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海を思わせる深い青、と王妃様は言うけれど、エリーはまだ海を見たことがない。
海の色は湖のような色なのか、と尋ねてみたら湖とはまた違う青だと言われた。
「あなたの瞳の色…いえ、王様の瞳の色の方が近いかしら。あなたの瞳は時々、はっとするほど鮮やかな青になるから」
王妃様はそう言って、初恋を告白する少女のような表情をした。
王妃様の菫色が時折エリーの瞳にも見える、と王様が蕩けそうな顔をしていた時の表情に似ている、とエリーは思う。自分の瞳の色なのに自分で確認出来ないのはとても残念だ。
空色でもなく、空の色を映す湖の色でもないならば、見知った色の中で一番近い色は王様の瞳の色。
そう思ったエリーは国王陛下の瞳の色をじっと見つめていた。
「どうした? エリー」
愛娘の真剣な視線に気付いた国王は柔和な笑みをエリーに向ける。
今日のお茶会にまだ王妃様は参加していなかった。来賓に出す料理や菓子について、料理長から意見を求められているところなのだ。
お茶会用のお菓子を貰って来るから、との王妃様からの言伝を受け、国王とエリーは庭園の東屋でエリーが淹れたお茶だけを飲んで王妃様が来るを待っていた。
王妃様のお気に入りのこの場所では、貴重な内輪の寛ぎの時間を邪魔しないようにと衛兵は少し離れた場所で見張りをしている。
「お父様の瞳の色は、海の色にとても近いと聞きました」
私的な場でしかエリーに父と呼ばれる機会のない王は、エリーの口からその言葉を聞いただけで相好を崩す。
「王妃が言ったのだな、それは」
「はい」
エリーが頷くと、国王は静かにエリーを見つめ返した。
「其方の瞳と余の瞳は同じ色だ」
「私の瞳の色は海の色とは少し違うのだそうです。海の色にはお父様の瞳の色の方が近いとお母様が」
その言葉で、国王は初めてエリーが瞳の色に拘る本当の理由に気付いた。
「エリー。美しい我が娘よ。まだ海を見たことがないのか」
「はい。村には海がありませんでしたから、森と湖以外の景色を私は知りません」
王都はエリーにとって初めての都会と言うよりは、村から出て初めて訪れた場所という意味合いの方が強かった。
「…なんという事だ。リブシャ王国には海に面した土地がある。いずれ連れて行こう。凪いだ日の海はとても美しいのだ。この国は広大な面積を有しているが、世界はもっと広い。そのことは海を見れば良く分かるだろう。為政者として世の広さを知っておくことはとても重要だ」
森の女王の恩恵が受けられるようにとあの森の深い村を選んで成人式までエリーを匿ってきた事もあり、国王はその当然の結果に納得はしたものの、これからはエリーの見聞を広めることが最優先事項であると心に深く刻んだ。
「戴冠式が無事に終わったら、良い日を選んで海のある街へ視察に行こう。王妃も一緒に」
国王はそう言ってエリーに微笑む。
「楽しみです」
エリーもそう言って国王に微笑んだ。
「しかし、どうして王妃は海の話を其方にしたのだ」
不思議に思った国王はエリーに尋ねる。
「初めは海の話ではなく、戴冠式の王冠の話をしていたのです。碧い宝石が埋めてあると王妃様に聞きました。その色が海の色のようだと。そして代々、リブシャ国王の瞳は青いということも」
エリーがそう答えると、国王は頷いた。
「王妃の言う通りだ。偶然ではあるが、代々の国王継承者は青い瞳の者だ。エリー、其方も国王になるべくして生まれた者ということだな」
「青い瞳でないと継げないのですか?」
「そういう決まりはない。第一子であれば、瞳の色が緑であろうと茶色であろうと、その者は第一継承者というのが我が国の決まりだ。第一子に与えられる王冠の宝石の色は、初代国王の瞳の色に肖ったものなのだ」
今回の戴冠式はエリーがリブシャ王国の王族であることを国民に示す為に行われる。生まれてから一度も国民の前に姿を現わさなかった王女のお披露目会は、諸外国よりも国民に対するお披露目の意味合いの方が強い。
「民はさぞ楽しみにしていることだろう。そして其方を一目見れば、今までの事情について全て納得してくれることだろう。其方が我が国に災いを齎す心配はもう無くなり、新たな国の豊かさの象徴となったことを…。このように美しく愛らしいのだからな」
満足そうに微笑んだ王は、ふと何かを思い出したような表情になってエリーをじっと見つめた。
「どうかしたのですか? お父様」
何処か迷っているような国王の瞳を見て、エリーは尋ねずにはいられなくなった。国王は意を決したように口を開く。
「…美しく成長した王女よ。戴冠の儀の前に言わねばならぬことがある」
「なんでしょう」
「この国の王女として知らねばならぬ事…其方の運命と言ってもいいだろう」
「運命…?」
国王のその言葉の重さにエリーは驚く。成人式が終わってから驚く事の連続だったのに、この上、まだ自分の身に降り掛かる運命があるのかと、エリーは思わず身構えた。
「王冠の契約の話を憶えているか?」
「はい」
国王にそう尋ねられ、少し前にサラと一緒に大臣から説明を受けた時のことをエリーは思い返した。
王冠の契約とは、森の女王へ次代のリブシャ国王となる者が忠誠を誓う儀式のことだ。代々のリブシャ国王は、この儀式を終えなければ正式な継承者ではないと看做されてきた。
だからエリーの場合も、この儀式が恙なく終わるまでは、戴冠式だけが終わっても正式な継承者とは認められない。
儀式は極めて簡単なものだから戴冠式の際に併せて行う事も可能だったが、森の女王が衆人環視を嫌う為、日を改めて城の神殿でひっそりと行われることになっていた。
「私の場合は戴冠式の式典が終わった後にお城の神殿へ森の女王がお越しになり、そこで女王様に誓いを立てるのでしたね」
「その予定であったが、森の女王はその役目をサラに託された」
「サラに?」
意外な人物の名前が出て、エリーは目を丸くする。
「私の騎士にその役目を託されることになったのですか?」
事情を全く知らないエリーは当然そう考えた。エリーの名誉を守ろうとソニヤと対峙してくれたサラの勇気は賞賛に値する。女王はサラのその勇気に感動なさったに違いないと。
騎士が森の女王の役割を代行するのはおかしな話だと当然エリーも思ったが、ただ相手がサラとなると話は別だ。腹心の友であるサラになら、エリーはサラの立場が何であろうと誓うつもりでいた。
しかし国王は静かに言う。
「そうではない、エリーよ。サラは森に属する娘なのだ。あの村で其方を守る為に、森の女王が其方の側に遣わして下さった。サラは森の女王の娘なのだ」




