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すらりと剣を抜き、刃の光を暫く眺めていたサラは小さなノックの音に気が付いて、すぐに剣を鞘に戻した。
扉を開けるとケイトがそこにいた。
「どうしたの? ケイト」
「あなたには早目に知らせておこうと思って。クレイが明後日の朝、ここを発つわ」
サラは特に驚く様子もなく、冷静にケイトを見返した。セレナはああ言ったけれど杞憂だったのだ、とケイトは少しほっとする。
「それで…」
話を続けようとするケイトをサラは遮った。
「予定より早くお城へ?」
「いいえ。一旦城下町に滞在して、そこからお城へ向かうみたい」
「そう…」
少し考え込むような様子のサラを見て、やはりセレナの判断は正しかったようだとケイトは思った。
ケイトは次の話を切り出すタイミングに迷う。
「ごめんなさい、ケイト。それで?」
少しの沈黙の後にサラに促されて、ケイトは話を続けた。
「それで、セレナが今夜と明日はお国の料理を出してあげようって言うの。私もいい考えだと思うわ。肉料理が多くなるから、あなたに任せたいと思うんだけど…いいかしら?」
「いいわ」
快諾してくれたサラにケイトは微笑んだ。
「ありがとう。お昼の下拵えはもう終わっているから、夕食の準備からお願い。食糧庫の下見をしておいてくれる?」
「分かったわ。後で見ておく」
「あ、それから」
一旦食堂へ向かおうとしたケイトは、何か思い出したように振り返ってサラに尋ねた。
「ジェスとマイリはどこ? 二人一緒なのよね」
「ええ。二人ともクレイの部屋にいるわ。デラがリブシャ王国の伝承に興味があるらしくて、マイリが先生になって教えているのよ」
そう言うサラは何か思い出したのだろう。少し可笑しそうに笑ってケイトに言う。
「ちっちゃなケイトみたい、ってジェスが言っていたわ。見に行ってみたら?」
「どういう意味よ、それ」
「デラに説明する時の話し方がケイトにそっくりなんですって。人に教える時はそう話すものだと思い込んでいるみたい、ってジェスが笑ってたわ」
「行ってみる」
そう言って本当に部屋を去ろうとしたケイトをサラが引き止めた。
「待って、ケイト」
「え?」
振り返るとサラが真面目な顔をしてケイトを見つめている。
「どうかした? サラ」
「ケイト。その…クレイから聞いて、知っているんでしょう?」
「何を?」
「私がイバラの門を越えたこと…。森の女王に会ったことよ」
一瞬ケイトは誤魔化そうと考えたが、考え直して頷いた。サラが既に精霊の力を得ているのならソニヤと同様にサラも人間の嘘を見抜き、結果、サラに不信感を抱かせるだけになると思ったからだ。
「聞いたわ、クレイから。あなたがイバラの中に入った後、イバラごと掻き消えたってクレイはすごく取り乱していた。あなたに害が及ぶんじゃないか、ってとても心配していたの。私はすぐにイバラの話を思い出したから安心したけど、クレイはワイルダー公国の人だからどうしてもあなたの無事が信じられないみたいで。安全だと説き伏せるのが大変だったわ」
「それで、ケイトもクレイももう…知っているのね?」
ケイトが再び頷くのを見ると、サラは小さく溜息を吐いた。
「ケイトはいつから知っていたの? 私のこと」
「村を出発する直前よ。父さんから聞いたわ」
「今のところそれを知っているのは、ケイトとクレイだけね?」
「それとデラ。他のみんなはまだ知らないわ。今は言うべき時期ではないような気がしたし、それに、やっぱりあなたからみんなに言った方がいいと思って」
その言葉を聞いたサラは微笑む。
「色々気を遣ってくれてありがとう、ケイト。デラが急にリブシャ王国の伝承に興味を持った理由もこれで分かったわ」
「デラは別に興味本位で知りたがっている訳じゃ…」
「クレイの命令なのは分かっているわ。それに、デラがマイリに伝承について尋ねていることを知って、ふと子供の頃に聞いた話を思い出したの。イバラの門は森の女王が愛する特別な薔薇の蔓と棘で出来ていて、人間がうっかり入り込まないように堅牢な造りになっているって話。私、実はあの前の日からイバラの門を見つけていたのよ。想像していたものとは全く違っていて、禍々しさすら感じたわ。そしてただ怖いと思っただけで、全然、その話を思い出せなかった。不思議ね。最初にケイトにイバラの話をしていたら、すぐに伝承の門だと気付いたのに」
その場面を想像して、ケイトは苦笑いする。やはり物事は起こるべくして起こったのだと。
「もし私に真っ先に話してくれていたとしても、そしてそれがイバラの門だと気付いていても…私にはイバラの話を教えることが出来なかったと思うわ。せいぜい近付かないように、と注意するだけで。もし話したらあなたの封印を解く虞があったから」
「エリーはまだ、知らないのかしら…」
サラはぽつりと言う。もしかしたら国王はもう知っているかもしれない、とケイトは思う。国王がエリーに知らせるかどうかは別として。
「私もエリーもイバラの話のことをすっかり忘れていたなんて、それも不思議ね。みんなはすぐに思い出せていたみたいなのに。それに…森の女王が、私はこんなに早く女王の許を訪れる筈ではなかった、と仰っていたわ。戴冠式が終わるまで、私に時間を与えてくれていたと。私にはまだ、イバラの戒めを解く力は無かった筈だと」
「イバラの戒め?」
その言葉に違和感を感じたケイトが聞き返す。
「ええ。女王様もソニヤも、私が予定より早く女王の許を訪れたのはフローラが私に与えた力のせいだと言っていたわ」
戴冠式まで封印を解くことを固く禁じていた筈の女王が予定より早くサラの封印を解いたことは、ケイトにとっても納得がいかないことだった。しかし女王にとっても予定外のことだったのだ。
だったらどうして、サラは予定よりも早く女王の許に訪れることが出来たのだろうか。
「サラ。あなたがフローラから与えられた力って、勇気と力、だったわよね。門を通るのに腕力が必要だったの?」
「いいえ。イバラは自ら私を受け入れてくれたわ。必要だったのは飛び込む勇気で…」
「どうしてあなたは前日まで禍々しいと感じていたものに飛び込もうと思ったの?」
ケイトにそう言われてサラは黙る。
全てを説明する為には、湖で起こった事を話さなければならない。
初めてクレイに出会った時の出来事や、湖でクレイに告げられたこと。その後に起きたこと。そしてクレイから逃げ出したことまで。
サラの沈黙で、ケイトはその殆どを理解したようだった。
「ずっと不思議だったのよ、サラ。クレイはあの時、必要以上に責任を感じていると思っていたけれど…実はクレイにも責任の一端があったのね」
「ケイト」
サラは覚悟を決めたようにケイトの瞳を真っ直ぐ見つめた。
「話しておきたいことがあるの」




