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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第五章 契約と約束
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6

 クレイは小さく溜息を吐いた。

「…エリーとは、きちんと話し合いました。僕だって皇子としての立場はわきまえているつもりです。それに、エリーは美しいだけでなく心も優しい。彼女を愛せない男はこの世にいないでしょう」

「そう…。それを聞いて安心したわ」

 ケイトはほっと安堵の息を吐くと、椅子から立ち上がった。

「知りたかったのは、それだけよ。これで…」

「え?」

「お邪魔したわね、クレイ」

「ケイト、待ってくれ」

 クレイが呼び止めた時にはケイトはもう扉を開いていて、待機していた老騎士がケイトにぴったりと寄り添っていた。

 クレイが呼んだことに気付いている筈のケイトは、振り向くと他人行儀にクレイに会釈する。

「では、この後の舞踏会で会いましょう。クレイ王子」

「あ、ああ…」

 呆然としてケイトを見送る形となったクレイを、デラが不思議そうに見つめた。

「ケイトさん、どうかされたんですか?」

「いや…大丈夫だ」

 呼び掛けに気付いているのに無視するのは、およそケイトらしくない。しかしそれをデラに伝えたところで、どうにかなるとも思えない。

 デラはクレイの言葉を額面通りに受け取ったのか、それ以上は追求しなかった。

「クレイ様。外でお待ちしている間、前騎士団長から伺ったのですが…。招待客の間で、ケイトさん達は噂の的のようです」

「…まぁ、当然だろうな。何処に出しても恥ずかしくないように貴婦人教育はされているみたいだから、国王が舞踏会に招待したのも良い縁談の…」

「縁談、ですか」

 剣呑な表情でデラが呟く。

「マイリ以外は全員、適齢期だろう? この国では成人するとすぐに結婚するのが風習だと教えてくれたのはデラ、お前だぞ」

「そうでしたね…」

 デラはそう言うと、ふうっと溜息をついた。

あらかじめ結婚の約束をしている場合を除いて…でしたね」

「お前が僕にそう言っていただろう? 今夜の舞踏会で良い相手が見つかれば、長にとっても…まぁ、参加者の殆どは年寄り連中ばかりだから、今夜相手を見つけられるのは長も困るだろうが。とりあえず、明日からは世話好きな爺共じじいどもが良い話を長に持って来てくれるさ」

「…そうですね。国賓と来賓の部屋を別にしたのは正解でした。騎士団内の調整・ ・だけで済みますから」

「?」

「王冠の契約の儀は終わっている頃です。そろそろ我々も舞踏会会場へ向かいましょう」

 クレイがゆっくり問う暇もなく、デラは一人でそう呟くとクレイに身支度を終わらせるようにとき立てた。


 神殿で名実共に王女と認められたエリーは、ほっと安堵の息を吐いた。

「…本当にありがとう、サラ」

 舞踏会用のドレスに着替えることになっているエリーは来賓の間に向かおうとするサラを引き止め、その手を取った。

「本当に私で良かったの? エリー。森の女王に直接会う、最初で最後の機会と言っても過言ではなかったのに」

「私はあなたと一緒にいる方がいいの。落ち着くもの。これからも機会があるごとに会えるのね。…嬉しいわ」

 微笑むエリーにサラも笑顔を返す。

「そうだわ、サラ。あなたもドレスを着替えない? 王妃様が沢山ドレスを作って下さったから、好きなドレスを選んで。サイズも問題ないはずよ」

「私が王女様のドレスを借りるのは不自然だわ。舞踏会はエリーの為のものなのよ。装飾の多いドレスだと動きにくそうだし」

 サラが苦笑いすると、エリーは小首を傾げてから残念そうに言う。

「そうねぇ…サラが気が進まないのなら、仕方ないわね。そのドレスも充分綺麗だし、ダンスでも映えそう。ん…まぁいいわ」

「ダンスって、私は…」

「あら。クレイから頼まれなかった? 私は最初の一曲をクレイと踊った後は、他の来賓達と踊ることになっているの。その間、クレイはケイトを始め、全員と片っ端から踊るつもりだって言っていたわよ」

 クレイがエリーの婚約者であることを理由に辞退するつもりでいたサラは、ここにきてクレイとのダンスがエリーも公認であることを知って焦った。

 もしケイト達がクレイと踊るなら、クレイの誘いをサラだけが断るのは不自然だ。

 第一、友好国の国賓でもある王子の誘いを断ることは許されるのだろうか。

「私はダンスなんか…」

 サラが尚も乗り気でないことを見抜いたエリーは、サラに諭すように言う。

「招待客を見たでしょう、サラ。若い女性は私達だけなんだから、気が進まなくても踊らなきゃ。それを楽しみにしているからこそ、警護の厳しさに文句も言わずに待って下さっているのよ」

 実は舞踏会を抜け出すつもりでいたサラは、エリーの言葉に更に怖じ気づいた。

「エリー。私、今日はもう疲れたから部屋で休むわ」

「サラ、お願い」

 エリーのこの表情にサラは勝てた試しがない。昔からこう「お願い」されるとサラは断れないのだ。

「サラ」

「…少しだけよ。クレイと一曲だけでいいでしょう? 私、踊れないのよ」

 サラの言葉でエリーの表情が明るくなる。

「サラが休みたい時は無理しなくても良いように、デラに側にいてもらえばいいわ」

「デラにはマイリの相手をしてほしいって頼んでいるの。だから私は一人で休んでいるわ」

「そう…」

 そう呟いたエリーの口許はふんわりと微笑んでいる。

「でもサラが周りに放っておいて貰えるとはとても思えないけど…。デラが無理なら、来賓の間の警護の方にでも頼んでみるわ」

 エリーが指している老騎士の顔をふと思い出し、サラは眉間に皺を寄せた。

 ワイルダー公国の騎士が、クレイよりもサラの意思を尊重してくれるとはとても思えなかったからだった。

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