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昨夜セレナが試しに作ってみたワイルダー公国の郷土料理を食べて、サラはあることを思いついた。
セレナとケイトに作り方を教えていたデラが「我が国では限られた種類の生の果物しか手に入らないので、代わりに干した果物をよく使うのです」と言っていたが、では生の果物を料理に使ってみてはどうだろうか。
昨日のこともあったので、サラは湖から遠く離れた森を歩いていた。ケイトに言われるまでもなく、クレイから貰った剣を携えて。
空は綺麗に晴れて、リブシャ王国の春を象徴するような、麗らかで気持ち良い天気だった。
草木のお喋りは普段通り聞こえるし、時折美味しそうな木苺も見かける。もともと湖の方向は木の実や果実が少ないのかもしれない。それならばこちら側で木の実を見つけることが出来るのかも。
ただ、どうして昨日はあちらの方向に導かれてしまったのかが分からなかった。森の女王に近い森だから女王の力が強すぎて、いつものようにいかないのだろうか。
昨日の出来事でサラは自分の能力を過信してはいけないということを学んだ。
街中や城ではなく、森の中で迷ってしまったことがサラにこの事実を真摯に受け止めさせた。植物達の声がいつも聞こえる場所で育ってきたせいで、外の世界で迷子になる筈なんてないと思っていた自分の考えの甘さや、たった独りになってしまった時、他の誰の助けも望めない時、そのような状況で自分の身を守ることがいかに大切で勇気が要ることかということも知った。
サラは手にしている剣の柄を、ぎゅっと握る。
昨日ケイトにはああ言ったけど、この鞘を抜かないで済むようにいられる自信が今は揺らいでいた。
あの時は恐怖のあまり剣を抜くことすら思いつかなかったが、もし思いついたとしても、ただ闇雲に振り回すだけだったのかもしれない。
クレイはこれは護身用で、戦う為の剣ではないと言った。だが、今はこれが戦う為の剣であったら良かったのに、と思う。
剣をもう一度習いたい。
サラはそう強く思うようになっていた。
料理にも使えそうないくつかの種類の果物と木苺を採って、サラは狩猟小屋へ戻った。
「サラ! 早く、来て来て!」
サラの帰宅にいち早く気付いたマイリが迎えに来て、サラが手にしている木苺には目もくれずにサラの自由な方の手をぐいぐいと引く。
「ま、待って、マイリ。そんなに引っ張らないで」
「だって早く見て欲しいんだもん」
「何を?」
「いいもの。いいから早く」
危うくバランスを崩しそうになりながらも、サラはマイリに手を引かれるまま食堂に向かう。
「サラが帰ってきたわ」
嬉しそうなセレナの声がサラの耳に届く。サラは不思議に思いながらも、マイリに誘導されるまま食堂に入った。
「…エリー!」
「どう? サラ」
サラの目に飛び込んで来たエリーの姿に、サラは言葉を失った。
美しいドレスを身に纏ったエリーがそこにいた。
その姿は女神と表現した方が相応しいほど、美しく神々しい。
綿の花の滑らかな真珠色の生地に水晶を思わせる小さな石が縁取りに縫い付けられ、きらきらと動きに合わせて輝いている。その生地の重さを感じさせないように襟の部分は薄いシフォンがたくさん重ねられ、金糸で刺繍のようにして縫い合わされていた。エリーの見事な金髪が映えるように色味は極力抑えられていたが、そのお陰で白薔薇の花びらに包まれているかのような、えも言われぬ上品さが際立っている。
「綺麗でしょう?」
セレナだけでなく、ケイトも嬉しそうで誇らしそうだ。マイリはもちろん、ジェスもにこにこしている。
サラは迷わず頷いた。
「すごいわ…エリー。なんて綺麗なの」
サラがそう言うと、エリーは頬を紅潮させて微笑む。
「ありがとう、サラ。試着したらどうしても見てもらいたくなってしまって、着て来ちゃったの。これが私が戴冠式で着るドレスよ」
「当日はこれに王冠を冠るのね」
ケイトが感慨深げにエリーを見つめ、溜息を吐いた。
「ええ。王冠は当日まで厳重に保管されているから、実はまだ私も見たことがないの」
「エリーはサラが帰って来るのを待っていたんだよ。今日のドレスでは外を探せないからって」
「そうね」
マイリに頷いて、サラはもう一度エリーの美しさを讃える。
「本当に綺麗。王様のお見立ては素晴らしいわね」
「ありがとう、サラ。実は私、ここに来たばかりなんだけどすぐに帰らないといけないの。戴冠式の当日はきっとゆっくり話せないから、ドレス姿くらいは今のうちにしっかり見てもらおうと思って、王様に我が儘を言ってお披露目に来させてもらったのよ。だからもう帰らないと」
エリーは外で待っている馬車が気になるようで、そわそわと窓の外を見る。
「わざわざ来てくれてありがとう、エリー。外まで送るわ」
「本当はサラのドレス姿も見たかったんだけど…」
「これでも結構、エリーはサラを待っていたのよ。デラが出て行ってからだいぶ経つわよね?」
周りに同意を求めるようにジェスがそう言うと、セレナは何か思い出したのか急にくすくすと笑い出した。
「クレイはともかく、デラはすっかり舞い上がっていたわね。街へ出る用事があるなら一緒の馬車で行こう、ってエリーが強く勧めるのに、真っ赤になりながら必死で断るの。私のような者がご一緒するわけにはいきません、とか何とか言っちゃって。デラは絶対にエリーに憧れているわ」
「エリーはマイリのエリーだもん!」
急に対抗意識を燃やしたマイリがセレナに抗議する。
「そうね。でもエリーはこれから、みんなのお姫様になるのよ。とてもお目出度いことだから、マイリも一緒に祝福しましょうね」
「マイリのエリーじゃ、なくなくるの…?」
「エリーはいつでもあなたのエリーよ、マイリ」
ケイトはそう言ってマイリの小さな頭を撫でた。
「エリーはいつまでも、みんなのエリー。村で一緒に育った私達の大切な家族よ。これから生活する環境が変わってしまうけど、気持ちはきっと変わらない。私達はそう思っているわ、エリー」
「私も…私もよ、ケイト。みんなはいつまでも私の大切な家族だわ。ケイト、そう言ってくれてありがとう」
エリーの碧い瞳がみるみるうちに潤んで、大きな涙が零れる。
「泣いちゃだめ、エリー。せっかくのお化粧が」
セレナが優しくエリーの肩に触れ、エリーを落ち着かせる。
「そうね…ごめんなさい、セレナ。みんな」
少し経って落ち着いたエリーはそう言うと、もとの鮮やかな笑顔に戻った。
「さ、馬車まで送るわ」
サラはそう言ってエリーの手を引くと、狩猟小屋の外に出た。




