18
狩猟小屋に戻ったクレイはケイトを探して食堂に向かった。
この時間は大抵、セレナと夕食の準備をしている筈だ。
予想通りにケイトは調理場でセレナと何やら話している。
「ケイト」
「あらクレイ。どうかした?」
「ちょっと話があるんだ」
「いいわ。じゃあセレナ、後でまた」
「分かったわ、ケイト。ところでクレイ、サラがどこにいるか知らない? エリーを見送ったきり、帰って来ないのよ」
「サラは…」
ここでセレナとケイトに全てを言うべきか、クレイは逡巡する。
「クレイ、何か知っているの?」
しかし穏やかなセレナの笑顔を見て、クレイは今は言うべき時機ではないと判断した。
「まだ森にいる。…もう少ししたら、帰って来ると思う」
「そう。やっぱり他の果物を探しているのかしら。だとしたら、しばらく帰って来ないわね」
セレナはそう言って夕食の準備に戻った。調理場から食卓へ来たケイトが微笑みながらクレイに尋ねる。
「何の話? クレイ」
「…ここではなく、別の場所で」
ちらりとセレナを見たクレイを見て、ケイトは声を潜めた。
「何か込み入った話?」
「はい」
「…少し埃っぽいけど、使っていない空き部屋でもいい?」
「そうして貰えると助かります」
クレイはほっと息を吐いた。
ケイトは居住に使っている部屋とは反対側の、おそらく王の使用人達が休憩用に使うと思われる部屋へクレイを連れて行った。
「ここならマイリも来ないわ。今、ジェスが刺繍を教えているところなの。エリーのドレスの刺繍を真似したいんですって」
ケイトはそう言いながら窓を開けて戸口との間の空気の通り道を作る。そしてケイトはそのまま窓枠に凭れ、部屋にたったひとつ置いてあった簡素な椅子をクレイに勧めた。
クレイは促されるままその椅子に座る。
「サラのことね?」
唐突に言われ、クレイはこの姉妹はやはり人の心が読めるのだ、と思った。
「どうして分かるんだ?」
驚きで目を見開くクレイに、ケイトはくすくすと笑う。
「あなたが分かり易過ぎるのよ、クレイ。もっともサラもエリーも、年頃の癖にそのあたりのことについては恐ろしく鈍感なんだけど。デラの方がよっぽど勘が良いわ」
デラについてはケイトもクレイと同じように思っているのだろう。後半の台詞は溜息混じりの苦笑いだった。
「でもここ最近はサラも反省して、あなたに優しくしようとしているのは伝わっているでしょう? 今日も、あなたの国の料理を作る為の果物を探しているみたいだわ」
「僕の国の?」
クレイが聞き返すと、ケイトは頷いた。
「肉料理に干した果物を使うという話を聞いて、新鮮な果物ではどうかと思ったみたいね。木苺以外の果物も見つけてきてくれているの」
調理場で二人が覗いていた籠のことを思い出し、クレイは言葉を失う。
「僕達の為に…」
「昨日もね。実は木の実を探しに森を探検してくると言ったのはそのせい。あなたがサラの行動は無謀だと思うのは無理もないわ。私も個人的には反対だもの。でも、あの子は昔から森で遊ぶのが好きだったから、城下町を一人で歩かせるよりは森にいてもらった方が私としても安心なのよ。それに、私が止めても結局行っちゃうだろうし」
「…ケイト」
クレイが口を開いたのを非難だと捉えたのか、ケイトは慌てて付け加える。
「だけど、あなたから貰った剣を持って行くことを条件に、決して無理はしないようにって言い含めたのよ。それに昨日は少し迷って怖い思いをしたみたいだから、さすがに今日はもう無理はしないと思うわ。ちゃんと剣を持って出掛けているし」
護身用だと渡した剣を、あの時サラが持っていたことをクレイは思い出す。あれを取り上げようとして…。
クレイは奥歯をきつく噛んだ。
「…違うんだ、ケイト。サラが消えた」
絞り出すかのようなクレイの声音に、ケイトは眉を顰める。
「え?」
「サラが森で消えた。探し出すにはどうすればいいか、もし知っているのなら教えて欲しい。エリーがいないとサラを探せないのなら、城へ行ってエリーを呼んで来る。昨日、サラを探しに行く時にエリーを一緒に行かせたのは、その方がサラが早く見つかると知っていたからだろう?」
「クレイ、言っていることがよく分からないわ。サラが消えたってどういう事?」
少し青ざめたケイトがそれでも落ち着いた口調でクレイに尋ね、クレイはケイトのその態度にやや落ち着きを取り戻す。
「サラが森のイバラの中に入って、消えた。イバラごと」
「…どういう事?」
「こっちが聞きたい。僕がイバラを分け入ろうとしてもびくともしなかったのに、イバラはサラを隠したまま僕の目の前から消えた。あれが精霊の力なら、ケイト、君は何かを知っている筈だ。ここが王の森だから、森の女王と何か関係があるのか? それともリブシャの民にとって、こんな事は日常的な出来事なのか?」
ケイトは暫く黙って考えていたが、やがてはっとしたような表情になった。
「そんな…早すぎる…」
その言葉に、クレイは弾かれたように立ち上がり、ケイトの両肩を摑む。
「教えてくれ、ケイト。何を知っている? サラは無事でいるのか?」
「この森の中にいるなら、無事だと思うわ…」
しかしそう言うケイトの表情は冴えない。
「まさか、サラの身に何か危険が…」
蒼白になったクレイを見て、ケイトは深い深い溜息を吐いた。
「あなたはそれが一番心配なのね、クレイ。安心して。サラは安全な場所にいるわ」
「どうしてそんなことが分かるんだ」
尚も食い下がるクレイに、ケイトは苦笑いした。
「少しは私の話を信じて欲しいわね。他国の人達には信じ難い話だということは良く分かっているけど、知りたいから訊きに来たんでしょう? 森にイバラが現れることは滅多にないけど、時折そういうことがあるという話は知っているわ。イバラは森の女王の住処へ続く扉なの。つまり、あの子は今、森の女王の処にいるのよ」




