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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第四章 明かされた秘密
56/111

9

 泣いていたらどうしよう、と思いながらデラはマイリの小さな姿を追った。

 その小さな体ではそう遠くまで走れるはずもなく、マイリは裏庭の洗濯物が干してある場所まで着くと肩で息をしながら、へたりと座り込む。

「マイリ。大丈夫ですか?」

 春風にゆらゆらとはためく洗濯物をゆっくりと潜りながら、デラはマイリに近付いた。

 しかしどこまで近付いていいのか距離を測りかね、デラは少し離れた所で止まるとそのままマイリの背中を見つめた。

「泣いてないもん」

 尋ねていないのにいきなりぽつりとそう言うマイリの声は鼻声だ。

 後ろ姿とはいえ、明らかに涙を拭っている姿にデラの胸は痛んだ。

「すみません。竜の話をせがんだりして。午前中にずっと話をして疲れていたのに」

「デラは悪くないもん!」

 慌てて振り向いた瞳は真っ赤に充血していて、デラはますます申し訳ない気持ちになる。

「…だれも悪くないもん。お話が少し違っていただけだよ。続きはケイトに聞いて」

「私はマイリの話を聞きたいんです。きっと、マイリの話の方が楽しいと思います」

 マイリは驚いてしばらくデラの顔を穴が空く程じっと見つめると、疑わしそうにデラに尋ねた。

「…本当?」

「本当です。そういった話は、もっと面白くする為に変わっている筈ですから」

 デラがそう言うと、マイリは心から嬉しそうにぱあっと笑った。

「竜の話はマイリが大好きな話なの。父さんがいつもしてくれたの。マイリ、そのお話を聞く時はいつも、騎士はサラでお姫様はエリーだと思って聞いていたんだよ。お姫様が王様だったら、お話がちっとも面白くないもの」

 成程、それでサラさんにああ言われてマイリは落ち込んだのか。

 原因についてやっと腑に落ちたデラは、くすりと笑ってマイリに手を差し出した。

「さぁ立って、マイリ。そのお話は別の場所で聞きたいです。綺麗な花畑をこの近くで見つけたんですよ」

 マイリは素直にデラの手を取って、もう片方の手で涙に濡れた頬をごしごしと擦った。

「花畑?」

 デラは優しく頷く。

「馬に食べさせる草を探していた時、偶然見つけました。マイリの好きな綿の花(コットンフラワー)より劣るかもしれませんが、きっと気に入ってくれると思います。良かったら花冠の作り方も教えて下さい」

 歩き出しながらデラがそう言うと、マイリは少し迷うような顔をした。

「花冠はサラの方が…」

「得意な人からではなく、私はマイリに教えて欲しいんです」

 デラが微笑むとマイリも笑顔になった。

「うん。それならいいよ」

「マイリには色々なことを教えてくれるお姉さんがたくさんいていいですね」

「うん。お勉強はケイトが教えてくれるし、刺繍はセレナとジェスでしょ。お菓子作りもジェスでしょ。サラやエリーはおうちやお外で色んな遊びを教えてくれたの。そういえば、デラの家族は?」

 デラは遠くを見るように空を見た。晴れやかな春の午後の、美しい青空が遠くまで広がっている。

 この国で一番美しいと言われている季節にここへ訪れることが出来たことを、デラは心から感謝していた。

 あのまま、あの荒れた地に留まっていたら今の自分どころか、生きていられたかどうかも怪しい。

 こんなに穏やかで平和な土地もあるのだと、殺戮とは無縁の世界で生きている人々もいるのだということを知ったデラは、少し前まで抱いていた厭世的な気分が薄れていくことに自分でも驚いていた。

「私の家族は、もうこの世にはいません。家族のように接して下さるのは、クレイ様だけです」

「クレイの家族は?」

「クレイ様のご兄弟はもう結婚されていて、そしてご両親はとても忙しい方達です。皆さんがご一緒にいらっしゃる時間はとても少ないですね。だから…こう言うのは恐れ多いですが、クレイ様は、私にとって兄のような方です」

 マイリは何も言わずに、デラの手をきゅっと強く握った。その励ましを嬉しく受け止めて、デラもマイリの手を握り返す。

「あのね、デラ」

「はい?」

「さっき泣いていたこと、みんなには言わないでね。ここに来る前、父さんにここでは泣かないって約束したの。約束を破ったら、狩猟小屋からすぐに村に帰ってきなさいって父さんに言われてるの。マイリはもう少しみんなとここにいたい」

「分かりました。約束します」

 握った手を緩く繋ぎ直して、デラは花畑までの道をゆっくりと歩いた。


「これはデラの練習用の剣だ。刃は潰れているから、遠慮なく使っていい。君に譲った剣は軽いけれど、僕の剣を受け止めるには華奢すぎるからこっちを使ってくれ」

 部屋から出て来たクレイから受け取った剣は父親の剣よりもやや軽く、そして傷だらけだった。

「すごい傷…」

 驚くサラに、クレイはどこか自慢げに言う。

「ああ見えて、デラは騎士団長の秘蔵っ子だ。僕の護衛に配属されるまでは騎士団の奴等に鍛え上げられていたんだ」

 どう見ても剣以外のものを受け止めて出来たであろう傷もちらほらある。普通の剣なのに、ここまで刃が欠ける程打ち合っていることもサラには驚きだった。

 そのサラの心を見透かしたのか、クレイは付け加えた。

「僕達から言わせれば、他国の騎士達は本当の意味での剣の達人ではない。競技としてなら通用する強さかもしれないが、型が美しいだけでは戦に勝てないからね。自分が剣を持っているからと言って、相手も必ず剣で戦ってくれるとは限らないだろう? だから、君に渡した剣でも戦うことは可能だけど、あれはあくまでも護身用だ。敵に勝つ為の剣じゃない」

「私が勝つはずがないと思っているのね。女ですものね」

「手加減はするけど、真剣にやるよ」

 庭に出ると、二人の登場を待っていたケイトとセレナとジェスが「サラ、頑張って!」と黄色い声をあげる。

「では」

 クレイに促されてサラも剣を構える。

 お互いに剣の切っ先を合わせる「始め」の合図の一拍後、二人は剣を交え始めた。

 本物の騎士と同等、もしくはそれ以上の実力者と剣を交えているサラが心配なのだろう。空に響く金属音に混じって観客が息を飲む音が時折聞こえ、見ている三人の緊張がサラに伝わってくる。

 実際、サラにもクレイがだいぶ手加減をしていることが分かる。

 クレイが本気で戦ったら、どれだけ強いのだろう。王子なのだから、然るべき指導者から鍛えられている筈だ。

 そう思いながら、時折攻撃的になるクレイの刃を躱し、サラは自国と違う剣の流儀を持つ相手に挑んでいく。

 クレイにそのつもりはなくとも、リブシャ王国の剣を競技扱いされたくはない。サラとて、女だてらに遊びで剣を習ったのではない。サラにはちゃんと守るべきものがあり、強くて逞しいリブシャ王国の剣士に子供の頃から憧れを抱いてもいたのだ。

「サラ、今この瞬間に考え事はナシだ」

 渾身の力を込めた筈なのに軽く受け止められ、あまつさえ苦言まで呈されてサラは面食らう。

「こちらから真剣にいかないと駄目か? マイリの話では、君はもっと素晴らしい騎士のはずだ」


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