7
控えの間で待機していた招待客達が、舞踏会会場にぱらぱらと姿を現した。
戴冠式の出で立ちのままで参加する者が殆どであったが、豊かなリブシャ王国で開かれる舞踏会ということもあり、贅を尽くした衣装に着替えている貴族もいる。
城内での移動でありながら従者とは別に騎士も会場まで付き添うことに対して、招待された王侯貴族達はその警護の手厚さに感心することはあれ、不平を述べる者はあまりいなかった。
エリーの美しさが想像以上であったということと、王妃の采配によって供された心尽くしの料理や菓子に対する満足度の高さが功を奏し、大多数の招待客は王の慎重さに好意的な理解を示していた。
招待客達は総じて機嫌が良く、場は和やかで心地良い。
本当にこの場で、不穏な輩が暗躍しているのだろうか。
デラは会場を隅から隅まで眺め、そして今度は傍らで優雅に寛いでいる君主を見た。
退屈そうに王子の衣装に身を包んでいるクレイがこのままじっとしている筈もなく、かと言って大人しく椅子に座られたままでも困るので、デラは仕方なく近くにいた騎士に耳打ちする。
「…申し訳ないですが、警備が手薄になっている所がないか、もう一度一周して来て下さいませんか? 特に出入り口を念入りに確認して下さい」
「はい」
素早くデラの指示に従う騎士の後ろ姿を見送って、クレイは小さく咳払いをした。
「何ですか? 王子」
「警備は万全なんだろう? どうして今更」
「念には念を、です。それに、王子が何か言いたそうにされている様子でしたので」
「別に…。ただ、ケイト達が遅いと思っていただけだ」
「ケイトさん達はエルマ王女が入場される直前にいらっしゃる予定です。前騎士団長には、あまり早く来場させないように伝えました」
「随分な気の配りようだな」
「私も命が惜しいですから。外交問題だけでも手一杯なところを…」
ぼやくデラにクレイが苦笑いした時、俄に会場がざわめいた。
「ステファン王子です」
デラの視線にクレイが追随すると、そこにはハーヴィス王国第一王子の姿があった。
輝く金髪を持つ王子は、遠くからでも大国の王族と分かる程の存在感を放っている。
健康的に日に焼けたクレイとは対照的な白皙の青年は、その緑の瞳で従者に対し玲瓏に微笑んで、その場にいた女性全員の注目を攫った。
「…どこかの国の王子とは違って、剣を握ったことすら無いような雰囲気ですね」
「そう判断するのは早計だぞ、デラ。あの国の軍事力はなかなかのものだ。そうでなければ、我が国がとっくに占拠している。あの王子が余程病弱でもない限り、剣もそれなりに使えるだろう」
「ステファン王子が病弱だという話は聞いた事がありません。病弱なのは妹姫の方です」
「そうだったか? そんな風には見えなかったが…。むしろ、健康そのものだったぞ」
ハーヴィス王国の姫とクレイが社交界で面識があったことを思い出したデラは、説明を追加する。
「王子との縁談が出た方の姫君ではなく、ステファン王子の母君が産んだ年の離れた妹姫で、第一王子の次の王位継承者です。ですがとても病弱な方なので社交界はおろか城から出る事すらないようです。…確か私と同い年の筈です」
「そうか」
しれっと答えたクレイをデラは軽く睨む。
未婚の姫が3人もいるハーヴィス王国は、独身を貫いているステファン王子よりも姫君達の結婚相手探しに躍起になっていた。リブシャ王国と同盟を結んでいるワイルダー公国は、食糧資源が乏しいと言ってもハーヴィス王国ほどではない。嫁ぎ先の条件としては、ワイルダー公国はかなり良い条件の国だった。
ハーヴィス王国と仲が悪いという点を除けば。
外交は狐と狸の化かし合いだ。
仲が悪いからこそ、この縁談には明確な思惑があったと世間では噂されている。
クレイがいつも縁談を断り続けていたのは単に本人が結婚を面倒臭がっていたからだけなのだが、そこに色々な憶測や理由を見つけて牽制してくる国は後を絶たない。
実際、ワイルダー公国とハーヴィス王国の資源の乏しさと武力はほぼ互角で、婚姻の同盟によって得る利益は何一つない。
当然クレイはハーヴィス王国からの縁談をにべもなく断った。
しかしそのせいで、この両国はエルマ王女が生きている可能性を絶望視していないと諸外国は受け取った。
同盟国の王女が生きている事を知っているからこそ、ワイルダー公国唯一の独身である王子は縁談を断り続け、またハーヴィス王国はエルマ王女の生存をクレイ王子が確信しているかどうかを試す為に敢えて縁談を出したのだ、という憶測が流れ、世間はそう認識した。
そしてその認識通り、エルマ王女の無事が発表され、戴冠式が開かれた。
戴冠式の間、ワイルダー公国とハーヴィス王国の両王子はお互い目を合わせる事もなく、距離を保ったままエルマ王女の戴冠を見守っていた。
この両国の王子の対立を固唾を飲みながら間近で見守れるのは、戴冠式で着飾った美しい王女を飽きる事なく眺めるのと同じくらい、諸外国の王侯貴族達や大臣達にとってさぞかし魅力的なことだっただろう。
クレイは小さく溜息を吐いた。
ステファン王子はこの舞踏会でエルマ王女に対して何らかの行動を起こす筈だ。婚約者として最有力視されている自分を出し抜く為に。
好きに動けばいい。
客観的に見て、あのような冷たそうな男がエリーに相応しいとはとても思えない。こちらも心行くまで妨害してやる。
クレイの口許に皮肉な微笑みが浮かんでいるのを見たデラは、小さく天を仰いだ。
その時。
クレイはふと入口の扉を見た。
花の香りだ。
再び大きなざわめきが起き、人々の視線が入口の扉に集中する。衛兵達の何人かが集まり、廊下にいる人物に恭しく礼を執っていた。
村長の一家と国王一家が仲睦まじく、ほぼ同時に到着したようだった。
クレイは思わず目を見開く。
国王は長の妻、村長は王妃にそれぞれ付き添い、両者がとても親しい関係にある事を招待客達に示している。
その後を年嵩の大臣達が、長の娘達に付き添って続く。
そして最後に、仲良く手を繋いだエリーとサラが微笑みながらゆっくりと入場して来た。




