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マイリの手を引いて狩猟小屋へ戻ったデラは、どうして庭に全員が出ているのか理解出来なかった。
どう考えても自分達を迎えに出ている訳ではなさそうだ。
それに、この金属音。
聞き慣れた音は間違える筈もない。騎士団では日常的に響いていた音だ。
「サラとクレイが試合をしているのかな」
デラが心の中で思った事を代弁するかのように、マイリがさらりと言う。
近付いて、予想通りの光景を目にしたデラは青ざめた。
「何て事だ…早く止めさせないと」
「どうして?」
「だってサラさんは女性ですよ! 男性とまともに戦うなんて…」
「でもクレイも真剣みたいだよ」
「え?」
マイリにそう言われてデラは初めて冷静になって二人の打ち合いを見た。
確かに王子はいつになく真っ当な剣捌きだ。
体格差と腕力差を考えると明らかにサラさんの方の分が悪いが、ワイルダー公国独自の荒技が出せないとなると王子の方の分が悪くなる。
それにサラさんが手にしている、あの剣。
ワイルダー公国の兵士全てに支給されるその剣は練習用に鍛えられている為、普通の剣より重い。
あの剣を使っているなら王子に剣を折られる心配はないが、使い手の消耗は激しいだろう。王子はそれも考慮に入れて短時間で決着を着けるつもりだったのだろうが、サラさんの応戦に意外に苦戦しているようだった。
そもそも王子が使っている剣自体が、かなり重いのだ。案外これは王子にとって分の悪い勝負なのかもしれない。
だとしたら、王子は本気だ。
二人を見つめているデラに、マイリは不服そうに呟く。
「サラは普段はもっと、動きが綺麗なんだよ」
「ええ、分かります。今でも綺麗ですよ。ただ、サラさんにとってあの剣はかなり重いのでしょう。あまり自由に動けないみたいですね。クレイ様は腕力のある方ですし、サラさんは攻撃を受け流すだけでも大変な筈です。時間がかかる程、サラさんには不利になりますね」
「あら。デラ、マイリ、お帰りなさい」
二人の帰宅に気付いたセレナが振り向き、微笑んだ。
「ただいま帰りました」
その声に気付いたケイトとジェスも二人に口々にお帰り、と言うが、すぐに打ち合いの方へ視線を戻してしまう。
セレナは目の前の出来事よりもマイリの方が気になっていたらしく、駆け寄ってきたマイリの頭を優しく撫でた。
「どうしてクレイとサラが試合をしているの?」
「クレイからの申し出よ。一度手合わせをしてみたかったんですって。マイリがサラの自慢ばっかりするから」
冗談めかしてそう言うセレナに、マイリは「だって本当のことだもん」とむくれる。
「でもね、セレナ。クレイは本物の騎士でしょう? サラよりずっと強いのに、どうしてサラと試合がしたいのかな」
「そうね…。私達がクレイに、サラの稽古をつけてほしいって願っていたのが通じたのかもね。あの腕を眠らせるのは勿体無いもの」
もう一度サラの動きを見つめ、デラはセレナに尋ねる。
「確か村で一番の剣士なんですよね、サラさんは」
「ええ。サラが強くなるまでは、父が一番強かったのよ」
「そうなんですね…道理で。誰に習っていたのかと思いました」
「どうして?」
不思議そうなセレナに、デラは微笑んだ。
「クレイ様がなかなか勝敗を決する事が出来ないのは、サラさんの動きに無駄な所がないからです。隙を作らない、リブシャの騎士の典型的な剣捌きですね。近隣の国の中でもリブシャ王国の剣士の剣捌きは、大変美しいと言われているんですよ。我々から言わせると、実戦向きではないということになるんですが。だからマイリが自慢するのも分かります」
デラの言葉を聞いたマイリは満足そうに頷くと、嬉しそうにセレナを見上げた。
「ただ…」
「ただ?」
「我が国の騎士団長と対等に渡り合える実力を持っていらっしゃるクレイ様とまともに戦おうとなさるのは、いくら何でも無謀かと…」
「騎士団長ですって?」
セレナは驚いて打ち合いをしている二人を見る。
「やだ…私、クレイがそこまでとは…」
「ですがクレイ様もサラさんを甘く見すぎていたようですね。早く決着するためにあの剣を渡したようですが、却って苦戦することになったようです。そろそろお互いに限界でしょうから、止めさせないと」
「止めさせる、ってどうやって…」
「簡単です」
デラはそう言うと、金属音を響かせている二人の所へつかつかと歩み寄った。
「クレイ様。今日はもう、そのくらいで。サラさんが疲れてしまいます」
徐にそう言うデラの言葉に、クレイははっとしてサラを見た。そしてお互いに汗だくで息があがっている事を認めると、驚く程あっさりとクレイは剣を引いた。
「…そうだな。ありがとう、サラ。楽しかったよ」
その引き際の潔さに、サラは呆気に取られてデラを見る。
「我々は徒に体力を消耗するだけの練習は好まないんですよ。持久力ではどうしてもサラさんが不利になってしまいますので、このあたりで引き分けということにしましょう」
デラはそう言ってサラに手を差し出した。剣を渡すように、という意味であることに気付いたサラは、その剣をデラに返す。
「こんなに重い剣で練習をしているなんて。ワイルダー公国の兵士は強いはずね」
「サラさんこそ。クレイ様をここまで手こずらせる事は、私でもなかなか出来ません。…それから、クレイ様の名誉の為に申し上げますが、クレイ様は遊び半分で剣を握られる方ではありません。サラさんに敬意があるからこそ…」
「デラ」
デラの言葉を遮るようにクレイがデラの名を呼ぶと、デラは小さく肩を竦めた。
「はい、クレイ様」
「湖に水浴びに行ってくる」
「分かりました。着替えをお持ちします」
そう言うデラに剣を預け、クレイは愛馬に跨がった。
クレイを見送って振り向いたケイトは、サラににっこりと微笑む。
「いい試合だったわよ。サラ、お疲れ様。あなたにはお湯を準備するわ」
「ありがとう、ケイト。…デラ、お願いがあるんだけど」
「はい」
「クレイの剣を持たせてくれる?」
「いえ、これは…女性が持てる重さでは」
躊躇するデラから半ば強引に剣を受け取り、サラは溜息を吐いた。
「手加減、ね…。本当にその通りね」




