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ゆっくりと会場を眺めながら歩いていたクレイは、最近見知った顔を見つけて立ち止まった。
料理長自らが会場に出向いて軽食を振舞っている。
「これはクレイ王子。何か軽く口に入れられますか?」
愛想良く尋ねられて、クレイの厳しい表情から険が取れた。
「いや、食べ物より飲み物が欲しいんだが」
「何になさいますか?」
「酒と…水を」
「どうぞ」
クレイが城で好んで飲んでいる果実酒と水のグラスをそれぞれ渡され、それを受け取ったクレイはふと彼と話してみたいという衝動に駆られた。
「この国へ来たばかりの時、城から狩猟小屋へ差し入れてもらった昼食は本当に美味かったよ。ありがとう」
「勿体無いお言葉です。あの時は、国王から国で一等美味な昼食を提供するようにとのご命令でしたので、王子のお口に合わなかったらと思うと生きた心地がしませんでした」
そう言いながら陽気に笑う料理長はどちらかと言うと豪放磊落な印象で、国賓を虜にした繊細な味を出す腕前の持ち主とはとても思えない。
「料理長がこの場へ自らお出ましとは…。王妃様からの要請で?」
果実酒を飲みながらクレイが料理長に尋ねると、料理長は静かに首を横に振る。
「私が王妃様へお願いしたのです。お客様がどのような料理を好むのかを知る良い機会だから、と無理を承知で直訴しました。我が国は食材が豊富なので、時折、お客様が食べ慣れない物をお出しすることもあります。大抵は喜んで頂けるのですが、そうでない場合もあるでしょう。外交に悪影響が出るようなことは極力避けたいと伝えましたところ、幸いにも王妃様にご理解頂き、許可を得ることが出来ました」
「勉強熱心なのだな。この国の人々は」
「と、仰いますと?」
「村長の娘達も僕達の為に料理に色々工夫してくれた。たまには故郷の料理が食べたいだろうと言って干し果物を使ってみてくれたり、パンの種類を増やしてくれたり…」
「それは羨ましいお話ですね。あの娘さん達はとても料理上手だとエルマ王女から伺っています。実は今度、王妃様と一緒に木苺のパイの作り方をエルマ王女から習う予定なのですよ」
「ジェス直伝のパイの事か?」
「はい。あんな可愛らしい娘さん達が作ったものなら、きっと何を出されたって美味しく感じるでしょうけどね」
料理長の視線の先にいるジェスとサラとエリーを見て、クレイは微笑んだ。
ああして着飾っていると深窓の令嬢のようだが、実際は馬車を走らせたり小さなマイリを追いかけて駆け回る、お転婆な女性達だ。ここでは彼女達の名誉の為に余計な事は言わないでおくが。
「ジェスのパイなら間違いない。この国の外交が有利に運ぶ事を約束するよ」
クレイはそう言うと、飲み干した果実酒のグラスを料理長に返して水のグラスだけを持ち、真っ直ぐエリー達のいる席へ急いだ。
「お待たせ」
「ありがとう、クレイ」
水のグラスを受け取り、エリーはクレイににっこりと微笑んだ。
「料理長から聞いたよ。今度、城で木苺のパイを作るんだって?」
「ええ、そうよ。今もジェスとその話をしていたの」
喉が渇いていたのか一息に水を飲み干すと、エリーはグラスを脇のテーブルに置く。
「次の曲から踊らなきゃ。クレイ、私は少し失礼するわね」
そう言って広間の脇で待っている大臣の元へ向かうエリーの後ろ姿を見送ったクレイは、振り返るとジェスとサラに微笑みかけた。
「戴冠式では殆ど話が出来なくて失礼した。二人とも、とても綺麗だ。年寄り達に狙われているから、どうか気を付けて」
「ありがとう、クレイ」
社交辞令を心から楽しんでいるジェスがクレイに微笑む。
「本当の話なんだ、ジェス。城の警備が厳しいのは君達を護る為なのに。こうしてデラが国王夫妻に近い席を確保したのだって…」
「全てクレイ王子のご意向です」
「デラ」
話に割って入って来た従者を軽く睨み付けるクレイを見て、ジェスとサラはくすくすと笑った。
「王子がお戻りになられたので、私はこれで」
小さな溜息と共にデラが去る。
「…相変わらず固い奴だ。狩猟小屋の生活で少しは丸くなると思っていたのに」
「それがデラの仕事だもの。仕方無いわ」
ジェスに宥められてクレイは肩を竦める。
「それにしても流石にダンスが上手なのね、クレイ」
「どういたしまして。義姉上達に厳しく鍛えられたお陰で、野蛮人扱いされずに済んで助かっているよ」
「デラもダンスは上手なの?」
「ああ。騎士の嗜みだからね。ご婦人方が壁の花にならないように騎士達が声をかける事もある。勿論、ご婦人から誘われるという栄誉に与れば、喜んで応じる決まりだ」
「騎士も大変なのね」
「まぁ、そうだね」
クレイはそう言うと広間を踊る人々を眺めた。
「…君達はまだ、踊らないの?」
「そうね。そろそろ行こうかしら。クレイはサラをお願い」
「えっ…ジェス、待って!」
すたすたと長達の所へ向かうジェスを追う切っ掛けを逃し、サラは呆然と佇む。
呆気なく二人きりになってしまったサラが国王に助けを求めようとした時だった。
「王妃よ。そろそろ…」
「ええ、王様」
国王夫妻が立ち上がり、国王は王妃の手を取って広間の中央に進む。
会場が喝采に沸いた。
「ああ、これは見物だ」
サラの隣でクレイが興味深そうに呟いた。
「え?」
「王妃はとてもダンスが上手なんだよ。間近で見られるとは思わなかった」
そう言ってクレイは椅子に座ってしまう。
どうやらそのことを知っている者達は見学を決めたようだった。長達の所へ行ってしまったジェスも、その場で侍従の一人から新しい飲み物を受け取り、座ってしまっている。
「次のエリーの相手は、最近力をつけてきた国の大臣なんだ。リブシャ国王はなるべく敵に回したくないと思っている。…立ちっぱなしでは疲れるだろう? 君も座らないか、サラ」
断る理由もないので、サラはクレイの隣に腰を下ろした。
「どうしてそういう話を私に…」
「君もリブシャ王国を統べる立場の人間だからだよ。それから、斜め向かいの席にいる金髪の王子が誰か分かるかい?」
そう言われたサラはその男性を見る。クレイと同じか少し高いくらいの上背で、溜息が出そうなくらい美しい顔立ちだ。近くにいる女性達の視線を釘付けにしている。
「戴冠式の時に、前の列にいた人ね。…誰なの?」
「ハーヴィス王国のステファン王子だ。エリーに求婚しているもうひとつの国の王子だよ」




