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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第五章 契約と約束
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 若い騎士はクレイの形相を見ると、ひいっ、と声にならない声をあげた。

おさの奥方様から、サラ様にも渡すようにと…」

 弁解不要と一瞥で伝えたクレイは、慌ててその場を離れようとする騎士を引き止め、一旦騎士がサラに渡した飲み物を持って帰らせる。

「こちらの方が冷えている」

「…ありがとう」

 代わりに差し出されたグラスを受け取って、サラは釈然としない表情でグラスに口を付けた。

「美味しいわ」

「それは良かった」

 驚いてクレイを見るサラの表情に満足して、クレイも自分の飲み物を一口飲んだ。

「あのグラス、わざわざ返さなくても…。クレイが飲めば良かったのに」

「僕はこの国でしか飲めない美味い酒の方がいい。それからサラ、他の男から飲み物を受け取らないでくれ。警護の意味が無くなる」

「あなたの国の騎士よ」

 驚いて反論するサラに、クレイは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「サラ。頼むから僕かデラのどちらかが勧めた物以外は口にしないでくれ」

「私はエリーじゃないわ」

「だから困っている。エリーの警護なら数を増やせば解決する場合が殆どだし、簡単だ。だが、君の警護が出来る人間は僕とデラだけだ」

「私の警護なんて…」

「君に何かがあった場合、国王やエリーが黙っていない。それは君も分かるだろう?」

 必要無い、という言葉を遮られたサラは渋々頷いた。

 クレイの言うことは正しい。

 精霊の力を持ってすれば自分の身を守ることは不可能ではない。けれどソニヤから慣れないうちは無闇に精霊の力を使わないようにと釘を刺されている。

 それにサラ自身が狙われることはなくても、エリーに危害を加えようとしている者がサラを故意に巻き込もうとする可能性は決して低くないだろう。

 クレイの杞憂がそこにあることもサラには分かっていた。

「…ええ。分かっているわ」

 大人しくそう答えたサラに、クレイは何故か慌てた。

「少し強く言い過ぎたみたいだ。僕が悪かったから、そんなにしおらしくならないでくれ。ただでさえ今の君は…」

「今の私が、何?」

 不思議そうにサラがクレイを見つめると、クレイは急に顔を赤らめた。

「…参ったな。調子が狂う」

「クレイ?」

「酔ったみたいだ」

 どっかりと椅子に座り、広間で踊る人々を眺めるクレイに合わせて、サラもその隣に腰を下ろす。

「大丈夫? お水を貰って来る?」

「すぐ醒める。だから君はここにいてくれ」

 クレイがそれ以上何も言おうとしないので、サラも仕方無く広間に目を向けた。

「…あ」

 サラがふと声をあげ、クレイも釣られてその方向を見る。

「ケイトが踊っているわ」

 前騎士団長である老騎士と一緒にダンスを始めたケイトの近くで、セレナとジェスも騎士達に誘われてダンスの輪の中へ入って行く。

 若い女性が加わるだけで、場は一層華やかになる。

 エリーよりもずっと慣れた様子で踊る姉達を眺めながら、サラは思い出したように呟いた。

「…マイリはいつデラと踊るのかしら」

「デラはまだ仕事中だ。もう少し後にならないと交代出来ない」

「でも今は、クレイが私を警護してくれているんでしょう?」

「デラは騎士団長代行として、城全体の警備を取り仕切っているんだ。ここで何か異変があれば報せに来るようになっている」

「じゃあ今の…エリーにステファン王子が近付いていたのは…」

「あれはただの挨拶だったみたいだ」

「そう」

 ほっとしたサラを見て、クレイはやはりサラもあの王子には不穏なものを感じているらしい、と確信した。

「ああいった挨拶は、戴冠式が始まる前に済ませておくべきものなんだ。本来は」

「エリーは直前まで忙しくしていたらしいし…警備が厳しかったからでしょう? きっと」

 好意は持っていない筈なのに何故かステファン王子を庇っているサラの発言に、クレイは憮然とする。

「多分そうだな」

 自分でも驚くほど不機嫌な声で答えたクレイは、呆れた顔をして近付いて来るデラを見て厳しい表情を作った。

「どうした? デラ」

「そのままサラさんを椅子に縛り付けるおつもりですか? どうせ注目されているのですから、せめて一緒に踊られたらどうですか。でないと、サラさんを他の騎士に誘わせますよ」

「注目?」

 驚くサラにデラは溜息を吐く。

「ここは玉座の隣です。隣国の王子と並んで座られていれば、当然目立ちますよ。それに、国王夫妻もエルマ王女もダンスを披露されているのに、何故サラさんだけ踊らないのかと思われても不思議はありません」

「そうなの…?」

「事情はともかく、王子が無言で威嚇出来るのは騎士団だけです。王子がサラさんを誘わないつもりだと周りに判断されれば、そのうち諸外国の大臣連中が臆面も無くサラさんを誘いに来るでしょう。その事態を避けたいのなら…」

 デラがそう言い終わらないうちにクレイは立ち上がった。

「サラ」

 差し出された右手をまじまじと見つめるサラに、クレイはもう一度言う。

「サラ。僕と踊って欲しい」

「でも、大丈夫なの? お酒に酔ったって…」

「王子はお強いです。この程度で酔う方ではありません」

「でも」

 しれっと言うデラにサラが抗議しようとした時。

「行こう」

 半ば強引に手を引かれるような格好で、サラはクレイにダンスの輪へといざなわれた。


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