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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第五章 契約と約束
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8

 会場のざわめきは徐々に感嘆の溜息に変わった。

 舞踏会用のドレスに着替えたエリーは、戴冠式の時の花の妖精のような印象から堂々とした華やかな王女へと変貌を遂げていた。

 重い王冠は軽やかなティアラに変わり、そこに嵌め込まれている碧い宝石は美しい金髪を飾る髪飾りのように輝いている。

 金糸の刺繍がびっしりと施された青い生地は、この国では王家の者だけに着ることが許された色だった。

 そしてその傍らに立つサラ。

 ドレスこそ戴冠式と同じ物だったが、エリーの青いドレスを引き立たせるのと同様にサラのドレスの気品ある白さも引き立てられて、清廉な印象が一層際立つ。

 エリーに寄り添うその様子は文字通り姫を護る騎士のようでもあり、加護を与える女神のようでもあった。

 美しい二人の少女の存在感に、暫し会場は圧倒される。

「本当にお綺麗ですね…」

 デラが褒めたのは当然サラの方だろうとクレイは思った。

 色とりどりのドレスの中で真っ白なドレスがどれほど目立つか、クレイはこの時まで知らなかった。

 これでは…サラの方がエリーより目立ってしまう。

 クレイは小さく舌打ちする。

 デラがクレイの心情を知ったら一笑に付すところだが、サラにすっかり心を奪われていたクレイにはこの思い違いが自身の独占欲の為せる業であることに気付きようも無い。

 だから当然、周りもサラに関心を示すのではないかとクレイは気が気でなかった。

「お前もそう思うか」

「はい。あの青い色は、王族だけに許されている色だそうです。これでエルマ王女が王冠の契約の儀を無事終えたことが宣誓された訳ですね」

 そう言われて初めて、デラの先程の感想はエリーについて述べられたものだったとクレイは気付く。

 クレイは今度は心の中で舌打ちし、そして自らの動揺を隠しながら平静を装って会話を続けた。

「あの国王らしいやり方だな。一刻も早くエリーが王女であることを宣誓したいと言っていただけはある。ああしてドレスの色で誇示するとは…」

「サラさんが森の女王の代理を渋られたとしても、あのドレスを着せるつもりだったのでしょうね、きっと」

「ああ。だがサラが断る筈がないことも確信していたのだろうな」

 どうにかすると物議を醸す事にしかなりそうにないこの登場の仕方は、幸運な事にほぼ好意的に受け容れられたようだった。

 音楽を始めるように指示を出した国王と目が合ったクレイは椅子から立ち上がってお辞儀をする。

「王子。そろそろ…」

「ああ、分かっている」

 クレイとデラは国王夫妻の玉座まで出向くと跪いた。

「無事に儀を終えられたこと…お慶び申し上げます」

「これも貴殿の国の民の貢献があってこそ。心からの感謝を父王にもお伝え頂きたい」

 リブシャ国王は満足そうに頷いてエリーを見る。

「約束通り、最初はエリーと踊ってくれるな?」

「勿論です」

 クレイは立ち上がるとマントをデラに預け、エリーとサラの許へと歩いた。

「エルマ王女。そのドレス姿もとても素敵だ。見違えるようだよ」

「ありがとう。クレイ王子もとっても素敵よ」

「最初のダンスの相手にご指名頂いて光栄です」

「こちらこそ。応じて頂けて嬉しいわ」

 過剰に儀礼的な言葉のやり取りに呆気に取られているサラを尻目に、エリーは差し出されたクレイの手を取って広間の中央へと進む。

 年若い王子と王女の登場に一瞬しんとなった会場は、まるで呼吸するかのように始まった二人のダンスを見守った。

 そして緩やかな旋律が再び人々の心に戻り始めると、一組、また一組と広間の中央へと引き寄せられて、やがてかなりの数の王侯貴族がダンスの輪の中に入っていた。

「…なんて華やかなのかしら」

 隣で溜息を吐いたジェスにサラも頷いた。

 玉座の隣に長達の椅子が設けられているのはデラの厳命によるものだということを、長の娘達は知らない。

 サラとジェスは国王側で、長夫婦と他の娘達は王妃側の椅子から広間の中心を眺めていた。

「本当にお似合いの二人ね。お似合いと言えば…ジェス。その髪型、とても似合っているわ」

「ありがとう。父さんと母さんにも褒められたわ」

「普段もそうしていればいいのに」

「だって私の髪、癖がひどくて…。今朝もケイトとセレナが格闘してたの、知ってるでしょ?」

「知ってるけど…今の方が可愛いのに」

「普段は邪魔なんだもの。いつものようにきちんと纏めていないと落ち着かない気分だわ」

 そのふわふわの髪質に羨ましそうな視線を投げる貴婦人達の気持ちを知ってか知らずか、ジェスは可憐な髪型を無造作に撫で付けた。

「…ジェスは踊れるの?」

「ええ。去年は結婚式にも招待されたし、村でも踊る機会が多かったから」

「ケイトもセレナもダンスは上手だったわよね」

「そうね。マイリもなかなか上手よ。来賓の間で父さんに習っていたけど、素質があるわ」

「じゃあ踊れないのは私だけ?」

「クレイが相手だったら、恥をかかせないように何とかしてくれるわよ。まぁ、他の殿方からの誘いは断ることね」

 そうジェスが言い終えるのと、曲が終わって割れんばかりの拍手喝采が広間に響いたのはほぼ同時だった。

 最初のダンスということで短めに曲が終えられたらしく、エリーとクレイは軽やかなお辞儀を周囲に振りまくと玉座へ真っ直ぐ戻って来る。

「どうだった?」

 軽く息を弾ませたエリーが満面の笑顔でサラに尋ねた。

「とても上手だったわよ。特訓の成果ね」

「クレイのリードが上手だからだわ。途中で何回か失敗しているんだけど、上手く取り成してくれたの」

 そう言ってエリーはちらりとクレイを見る。クレイもエリーに笑顔を返した。

「失敗していたようには見えなかったわよ」

「でしょう? だから安心して、サラ」

「え?」

「私、ちょっと飲み物を貰ってくるわ」

 そう言って給仕を探そうとするエリーをクレイが引き止める。

「君は主役なんだからここにいて。僕が貰って来るよ、エリー。何がいい?」

「お水がいいわ」

「分かった」

 既にジェスもサラも飲み物を持っていることを確認して、クレイはエリーに軽く頷いた。

「王子、そのようなことは私が」

 慌てて駆け寄るデラをクレイは静かに制する。

「僕がここを離れている間、ご婦人方を頼む」

「…はい」

 デラがしぶしぶといった様子で引き下がると、クレイは給仕を探してその場を離れた。

「この後、またすぐに踊るの? エリー」

 ジェスが尋ねると、エリーは小さく首を横に振る。

「もう少し休憩してからよ」

「大変ね」

「ええ。だけど実は、私が踊る時は曲を少し短くしてくれているの。なるべく沢山の人と踊らないといけないから」

 そう言いながらエリーは悪戯っぽく微笑む。

「じゃあエリーが踊っている時は、曲が短いのね。覚えておくわ」

「でも最後のダンスだけは王様と踊るから、ちょっとだけ長いのよ」

 小さな声でそう囁くと、エリーはサラに意味深な目配せをした。

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