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重い気分でサラと別れてクレイの部屋の前に着いたケイトは、そっと覗いた扉の隙間からマイリがデラに話す様子を聞いて微笑んだ。
「だからね。本当は、精霊はどこにでもいるの。人間の前にはなかなか姿を現さないし、人間も見ようとしないから見えないんだよ。きっとワイルダー公国にも精霊がいるよ」
「ですが我が国は山はあっても、リブシャ王国ほど緑が豊かな土地ではありません。やはり精霊は森に沢山いるような気がします」
「緑じゃなくても…。そうだ。水は? 川や湖とか」
「水の精霊、ですか…。川は多いですね。ただ、川の伝説は精霊より妖魔の話を良く聞きます」
「それだよ。やっぱりワイルダー公国にも精霊の伝説があるんだね。妖魔も精霊も、もとは一緒だって父さんが言ってた」
さらりと言ったマイリの一言にケイトは衝撃を受ける。
妖魔と精霊が、もとは一緒?
幼い頃に父からそんな話を聞いたことがあったかどうか、ケイトは懸命に思い出そうとした。
しかし思い出す幼い頃の記憶は、いつも姉妹五人で賑やかに過ごしていたことばかりだった。
一つずつしか年の差のない四人の妹達の長姉として長く過ごしてきたケイトは、父や母と何か話していた記憶よりも、妹達の世話を焼いていた記憶の方が多い。
当時の父は村長になりたての頃だったから、忙しくて自分達と一緒にいられる時間はそれほど多くなかったような気がする。マイリは父が村長の仕事に慣れてだいぶ経った頃に生まれているから、父も余裕が出来たのか、仕事の合間に良く相手をしていた。だから、自分を含めた五人よりもマイリが父と一緒にいる時間はずっと長い。だから、私達に比べて色々な話を聞く機会もずっと多い筈だ。当然、自分達が知らない事まで。
「一緒、ですか?」
ケイトの気持ちを代弁するようなデラの問いかけに、ケイトはつい聞き耳を立てた。
「精霊と妖魔は、どう区別されるのですか?」
その質問にマイリは淀みなく答えた。
「妖魔は精霊よりもずっと人間に近い存在なんだって。でも精霊が人間に近付き過ぎるとどうしても良い影響よりも悪い影響を多く与えてしまうから、精霊と呼ばずに妖魔と呼んで警戒するようになったんだって」
「悪い影響って、どんな?」
「火事とか、水害とかだよ。危険だって言われているものはみんな妖魔のせいになっているの」
「確かに、妖魔の伝説ではそういう話が多いですね。でも、それでは妖魔と呼ばれる精霊が可哀想ですね」
「うん。マイリもそう思う。父さんもね、人間が精霊の過ごす場所を少しずつ奪っているのに、一方的に精霊を責めるのは勝手過ぎるね、って言ってた。だからリブシャ王国は森や自然を大事にして、お互い豊かに暮らしていくことを一番としているんだって」
「精霊と人間が近付き過ぎると災いを起こすから精霊を排除しようという考え方とは違うんですね。リブシャ王国は排除ではなく共存を選んで、現在の繁栄を誇っているのですね」
感心した様子でマイリの話を上手に聞くデラに、ケイトは心の中で舌を巻く。
マイリからデラに伝承について説明してもらえないだろうか、とクレイに頼まれた時、それが一体何になるのだろうとケイトは思った。しかしこうしてマイリに話させてみるとケイトすら知らない話がどんどん出てくる。
デラも街で色々な話を聞き集めているらしく、マイリの話に否定的な様子を見せるどころか適宜に質問を挟んで理解を深めようとしている。
それにしてもマイリがこんなに雄弁に語れるなんて。
ケイトはマイリのその姿に感動を覚え、思わず目頭が熱くなった。
「あら、ケイト」
部屋の中にいたジェスがケイトに気付いてドアまで来る。
「…どうして泣いてるの?」
驚いて目を丸くするジェスに、ケイトは恥ずかしそうに照れ笑いした。
「マイリが話しているのを見たら、何だか…」
「まるで母親ね」
ジェスが呆れたように、でも微笑ましそうにケイトの手を引く。
「私も知らない話を、マイリは沢山知っているのよ。お昼までもう少し時間があるでしょう? ケイトも一緒に聞きましょう」
「そうしたいけど、セレナが一人で準備することになっちゃうから手伝わないと。お昼の準備が出来たら呼びに来るから、みんなはここにいてね」
「そう。残念。面白いのに」
本当に残念そうな様子のジェスにケイトは微笑む。
「後でどんな話だったか教えてくれる?」
「いいわよ」
「じゃあ」
ケイトはそう言って調理場に向かった。廊下を歩いている間、マイリの声に和やかなクレイとデラの笑い声が時々混じるのが聞こえる。
…それにしても。
マイリに二人の出発についてどう伝えたらいいのだろう、とケイトは再び頭を悩ませ始めた。
そしてサラのことも。みんなにどう伝えればいいのだろうか。
ケイトが調理場に行くと、セレナは既に昼食の準備を始めていた。
「サラは何て?」
「いいって言ってくれたわ。食糧庫を見ておくって」
「良かった。クレイもきっと喜ぶわ」
鼻歌混じりにスープの鍋を掻き回すセレナに、ケイトはおずおずと切り出す。
「あとはジェスとマイリにどう伝えるか、なんだけど…」
「今夜の夕食の時でいいんじゃないかしら。クレイから言ってもらえば」
「そう…ね」
廊下で鬱々と悩んでいたのは何だったのだろう、というほどあっさりとセレナに解決策を出され、ケイトは拍子抜けした。
「夕方までならクレイを説得出来るでしょ?」
「やっぱり私が言うの?」
不平そうなケイトにセレナは口を尖らす。
「だってクレイから口止めされていたのは私じゃなくてケイト、あなたよ。私からクレイに言うのはおかしいでしょう? それに、他にも私達に何か隠しているみたいだし。…まぁ考えがあってのことだろうから、話してくれるまで待つけど。時期が来たら、ちゃんと話してくれるのよね?」
自分でスープの味見をしてから、セレナはケイトの為に味見用の小皿を差し出した。
「今回はケイトの好きな味付けにしてみたの。どう?」
「美味しいわ…」
その言葉にセレナは満足そうに微笑んだ。
「私、ちゃーんと話聞くから。ケイトが色々大変なのはみんな分かっているわ。だけど、もう少し肩の力を抜いてみて?」
「ありがとう。セレナ…」
子供の頃からケイトが大好きだった、母親がよく作るスープとほぼ同じ味にケイトの目頭はまた熱くなった。




