がり、サラを馬の背に引き上げる。
ぽすん、とクレイの腕の中にサラが納まった瞬間、クレイは改めてサラの華奢さに驚いた。
この細い身体でデラの練習用の剣を持って戦ったのか、とクレイは信じられない気持ちになる。
「やっぱり、ずいぶん高いのね」
目線の高さに驚くサラの言葉でクレイは我に返った。
「あっ、ああ…。最初はゆっくり歩かせるから、君も手綱を握って」
言われた通りに手綱を握るサラを確認して、クレイは馬に辺りをゆっくりと歩かせた。サラは特に怖がる様子を見せない。それどころか、どこか楽しそうにも見える。
クレイ自身も気分転換の為に馬を走らせることがよくあった。今まで沈んでいたサラにとって、乗馬は良い気分転換になるだろう。
そう考えたクレイはサラに提案する。
「少し、速く走らせてみよう」
「速いって、どのくらい?」
「君を落としたりしないから大丈夫。怖いなら僕の服に摑まってくれても構わない。ただ、君はまだ乗馬に慣れていないから、舌を噛まないように気を付けて」
「それって…」
「今からお喋りは無しだ」
「きゃっ…」
クレイが手綱を強く引いて馬の横腹を軽く蹴ると、その合図で馬が急に走り始め、サラは慌ててクレイにしがみついた。
クレイにとってはそれほどの速さではないが、初めて馬に乗ったサラにとって、それは恐怖を感じるのに充分な速さだった。サラはぎゅっと目を閉じて馬の蹄の音を聞く。
随分と長い間走っているような気がするが、目をしっかり閉じてしまったサラには、その感覚が正しいのかどうかも分からない。
「サラ」
暫くするとクレイに呼ばれて、サラは恐る恐る目を開けた。いつの間にか疾走は終わり、馬は緩やかに歩いていた。
「ごめん。怖がらせてしまったようだね。でも、これを君に見せたかったんだ」
そう言ってクレイは馬を止まらせた。
サラはクレイを見上げて、それから周りの景色を見回した。
そこは森が一望出来る高台だった。その景色は、以前エリーと一緒に城から眺めた景色と同じだ。
あの時エリーはサラに街の眺めの美しさを見せようとしたが、サラの印象に残ったのはこちらの森の景色の方だった。
その場所を今度はクレイから見せてもらっている。
「城から少し離れた所に、こんな場所があるなんて知らなかっただろう?」
森の景色に心を奪われているサラに、少し自慢げにクレイは言った。
「これが、エリーと君が治める森だ。…本当に美しいな。この森と、この国を…僕達で守ろう」
「クレイ…」
サラは振り返り、クレイを見つめる。榛色の瞳にじっと見つめられて、クレイは俄に赤面した。
「クレイ?」
「…そろそろ帰ろう。騎士達が痺れを切らせて騒ぎ出すかもしれない。君の為に他の馬も用意してくれているんだ。この馬は一番大人しい馬だから、他の馬にも慣れておいた方がいい。出発まであまり時間がないから、それまではなるべく多くの馬に接してみてくれ」
「ええ、そうね」
狩猟小屋から城に移ってずっと城の部屋に籠もって鬱々としていたせいで、一番大切なことを忘れるところだったとサラは自分を戒める。
この美しい森は、エリーの森でもある。
何としても守らなければ。
「クレイ」
「うん?」
サラを見つめ返す鳶色の瞳に、サラはにっこりと微笑んだ。
「ありがとう。この景色を私に見せてくれて…」
もう一度私に見せてくれて。
心の中でサラはそう呟いた。




