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王様が何を仰っているのか分からない。
エリーが知っているサラは生まれた時からずっと一緒に過ごして来た、気が置けない家族であり友人だ。
サラが森の女王の娘?
サラが人ではなく精霊?
エリーは言葉を失って国王をただ見つめていた。
「サラは戴冠式が終わるまで封印を解かれない予定であったが、その予定が少し早まったらしい。サラの封印は解かれ、サラは精霊の力を取り戻した。戴冠式へは実質、其方の騎士としてではなく森の女王の代行としての出席となる。しかしサラの希望により、この事実は当面の間、伏せておく事になった。だから表向きは当初の予定通り…其方の騎士としての待遇だ」
「では、この事を知っているのは…」
「我々夫婦と重臣達、長の夫婦、そしてケイトとワイルダー公国のクレイ王子だ」
エリーは再び絶句する。
聞き覚えのあるその名は、間違いなくエリーの良く知っているクレイだ。
そう理解した途端、心の隅で燻っていた小さな疑問が解け、そしてそれが切っ掛けとなって全ての疑問が氷解した。
クレイの素性が王子ならば、クレイが狩猟小屋であれだけ優遇されていた理由が分かる。そして、いつもなら気負わず男性と接することが出来る筈のサラが、何故かクレイを避け続けていた理由も。
エリーの気持ちを推し量ってか、国王は穏やかに話を続ける。
「…もともと女王は王冠の契約の儀にサラを同席させるつもりでおられた。しかしサラの封印が解かれた今、戴冠式で時を同じくして王冠の契約を交す方が其方の為にも良いと考えられたようだ。サラの件は正直、我々も驚いている。サラの素性については女王から戴冠式が終わる前の他言を固く禁じられていたのでな。何故、女王が心変わりをされたのかは分からない」
森の女王が心変わりをしたのではない、とエリーは直感的に思った。
いつかサラがしていたイバラの話。
あの時は気付かなかったが、時間が経つにつれエリーもイバラの門の話を思い出していた。思い出した時は王様の領地内だからそのようなことが起きても不思議ではないと軽く考えていたが、あれはサラが精霊の世界に導かれ始めていた兆しだったのだ。
エリーは空を見上げた。
雲一つない青空を、小鳥が囀りながら飛んでいく姿が見える。
「サラは…これからどうするのですか?」
「サラは今まで通り其方の騎士だ、エリー。しかしいずれはサラが森の女王となる」
「サラは森に留まることになるのですか? それとも村に…」
「戴冠式後、サラが村へ帰るかどうかは余にも分からない」
国王の様子からも、本当に突然であったことが分かる。
だとしたら、こうして時間を置かずに話して貰えたことは、エリーにとって喜ばしいことなのだろう。
しかしエリーにはどうしても、喜びきれない部分があった。
「クレイ王子はこのことを…」
「王子は我が国の在り方に理解を示されているよ。森の女王に対して批判的な考えはないようだ。元よりリブシャ王国の民の生活と其方の自然な姿を知りたいからと国賓級の扱いを自ら退け、其方に身分を隠したままあの狩猟小屋に滞在することを望まれたくらいなのだからな。長の娘達が良く尽くしてくれたお陰で王子は其方の普段の様子を知ることが出来て大変満足されていた。狩猟小屋での滞在も大いに楽しまれたようだ。クレイ王子は戴冠式の前日から城に滞在される。その時に改めてゆっくり話すといいだろう。戴冠式が終われば王子はワイルダー公国へ帰国され、次に会うのは婚姻の儀の日だ」
クレイの気持ちなど知る由もない国王は、エリーににっこりと笑いかけた。
国王が今までエリーにそれとなくクレイの様子を尋ねていたり、またクレイがリブシャ王国の政治に妙に詳しかったりしたのはそういう理由だったのだ、とエリーはぼんやりと思う。
だが、肝心なクレイの気持ちがエリーには摑めない。
クレイはエリーに対してとても優しかったが、クレイが本当に好きなのはサラだ。そしてエリーは心密かに、クレイにならばサラを任せてもいいと思っていた。お互いにワイルダー公国の人と縁があることを喜んでいたくらいなのだ。
そこでエリーはあることに気付く。
ワイルダー公国はリブシャ王国との同盟をより強固なものにする為に、唯一独り身である第三王子との婚姻を強く望んでいる。
クレイは本当に良い人で、婚約者として申し分のない王子だ。
クレイならリブシャ王国の政治に理解を示してくれることだろう。同盟国としてお互いの国に利益を齎し、協力して国を発展させていくことが可能だ。王として、夫として国とエリーの為に尽くしてくれるだろう。
だとしたらこの国の王女である自分にとって、これ以上の婚約者はいないのではないのだろうか。
王家の人間は政略結婚を避けることは出来ない。
そしてサラは人として生きる道を選べないかもしれない。
だけど…でも。
エリーはそっと目を伏せた。
サラも多分、クレイのことが好きだ。
今までのサラの心の痛みを思うと、エリーも居たたまれなくなる。いくら自分の急激な環境の変化に追いつくことが精一杯だったとはいえ、サラの気持ちに心を配る余裕が無かったことが悔やまれる。
クレイが私の婚約者であることや、自分が森の女王の娘であることを知って、サラはきっと苦しんだ筈だ。
「エリー」
黙り込んでしまったエリーに、国王は気遣わしげに声をかけた。
「結婚のことについては其方も色々と思うことがあるだろう。しかし、王家に生まれた者としては…其方は寧ろ恵まれている方なのだ」
「…分かっています」
「そうか」
その返事に国王はほっとしたように息を吐くと、城から侍女を従えて歩いてくる王妃様の姿を見つけて再び微笑んだ。
「王妃が来たようだ。菓子を沢山貰ったらしい」
エリーもそのことに気付き、王妃様の為にカップの準備をする。
「お待たせ致しました、王様、エリー。料理長がまた食べ切れないくらいのお茶菓子を準備して下さいましたよ」
にっこり微笑む王妃様に頷く国王の幸せそうな顔に、サラを見つめる時のクレイの表情がふと重なる。
そしてエリーはとうとう悟った。
やはりこの予感は間違いではなかったのだ。クレイの心は完全にサラのものだ。
心なしか手が震え、茶器が小さく音を立てたがエリーは何とか無事にお茶を淹れ終えた。
「ありがとう、エリー」
王妃様にお茶を渡すと、二人に気付かれないようにエリーはそっと溜息を吐く。
そして幸せそうに談笑する二人に、クレイとサラの姿を重ねてみる。
サラが私を思ってくれているのと同様に、私もサラに幸せになってほしいと願っている。
私はサラの為に何が出来るのだろうか。




