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「妖魔達が?」
「妖魔は関係ないかも知れぬ。ただ、人の心は移ろい易い。今は一人の娘として皆から愛されているエリーも、王女となれば事情が変わってくるだろう。戴冠式後の曖昧な状態が長引くことは危険だ。王女だからこそ…簡単に手出し出来ない立場に身を置くことによってこそ、エリーの安全は守られると余と王妃は考えた。エリーを一刻も早く王女にしてやりたいのだ」
国王は沈痛な面持ちで言う。
「…分かりました。こうして村長の娘として戴冠式に参加出来るよう、お気遣い頂いているご恩もあります。私で務まるのでしたら、お引き受け致します」
「ありがとう、サラ王女。我々に不満がある筈も無い。神官達からも異議は出なかった。形式的なものであるが故、式次は神官達に従って貰うだけで良いのだ。王冠の契約は今宵、密やかに執り行うことにする」
サラとエリーがお互いに視線を交わして頷くと、国王は今度はクレイを見た。
「王子。この儀式はリブシャ王国の王族の為のものなので貴殿を招くことは出来ないが、そう時間はかからない。恙なく終了したら、是非エリーのダンスの相手をお願いしたい」
「喜んで」
クレイはそう短く答えて微笑む。今度はクレイとエリーが視線を交わし、エリーは嬉しそうに微笑んだ。
その様子を見て国王は満足そうに頷くと、王妃に微笑む。
「では、暫し休憩した後…神殿へ向かうとしよう」
そして国王は王妃の淹れた茶を口にした。
神殿から出てバルコニーへ姿を現したエリーは、熱狂した国民の地鳴りのような歓声に包まれて一瞬怯んだ。
落ち着く為に一つ息を吐き、青い宝石が嵌め込まれた王冠の重さに負けないように背筋を伸ばす。
それほど高さの無いバルコニーの筈なのに、眼下の人混みのせいで平衡感覚を失いそうだ。
エリーはにこやかな笑顔を浮かべ、国民に向かって手を振った。
初めて見る王女の眩しい程の美しさに、国民はますます沸き立つ。
「すごい歓声ね」
そう言って国王と嬉しそうに見つめ合うと、王妃はエリーを支えるかのように隣に並んだ。
そしてエリーを真ん中にするようにして国王も並ぶと、熱狂の渦が王城を包んだ。
「エリー。良き王となるために、この光景を目に焼き付けておくのだ。余も…戴冠の日のこの光景は忘れたことがない」
同じ感激を味わう者としての王のその言葉は、エリーの心に真っ直ぐ届いた。
「…はい」
年若い王女は眦に感激の涙を滲ませ、王妃はそれをそっと拭う。
「忘れられる筈もありません…。私は誠心誠意、この民に尽くします」
「あれぇ。サラがいないね、母さん」
無事に両親に再会したマイリは、繋いでいた母親の手を軽く引っ張る。
エリーの眼下の群衆の中に、神殿から移動した長の一家も紛れてエリーの晴れ姿を見つめていた。
「サラは国賓の間で待っている筈だから、バルコニーには出ないわよ」
「クレイ達と一緒なの?」
「クレイ王子と言いなさい、マイリ」
長にそう注意され、マイリはきょとんとして父親を見た。
「クレイはクレイって呼んでいいって言ってたよ」
「それはそうだが…」
長は困ったように妻の顔を見て苦笑した。
「マイリは好きなように呼んでもいいわ。クレイもそう言っていたし」
「ケイト」
長姉の言葉に長は眉を顰める。
「しかしそれでは…」
「父さんの言うことは尤もですが…王子自らがそう言われたのですから、いいではありませんか。人目が無い場所であれば、私達もエリーに向かってエルマ王女などと他人行儀に言ったりしないことですし」
「言うようになったな、ケイト」
言葉とは裏腹に、長は満足そうに微笑んでいた。
「心配したが…良い経験になったようだな」
「はい。父さんが機会を与えてくれたお陰です」
ケイトも微笑みを返す。
「たった一月の間なのに…お前達が皆、見違えるように自信に満ち、美しくなって嬉しい限りだ。よく頑張ったな」
「はい、父さん」
ケイトが眩しい笑顔を長に向ける。
やがて時が来て、エリーはバルコニーから城の中に戻って行った。
散り散りになる国民から、美しい姫だ、これで国は安泰だ、などとの声が聞こえてくる。
長は自分の美しい娘達に視線を投げて行く群衆に警戒しながら、近くにいた老騎士を呼んで妻子を改めて来賓の間へ向かわせた。
今宵の舞踏会には長夫婦と娘達も招かれている。本来ならば国賓の間とは別に設けられた来賓の間で時間を過ごす筈だったが、厳重な警護の中、幼いマイリが緊張に耐え切れなくなる前に息抜きが必要だ、と長は騎士を説得して外出させて貰っていた。
ふと強い視線を感じた長は、顔を上げてその方向を見た。
しかしその視線は自分に対してではなく、自分の視線の延長上にあった娘達に注がれていたのだと長はすぐに気が付いた。
やけに良い身なりだ。服装から見て、隣国の貴族だろうか。
戴冠式の招待客の中にあった姿のような気もするが、絢爛豪華なリブシャ王国の来賓達は負けず劣らず着飾っているから特徴らしき特徴を摑むことは難しい。
それに、それほどの来賓が庶民宜しくこのような場所からエリーを眺める筈が無い。長達ですら、こうして騎士をつけてもらっているのだ。護衛らしき者もつけずに他国の来賓がここにいるとは考えにくい。
戴冠式の参列を希望する貴族は多かったが、厳重な警備の為に断られた者が殆どと聞く。大方、一目でもエリーの姿を見たかった貴族が、こうして庶民に混じって眺めているのだろう。
だからあの男が娘達を見ていたと思うのは単なる思い過ごしだ。庶民の中に着飾った集団がいれば、どうしても目立つ。それが若く美しい娘達なら、尚更。
長はそう考え直すと、そのまま踵を返して皆の後を追った。




