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苛々と歩き回っていたデラは、気分を落ち着ける為に立ち止まり、大きく息を吐いた。
もう一度、整理が必要だ。
あの日、料理長が広間に帰って来ないと告げられたところからだ。
あの時、デラはエルマ王女が踊っているのを確認してから広間を出た。
廊下に出て、入口の番をしていた騎士に広間を出入りした者の身分を確認して…クレイ王子に何か尋ねられたら、自分は調理場へ向かったと伝えてくれと頼んだ。
調理場に到着して料理長の無事な姿を見つけて安心したが、そこで来賓が消えたという話を聞き、デラは我が耳を疑った。
水も漏らさぬ厳戒体制を敷いているのに、警備の誰にも気付かれずに城から消えるなど、不可能だ。
後にクレイ王子から精霊の幻惑云々、と聞かされたが俄には信じられない。
消えた来賓は、やはりハーヴィス王国の一行だった。
料理長が指示を終えて広間へ帰ろうとした時に、食前酒を先に出しに行った給仕が慌てて知らせに来たらしい。
来賓の部屋がもぬけの殻だと。
最初は部屋を間違えただけではないかと、料理長も給仕と一緒に来賓の部屋まで同行して確かめた。
そこは確かにハーヴィス王国の王子に割り当てられた部屋で、部屋の前で警護をしていた騎士も、ステファン王子と従者は部屋に入られてから一歩も外へは出られていないと言う。
しかも部屋からは人間だけではなく、持ち込まれていた荷物まで綺麗に消えていた。
その様子を見て、ステファン王子の部屋の番をしていた騎士は、デラに知らせる為に持ち場を離れたらしい。折よくデラの姿を見た料理長は、デラがその騎士の知らせを受けて調理場へ尋ねて来たのだと思い込んでいた。
その騎士は料理長が見送ったのを最後に、そのまま消息を絶っている。
彼が手引きをしたと考ることも可能だが、騎士団に対する忠誠心は随一で腕も立つことから、その可能性は限りなく低い。そもそも買収に乗るような男ではないのだ。もしかすると報告に来る途中で何か手掛かりを摑んで、それを追っているのかも知れない。
ハーヴィス王国の間諜から連絡が入るまで、あと一日。こちらからの緊急連絡がハーヴィス王国へ届くまでも同じくらいの日数がかかる。
どうやってエルマ王女とステファン王子一行が姿を消したのかを追求したいところだが、今はエルマ王女がハーヴィス王国に無事到着しているかどうかの確認を最優先にしなければならない。
幸いクレイ王子とサラさんの機転のお陰で、エルマ王女は途中で気分が悪くなり舞踏会を中座し、大事をとって安静にしていることになっている。極度の緊張と過労のせいで休養が必要であると公表すると、若く美しい王女に来賓達はひどく同情してくれて、念の為に面会謝絶ということにしても文句一つ出なかった。
舞踏会の最中に王女が姿を消したということに諸外国の来賓達は気付かないまま、主役のいない舞踏会が無事に終わると、皆それぞれ帰国の途に就いた。
…我々を除いては。
デラは殆ど手が付けられていないポットから、温くなってしまった茶を注ぐ。カップの中身を一気に飲み干すと、先程からずっと沈黙を守っているクレイに声をかけた。
「王子も如何ですか? 熱い方が良いなら、新しく淹れて貰って来ます」
「もらうよ。…ああ、そのままでいい」
部屋を出ようとしたデラはクレイのその言葉に引き止められて、ポットの中身をカップに注いだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
手渡されたカップから一口飲み、クレイは眉を顰める。
「…渋いな」
「そうですね。長い間放って置いたので仕方無いです。不味くしたのは我々ですから」
「それにしたって…」
どこか不満そうなクレイにデラはつい苦笑した。
「やはり王子も気になられますか? ワイルダー公国ではあまり、そのようなことは気にされていませんでしたが…。こちらの生活に慣れてしまうと、こういう些細なことが気になりますね」
「そうだな。茶など、民の間では飲めるだけでも贅沢なのに。ここでは菓子まで付いてきて、茶が温くなったり濃くなり過ぎれば取り替えてくれる」
言いながら、クレイもデラの言わんとすることを理解した。
ワイルダー公国の民にとって茶は貴重品だ。辛うじてワイルダー公国の民は茶を自由に手に入れることが可能だが、しかしその贅沢品をどう淹れたら美味しく飲めるかなどと楽しむ域には達していない。
そんな余裕があるのは、リブシャ王国のような一部の選ばれた裕福な国の民だけなのだ。
「…エルマ王女はさぞかし不自由な思いをされていることでしょう」
溜息ごと吐き出すようにそう言ったデラに、クレイは思わず頷いてしまった。
「ハーヴィス王国は我が国よりも食糧資源が乏しい国だからな。エリーは図らずも、諸外国の現状…いや、惨状を知ることになるわけだ。リブシャ王国がいかに特別な国であるかが良く分かるだろう」
「そして森の女王の偉大さも…ですね」
「ああ。…デラ」
「はい」
「ケイト達はどうしている?」
「しばらく城に滞在することにしたそうです。長夫婦は先に村へ帰りました。ケイトさん達は今、狩猟小屋の荷物を取りに行っています」
「全員でか?」
「はい。騎士達が一緒に手伝いに行っていますから、男手なら足りていますよ。夕刻までには城に移られる筈です」
「そうか…。ケイトは何か、言っていなかったか?」
「言っていました。私達が必ず、エリーを助けると」
「頼もしいな。ケイトの智恵があれば、何とかなるような気がしてくる」
「ええ。それに、サラさんの協力なくしてエルマ王女を助けることが出来ないのならば…ケイトさんは二人の王女にとって最善の方法を考えられると思います」
「二人の王女…か」
デラの言葉を繰り返し、クレイは溜息を吐いた。




