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「え?」
「エリーが消えたわ」
顔色を失ったサラは今にも気絶してしまいそうだった。
「馬鹿な…」
そう言いながらクレイも会場中を見回す。
あの鮮やかな青いドレスを見失う筈がない。ついさっきまで、何度もエリーの近くで踊っていたというのに。
しかしサラの言う通り、エリーの姿はどこにもなかった。
ケイトも、セレナも、ジェスもエリーの不在に気付かず楽しそうに踊っている。国王夫妻も、長夫妻もまだ気付いていないようだ。
クレイは必死になって最後に見た時のエリーの状況を思い出そうとした。
あの時、エリーは誰と踊っていた?
予定されていた国賓と踊っていた筈だ。しかしクレイがいくら思い出そうとしても、その相手の顔が思い浮かばない。
クレイは慌ててデラを探した。そしてデラの姿もないことに気付く。
デラがいないことに気付いて、クレイはやっと冷静になった。
余程の事がない限り、デラが黙って持ち場を離れることはない。デラも何かの異変に気付いたか、他の緊急の用事で離れたかのどちらかだ。
…どちらなのだろう。
エリーの不在に気付いたからなのだろうか。しかし、もしそうならばデラよりもずっとエリーに近い場所にいた自分とサラが先に気付かないのはおかしい。
クレイは意を決してサラの手を取った。
「サラ。立てる?」
「ええ。…何か心当たりがあるの? クレイ」
「一度、僕達も広間を出よう。僅かな時間稼ぎにしかならないが、しばらくの間なら国王夫妻はエリーが僕達と一緒だと思ってくれる。今、ここで騒ぎを起こすのはまずい」
クレイの言葉にサラは頷いた。
これだけの警備を置いているのに国王の目の前で王女が姿を消したとなれば、リブシャ王国とワイルダー公国の諸外国に対する面目は丸潰れだ。
それが王女の戴冠を祝う席だというのなら、尚更。
エリーの無事が一番であることは勿論だが、ここで騒いでも事態は好転しない事を二人は確信していた。
「最初はバルコニーに出て、そこから引き返すフリをして廊下へ出よう。なるべく自然にしててくれ」
「分かったわ」
クレイの誘導にサラは素直に従い、二人はバルコニーに出て風に当たった。外はもう薄暗く、松明の灯りが外の警備をしている騎士達を照らす。
「…警備に乱れはない。エリーはまだ城の中にいるか、そうでなければ人知れず城の外へ出てしまったかのどちらかだ」
「どうして分かるの?」
「有事の場合、大人しく配置通りにしている騎士はいないよ。城の中で全て片付いてくれればいいんだが…」
そう言うとクレイは計画通りにサラを連れて廊下へ出た。
クレイの姿に気付いて背筋を伸ばした騎士に、クレイは問う。
「デラを見なかったか?」
「はい。少し前に出ていらっしゃいました。王子に何か尋ねられたら、調理場に行っていると伝えるようにと命じられました」
「調理場?」
てっきりハーヴィス王国の来賓の間に向かっているものだと思っていたクレイは、意外な場所だったことに驚いて尋ね返した。
「はい。確かにそう仰いました」
「そうか…。ところで、ステファン王子を見かけたか?」
「はい。だいぶ前に、自室で食事をされるとかで…。その後に料理長が出て来られましたので、夕食のご準備に行かれたのだと思います」
「他に誰を見た?」
「ステファン王子の従者以外、他には誰も。…使用人以外で、という意味ですが」
「分かった。引き続き警備を頼む。もし入れ違いにデラが来たら、探していたと伝えてくれ。僕達も調理場に向かってみる」
「はっ」
クレイは頷くと、使用人達が使う通路にサラを案内する。
「広間から誰も出ていないのなら、エリーは一体、どうやって…」
「多分、幻惑のようなものだと思う。そう考えると、僕達が踊りながら見ていたエリーは別の女性だったのかも知れない」
「幻惑?」
「気を悪くしないで聞いて欲しい、サラ。人間によるものではなく、精霊の力に近いものだと思うんだ。マイリが言っていただろう? 精霊も妖魔も、もとは同じだったと」
そう言いながら、クレイは森の中でサラを見失った時の事を思い出していた。
目の前に急に現れたイバラが、サラを受け入れた後に掻き消えたあの時。絶望のあまり心臓が止まるかと思った。
「精霊の力だとすれば…説明がつくわ。じゃあ、エリーはいつからいなくなったの?」
サラの問いにはっとして我に返ったクレイは、麗しい姿のサラが目の前にいることを心から嬉しく思う。
「ステファン王子と話していた時は、確かにエリーはいた。いなくなったのはその後からだと思う」
「私達がダンスを始める前?」
「その可能性が高い」
「では、大臣が手を貸したのかしら…?」
サラがそう思うのは無理もない。エリーはずっと自国の大臣達に囲まれていたのだから。
だがクレイには、その可能性が高いとはどうしても思えなかった。
「僕は精霊の力というものを目の当たりにした経験があまりないから、断言は出来ないが…。少なくともエリーはその相手を大臣だと信じていたのだと思う。本当に大臣だったかどうかは、きちんと確かめてみないと分からない」
「あれ? エリーがいないね」
ダンスの練習が一段落して、ふと広間を見渡してそう言ったマイリの言葉を受けて、長は改めてエリーの姿を探す。
「いつの間に…」
「サラ達もいないよ」
「サラなら王子と一緒に広間を出て行きましたよ。本当…エリーがいないわ。何かあったのかしら?」
妻の言葉を聞いた長は、踊り続けているケイト達の姿を確認してほっとする。
そして国王夫妻を見て、長は二人もエリーの不在に気付いていないのでは、と急に不安になった。
それどころか、この広間にいる全員がそのことに気付いていないのでは。
「サラが広間を出たのはいつだ?」
「ついさっきです。その少し前にデラが出て行きましたけど」
「そうか…。気が付かなかったな。多分、エリーはサラ達と一緒だろう」
「そうでしょうね」
にっこり笑う妻の顔を見て、長は微笑み返す。
しかしその後の長の表情が急に厳しくなったことを、幼いマイリは見逃さなかった。




