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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第六章 忠誠
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1

 …頭がぼんやりする。

 ここはどこだろう? 

 思い出そうとしても何も思い浮かばないことにエリーは戸惑う。

 戴冠式の途中…どこかの国の大臣と踊っている最中で、記憶が止まってしまっている。

 一番最初はクレイと踊って…その次に踊った大臣は慣れない靴で足が痛むと言われ、途中で踊ることを止めた。

 そうしたらお父様とお母様がダンスを披露なさって…次の来賓と…。

 いえ、その前にハーヴィス王国の王子がダンスを申し込みに来た。

 あの、緑の瞳。

 この女の子の瞳の色も同じ色。そういえば髪の色まで似ている。

「…気が付かれましたか?」

 ぼんやりとしていた少女の姿が声とともに急に現実味を帯びて、エリーの意識は急速に浮上する。

 いきなり飛び起きたエリーに驚いて、少女は後ずさった。

「あなたは…」

 年はマイリより上だろう。マイリよりもデラに近いような気がする。

 雪のような白い肌に淡い金色の髪。宝石のような緑の瞳はエリーを見つめてきらきらと光っている。そしてその頬はうっすらと薔薇色に染まっていた。

「あ…申し遅れました。わたくしはステファンお兄様の妹で、アリシアと申します。わたくしったら、つい見惚れてしまって…。でも、こんなにお美しいお姫様にお会いするのは初めてで」

 ステファン王子の妹ならば、この女の子はハーヴィス王国の王女。

 それならば、ステファン王子と同じ髪と瞳の色であることは頷ける。

「初めまして、エルマ王女」

 名前を呼ばれてエリーは我に返った。

「私の名をご存知なのですか」

「勿論です。ずっと貴女あなたにお会いしたいと思っていました。まさか、お兄様が本当に貴女あなたを連れて来て下さるなんて…。噂通り…いえ、それ以上に美しい方だわ。なんて綺麗な青い瞳なんでしょう。眠っているお顔もお美しかったけど、その瞳で見つめられてしまっては…。お兄様がエルマ様に夢中になるのも頷けますわ。あ…エルマ様とお呼びしても宜しいでしょうか?」

 一息に喋って興奮したのか、アリシアと名乗ったハーヴィス王国の小さな女王は頬を紅潮させてエリーを見つめた。

「私のことはエリーと」

「そんな。そのような馴れ馴れしい呼び方をしてしまったら、わたくし、お兄様に叱られてしまいます。エルマ様、と呼ばせて下さい」

「それは構わないけど…。あの…ここは何処なのかしら? 私、よく憶えていなくて…」

「ここはハーヴィス王国のお城の中です」

「え?」

 思いがけない答にエリーは思わず訊き返した。

 今エリーがいる部屋は、趣味の良い調度に囲まれた豪華な部屋だった。エリーが与えられていたリブシャ王城の私室よりもさらに広い。それどころか、リブシャ国王夫妻の部屋にも劣らない。

 長の姉妹達と一緒に寝られるほどの広さの寝台の中にいるエリーは、側に置かれた猫足の小さな椅子に座ってもじもじと話す小さな王女を見つめた。

「わたくしも、あまり詳しい事はお教え出来ないのですが…。かなり不躾な方法でここへお招きすることになったと聞いています。でも、ご心配なさらないで。お兄様は良い方です。エルマ様に乱暴に振る舞うようなことは決してありません。わたくしがお約束致します」

 そんなことよりも。

 態度には出さなかったが、エリーは目の前の姫が期待しているような内容のお喋りを楽しむ気分にはなれなかった。

 エリーはそっと気付かれないように溜息を吐くと、相変わらず憧れの眼差しでエリーを見つめている少女に尋ねる。

「アリシア王女。戴冠式からどのくらい日が経っているのか、教えて頂けませんか?」

「エルマ様はお兄様がここへお連れしてから、まる二日この部屋で眠っていらっしゃいました。わたくしは、エルマ様の戴冠式がいつの日であったのかを知りません。リブシャ王国からハーヴィス王国までは何日かかるのかしら…?」

 その言葉を聞いて、エリーは事態の重さを思い知った。

 リブシャ王国からハーヴィス王国までは、早馬で二日半。「不躾な方法」という表現は、自分が荷馬車に積まれたという意味ではないだろうか。馬車ならもっと日数がかかる。

 だとすれば、城から姿を消してから少なくとも五日は経とうとしている。

「大変だわ…。私は無事だと、早く皆に知らせないと」

「その必要はありません、エルマ様」

 そう即答されてエリーは驚いた。

「どうして?」

「エルマ様が無事であることは、国王おとうさまが既にリブシャ国王へ知らせています。エルマ様がこれからステファンお兄様の花嫁として、この城に留まって頂くようになったことも」

 まるでそれが当然の成り行きであるかのようなアリシア王女の口ぶりに、エリーは絶句した。

「それより、お腹は空いていませんか? お食事の前に、まずお茶にしましょう。お兄様のお土産で良い物があるのです。…その前に、着替えが必要ですね」

 そう言われてエリーは改めて自分の格好を見る。柔らかな生地で作られた夜着はやけに大人っぽく、初めて見るものだ。

「素敵なドレスをお召しでしたから、酷い皺がつかないよう、すぐに侍女に命じてお召し替えをさせました。あの青いドレスは丁寧に手入れをして保管させてあります。今は母の衣装棚にあったものからエルマ様用に選んだものをお召し頂いています。新しい衣類が届くまでは遠慮なくそれを使って下さい。では、侍女を呼んで来ますね」

「待って。私も…」

 寝台から降りようとするエリーを、アリシア王女は視線で制する。

「お体に障るといけませんから、エルマ様はここにいらして下さい。外には警備の者がいますから、安心して待っていて下さい。侍女と一緒に、すぐ戻ります」

 軟禁されているのだ、とエリーが気付いた時には、アリシア王女は既に扉の向こうへ姿を消していた。


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