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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第五章 契約と約束
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4

 確か、あの一行は戴冠式に参列していた筈だ。エルマ王女を育てた村長むらおさの一家とかいう名目で。

 エルマ王女の騎士を務めた娘は村長の娘だと聞いていたが、こうして一緒にいないとなると…矢張りあの娘も実の娘ではなかったか。

 エルマ王女ほどではないが、あの美しさは市井の血筋とは思えない。

「ステファン様」

 そう声をかけられて振り向くと、従者の一人が息を切らして駆けてくる。城下町へ使いに遣った男だ。

「このような所においででしたか。お部屋にも国賓の間にもいらっしゃらなかったので、もしかしたらと思って来てみたのですが…。随分探しました」

「…例の物は?」

「市場で手に入れました。妹姫様もきっとお喜びになります」

 小さな包みを受け取ると、ずしりと重い瓶の感触がある。

 妹姫に土産にと強請ねだられたそれを確認し、また従者へ持たせる。

「ご苦労だった。荷物に入れておいてくれ」

「はい。そろそろ国賓の間に戻りましょう。今頃きっと、リブシャの大臣が青くなっておられます」

「構うものか」

 そう言い捨てると従者は何を思ったのか、興奮したようにぺらぺらと喋り始めた。

「それにしても民衆の熱狂ぶりは凄いですね。城下町は戴冠を祝う品で溢れていました。この品も、諸外国に向けて作られた土産物のようです。商魂逞しいと言うか…」

「そうか」

「姫がバルコニーに出られた姿をご覧になりましたか? 遠目でしたからお顔ははっきりとは分かりませんでしたが、髪の色は妹姫様に近いお色でしたね」

「ああ」

「随分な美姫びきとの噂でしたが」

「そうだな。とても美しい姫だ」

「妹姫様の比ではないでしょうが…」

「そうでもない」

 妹姫は美しいが、エルマ王女を凌ぐ美女になるかどうかは分からない。

「どうした?」

 あれほど喋っていた従者が黙ってしまったことに気が付いて問うと、従者は軽く咳払いをした。

「左様でございますか。いえ…少し意外に思ったもので」

「何がだ」

「王子が妹姫様よりリブシャの姫を褒められるとは思ってもいなくて…」

「褒めてなど」

 否定しようとしたが従者の言う通りであることに気付く。

「…妹姫あれはまだ幼い。成人した姫と比べることもないだろう」

「左様でございますね」

 素早くそう答えて足早に国賓の間に向かう従者の態度に引っ掛かるものを感じたが、敢えて何も言わずに後を追うことにした。

 舞踏会などというものに興味を持ったことは無いが、着飾った王女を見てみたいという気持ちが無い訳でもない。

 …さぞかし美しいことだろう。


 サラとクレイは特別話すこともなく、ただエリーに向けられている歓声を聞いていた。

 二人の為に用意された別室の外ではデラが警護をしている。

「すごい歓声だな」

「あんなに綺麗なお姫様なんだもの。気持ちは分かるわ」

「君もバルコニーに出ているエリーを見たかった?」

「そうね…。見たかったわ」

 この後に控えている儀式の為にサラは戴冠式後に外出することを禁じられた。それを知ったクレイとデラが城の騎士達の代わりにサラの警護を申し出て、こうしてサラの側にいることになったのだ。

「私も見たかったけど、デラはもっと見たかったんじゃないかしら。可哀想なことをしたわ」

「ああ、君は知らないんだな。気の毒がる必要は無いよ。ここの招待客は全員、警備上の理由で舞踏会が始まるまで外出を禁じられているんだ。国賓の間とは名ばかりの俄作りの部屋にそれぞれ押し込められているんだよ。だから僕達はリブシャ王国と同盟関係であるのを良いことに、こうして堅苦しくならなくて済む方法で待機させてもらっている。君が儀式に出ている間、ほんのちょっとだけ退屈する程度でいられるように」

 クレイはとても楽しくて堪らないといった様子で、驚くサラの表情を眺める。

「こういった場が、どんなに油断ならないものかは君にはあまり想像出来ないだろうけど…。外交問題はとても神経を使うものなんだ。だから、こんな状況下でも敢えて村長一家を戴冠式に招待した国王の情の深さには頭が下がる。エリーは本当に大切にされているね」

「ええ。素晴らしい国王様で本当に良かったわ。でも…それなら、ケイト達も外出を禁止されているの?」

「国賓の間よりも村長達用に準備されている来賓の間の方が待遇が良い筈だから、安心して」

「…ありがとう」

 思わずサラはそう言っていた。警護を主に取り仕切るのはワイルダー公国から送られている騎士達だ。当然、クレイの一言でその配置はどうにでもなるのだろう。

「僕の指示ではなく、エルマ王女に心酔している城の警備兵達が勝手にやっていることだ」

 クレイは自虐的に苦笑いする。しかしその「勝手」を許しているのは、他でもないクレイだ。

「重ねてお礼を言うわ、クレイ。私達の為に良くしてくれて」

「一月近くも僕達の世話をしてくれたお礼だ。まだそれほど君達の恩に報いているとは思わないけれど」

「充分よ」

「欲が無いんだな…君達は」

「え?」

 サラが聞き返すと、クレイは気を取り直したように微笑む。

「いや、何でも無い。こんなに感謝されるとは思わなくて。それより、今夜の舞踏会の事なんだけど」

「何?」

「僕は一応最初にエリーと踊るけど、一回踊った後はかなり暇になると思うんだ。エリーは他国の重鎮達とも踊らなければならないからね。サラ、君はダンスは?」

 ここで言うダンスとは、王侯貴族のダンスのことを指すのだろう。エリーが王様相手に苦心した話は何度も聞いている。村祭りの踊りしか知らないサラは首を横に振った。

「踊れないわ」

 サラがそう言うと、クレイは意外だったのか驚いて身を乗り出した。

「おかしいな。村で習わなかったのかい?」

 成人した女性ならダンスを嗜むのが当然だと思っていたらしいクレイは、エリーが王城に来てすぐにダンスの特訓を受けていたという話をサラから聞いてやっと納得した。

「舞踏会にまで招待されるなんて、思ってもみなかったもの。村では、成人して最初の舞踏会に参加することが決まってから練習を始める人が殆どなの。特に、私とエリーは成人して間もないから練習する機会なんて無かったし。今まで舞踏会に行ったことがあるケイト達なら、多分踊れると思うけど…」

 サラの言葉を聞きながら、クレイは思わぬ誤算に考え込んでいる様子だった。しかし、急に何か思いついたかように目を見開くと、クレイの様子を黙って窺っていたサラを見る。

「リブシャ王国の騎士なら、労せずしてダンスが上手くなれるという話を聞いた事がある。剣の型が舞踊に似ているかららしい。いや、型ではなかったかな…まあいい。君ならきっとすぐに上手くなるさ」

 そう言うクレイはとても明るい表情で、ますますサラを困惑させた。

「何を言っているの? クレイ」

「だから君にダンスの相手を頼もうと思って」

 あっけらかんと言うクレイに、サラは椅子に座ったまま、思わず身を後ろに引いた。

「無理よ! さっき話したでしょ。きちんとしたダンスなんて、練習したこともないのに」

「だからこれから教えてあげるよ。さぁ立って、サラ」

 クレイはさっさと立ち上がると、にっこり笑ってサラに右手を差し出した。

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