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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第三章 解かれた封印
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19

 女王の前に出るには、今の自分の姿はあまりにも見窄みすぼらしいということにサラは気付いた。

 折しもエリーの正装を見たばかりであった為に、ますますその気持ちが強くなる。

 クレイから逃げている間に普段着の簡素なドレスのあちこちがほつれ、傷の癒えた袖の部分は大きく切り裂けていた。

 …せめて成人式の時の正装であれば、女王にも失礼だと思われなくても済むのに。

 サラは心の中でそう思ったが、もし今ここに新しいドレスがあったとしても悠長に着替える時間などソニヤが与えてくれるとはとても思えなかったので、その思いは心の中に仕舞っておくことにした。

 サラを導くソニヤの後ろ姿を眺めながら、サラはソニヤの言葉を頭の中で反芻していた。

 予定より早くなったが、まあいい、とはどういう意味だろう。

 まるで私がここを訪れる事は既に決まっていた事のように聞こえる。

 イバラが私の侵入を許した、とか、イバラが私を傷付ける筈はない、とも言っていた。

 確かにイバラに触れようとした途端に、優しく包み込まれたような感触があった。

 あの時の私は私を傷付ける為だけにイバラに飛び込んだようなものだったのに、あの優しい感触に包まれたお陰で、ささくれ立っていた気持ちはすっかり凪いでいた。

 優雅な庭園を通り抜け、長い渡り廊下を歩くうちに、サラは女王の城の美しさに魅入られる。

 庭園は春の花が咲き乱れていたが、城内は見た事がない美しい花で飾られていた。

 どこか懐かしいようなその香りと色合いに、サラは心を奪われていた。

「ソニヤ。お城の中のこの香りは…花の香りなの?」

「そうだ。城内は女王が最も愛されている花で埋め尽くされている。花の女王からの贈り物だ。…懐かしいか?」

「え?」

 サラは聞き返したが、ソニヤは何も答えない。

「ソニヤ。あの…」

 サラがもう一度尋ねようとした時、ソニヤは立ち止まった。

「ここからは其方そなたが一人で行くが良い。私はここで待つ」

 そう言ってソニヤは重厚な扉を開けた。サラは目の前に開けた新しい景色を固唾を呑んで見つめた。


 謁見室のような部屋はリブシャ王国の城と同じく、荘厳で美しかった。

 サラはその奥にいる人物に目を奪われていた。

 遠くから眺めれば、エリーと見間違えるほどの美しい金色の髪。しかしその豊かな髪は波打つように流れいて、背丈と同じ程の長さがあるようだった。

 そしてその瞳も、ほぼ金色に近いはしばみ色だった。

 なんて美しいんだろう。

 妖精や精霊は総じて美しいものだけれど、ここまで美しいなんて。

 すっかり心を奪われて、サラはただじっと女王を見つめる。

 神話に出てくる女神のように典雅なドレスに身を包んだ女王は、ソニヤによって閉じられた扉の前で立ち尽くしているサラを見て静かに言った。

「サラ。こちらへ」

「はい」

 サラはおずおずと女王に近付いた。そしてサラがやっと思い出したように少し距離を置いて女王の前に跪くと、女王は椅子から立ち上がって跪くサラの前に立った。

「顔を上げなさい、サラ」

 その優しい声に、恐れ多く思いながらもサラは顔を上げる。

 自分と同じはしばみ色の瞳と目が合って、サラは不思議な気持ちになった。

「戴冠式まで時間を与えていた筈なのに…イバラいましめを解く力を得たのですね」

 そう言う女王の声はどこか残念そうで、サラは驚いた。ソニヤの口調もそうだったが、女王の口調もサラが時を置いてここを訪れる事になっていたと言わんばかりだ。

「女王様。そんな力は私にはありません。私はただ、偶然イバラに飛び込んで…」

「偶然でここへ訪れることは出来ません。ソニヤの言う通り、花の女王の娘フローラ貴女あなたに与えた力の影響なのでしょう。もしくは…いえ、この話はもっと後にしましょう。とにかく貴女あなたは、戴冠式が終わった後にここへ来ることになっていました」

「でも本当に私は…」

 女王は屈むとサラの手を取り、そのままサラを立ち上がらせてじっと見つめた。

「女王様?」

貴女あなたが何も知らないのも、無理もありません。わたしが皆に口止めをしたのです。戴冠式前に貴女あなたにかけた封印を解くことを固く禁じました。それまでは普通の人間の娘として、あの村で楽しく暮らして欲しかったのです」

「女王様。何を仰っているのですか?」

 サラはすっかり戸惑って女王を見る。しかし優しく握られている手を振り解くことも出来ず、ただ困惑した表情を女王に向けることしか出来なかった。

「サラ。あなたはおさの…人間の娘ではありません。エルマ皇女を護る為に一緒に村長むらおさに預けられた、わたしの大切な娘です」

 そう言って女王はふわりとサラを抱き締めた。

「会いたかった…サラ。こんなに大きく、美しく育って…。いつも貴女あなたを森の中で見守っていました。こうして会える日を心待ちにしながら」

 自分を包む花の香りと柔らかい感触に、サラはただ身を委ねていた。

 驚くべき内容なのに、どこかで納得している自分がいた。

 花の歌が聞こえたり、草木が語りかけてくれたり、森の中にいると安心出来た理由がやっと分かった気がする。

 そして自分だけ他の姉妹と髪の色や瞳の色が違う理由も。

「私が女王様あなたの娘…?」

「そうです、サラ。勇気あるわたしの娘。今ここに、あなたの封印された能力ちからを解きます」


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