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君主とその想い人の後ろ姿を見送りながら、デラは深い溜息を吐いた。
おおかた、ドレス姿のサラさんが綺麗過ぎてどう接していいか分からなくなってしまっているのだろう。
ああまで王子が舞い上がっている姿は、初めて見た。
今までは無関心から来る愛想の良さでそつなく女性をあしらっていたのに、何という落差だろう。
…しかしそれだけ本気なのだろう。その気持ちがサラさんに伝わっているかどうかは別として。
そう考えながら長夫妻の場所まで戻ると、夫人がにっこり笑ってデラを見た。
この笑顔は、セレナさんそのものだ。
思わず微笑み返したデラに、夫人は優しく話しかける。
「あの娘、踊れるのかしら?」
「サラさんほどの剣の腕の持ち主なら、問題ないでしょう。それに、我が王子は社交で沢山の姫君と踊られていますから、こういう場合の対処は慣れていらっしゃいます。女性に恥をかかせることは絶対ありません」
「じゃあ、マイリも剣が上手くなる?」
父親の両手にぶら下がるようにして練習をしていたマイリは、会話に突然割り込んだ無礼を父親に優しく注意された。
「マイリ、人の話を遮るのは止しなさい。礼儀正しくしないとダンスに誘って貰えなくなるぞ」
「えー」
「もう少し練習したら、デラに誘って貰うんだろう? 折角こうしてダンスを覚えているのに、きちんとした礼儀を知らないようでは誘って貰えなくなるかもしれない。それは困るだろう?」
「うん…」
「えっ…」
こくりと頷くマイリを見て驚くデラに、夫人はふふ、と笑う。
「自分から言ってしまっては、誘って貰ったことにならないわね。騎士の方々は女性の名誉を重んじて下さいますから」
「あ…いえ。失礼しました。申し込むのはもう少し後になってからと思っていたので…実は、まだ警備が」
「分かっています。だから気になさらないで。お仕事が休憩に入るまでに練習して上手になる、って、ああして頑張っているのよ。あなたの事が大好きなのね」
「いえ、私は…」
すっかり恐縮してしまったデラは何とか動揺を表に出さないように務めながら、話題の転換の糸口を探した。
「あの…。もし宜しければ、長とご一緒に踊りに行かれませんか? マイリはちゃんと、他の騎士がお相手しますので」
「色々お気遣い、ありがとうございます。もう少ししたら、お願いするかもしれません。でも、今のところ私達は大丈夫ですから、遠慮なさらずそろそろお仕事に戻って下さいな」
「そうですか…。では、いつでも騎士に声をかけて下さい」
デラはそう言って長の妻に会釈して去ると、広間の隅にいる観衆達に目を光らせた。
ハーヴィス王国の一行が引き揚げている。自室に戻ったのか、それとも…。
「デラ様」
呼び止められてデラは巡回の足を止めた。
給仕の青年がデラをひたと見つめている。
「どうかしましたか?」
「いえ…あの、気のせいかもしれないんですが。料理長から何か異変に気付いたら、すぐに報告するようにと言われていたので」
「何かあったんですか?」
「先程、料理長が夕食の準備に行かれたというお話をしたことを覚えていらっしゃるでしょうか。料理は殆ど出来上がっているので、あとは料理長が調理場で指示だけ出されて、すぐに戻って来られる予定だったんです。もうとっくに帰って来られている時間なのですが…まだ姿が見えません」
そう言われたデラは舞踏会会場となった広間と調理場までの往復時間を頭の中でざっと計算する。
青年の言う通り、給仕は別の使用人の仕事だ。
「何か調理場で不手際でもあったのかもしれない」
デラの言葉に青年はぶんぶんと首を横に振った。
「準備は完璧です。料理長はここで給仕するのをそれは楽しみにしていましたから、下準備をとても念入りにされていたんです。料理ではなく、何か別の理由があるのではと心配で」
「準備に行かれたのは、どこの国の招待客の食事ですか?」
「確か…ワイルダー公国の王子のように、国王代行で王子が来られていた国です。国の名前は、ええと…どこだったかな…」
「ハーヴィス王国ですね」
「そう、その国です」
デラの答にぱっと目を輝かせ、青年は頷く。
「…私が調理場まで行ってきましょう。もし、入れ違いで料理長がここに戻られたら、知らせに来て下さい」
「はい」
広間を出る前に、デラはもう一度踊っている人々を見た。
見間違えようがないほどの鮮やかな青のドレスを着ているエリーと、君主にリードされるまま必死でステップを踏むサラ。そして騎士と踊るケイト達の姿を確認すると、デラは急いで廊下へ出た。
「そう。上手だよ、サラ」
隅の方で目立たないように踊るのかと思っていたら、クレイはサラを中央の一番目立つ場へと導いた。
すぐ近くで踊っていたエリーと目が合い、エリーはにっこりとサラに微笑みかける。
そんな余裕など全く無いサラは、自分でも引き攣っているだろうと思う微笑みをエリーに返した。
「サラ。余所見をしたら駄目だ。足元を見るのも。背筋を伸ばして、僕の顔を見て」
「下を見てないと、足を踏むかも…」
「簡単には踏ませないよ」
背中に回された手にぐっと力を込められ、腰を抱えられたようになったサラの両足がふわりと宙に浮く。
「なっ…」
曲に合わせて次の瞬間にすとん、と着地させられ、それに気付いた観客達はサラに小さな喝采を送った。
「すごいわね、サラ」
たまたま近くに来ていたケイトに冷やかされて、サラはクレイを激しく睨み付ける。
「普通にする、って言ってた癖に!」
「僕の国ではこれが普通だ。いいから笑って」
さっきまで中央にいたかと思っていたら今度は玉座の近くに移動していて、サラは目が合った国王夫妻に反射的に笑顔を向ける。
「次は長夫妻とマイリに挨拶しよう」
速い曲調のせいで緊張した笑顔が貼り付いたままのサラは、今度は懐かしい家族と目が合い、泣きそうな気持ちになった。
「クレイ。目が回りそう」
「だから僕だけ見ているように言っただろう」
悪戯っぽく、しかし優しく微笑んだクレイは少しずつゆっくりとしたステップに変えると、バルコニーに近い方の椅子に空席を見つけ、サラをダンスの輪から連れ出した。
「初めてにしては上手だったよ。少し速い曲だったから疲れただろう? 休もう」
心地良い風が入る席にまずサラを座らせ、その隣にクレイも座る。
「みんなどうして、あんなに踊れるの?」
やっと落ち着いたサラは溜息と一緒に泣き言を吐いた。
「慣れてしまえばたいしたことじゃない。君には素質があるから、すぐ慣れるよ。何か飲み物を貰って来ようか?」
玉座からよりも近い位置に給仕の青年がいることに気付いたクレイは、席を立とうとした。
「クレイ」
サラに呼び止められてクレイはサラを振り返る。
しかしサラはクレイではなく、広間の中央を食い入るように見つめていた。
「どうした? サラ」
「エリーが…いないわ」




