13
長の娘達には、いくつか腑に落ちない点がある。
マイリはまだ幼いから妙なことを言ったとしても不思議ではないが、長姉であるケイトの言動に時々驚くことがある。
午後に帰って来た時、サラの姿が見えなかったのでケイトに行方を尋ねると、サラは森に入ったきり昼を過ぎても帰って来ないと言う。
どうもここの姉妹には、サラが不用意に森の中を散策することは当たり前という認識があるようだ。
いくら村の生活がそうであったとしても、幼い頃から馴染んでいる森と来たばかりの土地の森では事情が違うことぐらい、あの聡明なケイトに分からない筈は無い。
ここの娘達は村の権力者の娘だから、平民の娘よりは育ちが良く、教養もある。
だが使用人を使うような立場でもないから料理や掃除もするし、働くことは厭わない。姉妹達で協力して家事をこなし、小さな妹の面倒を見て、国王の賓客の世話までする。
そんな素晴らしい女性達もこの世には存在するのだ、と感動を覚えていただけに、時折見られるこのような牧歌的な態度には正直目眩がした。
慌てて探しに行きたいと申し出ると、ケイトは庭の奥でマイリと一緒に遊んでいるエリーをちらりと見て、ではエリーも一緒に連れて行って欲しい、と言った。
しかしエリーにはただの散歩だと思わせるようにと念を押された。
今はゆっくり王女と親交を深めている場合ではないし、一緒に行動するより別々に探した方がはるかに効率がいいと思うのだが、ケイトはその方がいいからと頑として譲らない。
少し混乱しつつ、王女を乗馬の散歩に誘った。
エリーは無邪気に乗馬を喜んで、色々楽しくお喋りしながら純粋に乗馬を楽しんでいた。
正直、話をするのが楽しくてサラの捜索であることを忘れた瞬間もあった。
しかしエリーはふとした折りに、こっちの道を歩いてみたい、というようなことを言った。
普段はわざわざ馬を歩かせる道ではなかったが、捜索ということもありエリーに従っていると、ばったりとサラに出会った。
結果的にはエリーのお陰でサラはすぐに見つかったことになる。
一体…どうなっているんだ。
それから、当のサラ。
男勝りで気が強いという第一印象が、大きく変わってきた。
あの夜のサラの笑顔を見てから、どうも調子が狂う。
サラがあんな風に笑う娘だと最初から知っていたら、もっと違う感情で彼女と接していただろうか。
出会った当初のサラはそう、見られていたことに気付くまではご機嫌な笑顔だった。
その後の怒ったり、むっとした顔も決して悪くなかったが、さっき見た表情だけはいただけない。
不安でたまらないような、そしてどこか絶望した表情。
何がサラをああも不安な気持ちにさせたのだろうか。
エルマ王女が婚約者でなければ真っ先に相談するところなのだが、さすがに今それは出来ない。
…馬か?
でもジェスやエリーの話では、サラは乗馬を習ってみたいと思っている筈だ。
それに、マイリを馬に乗せてやったことをあれだけ喜んだのだから、エリーを乗せたことが原因だとは考えにくい。
あんなふうにまっすぐ見つめられ、優しく微笑まれて礼まで言われているのだ。
「王子」
今度は自分だけに向けられた笑顔が見たい。
「王子。考え事をされている最中に申し訳ないのですが」
遠慮がちなデラの声に我に返ったクレイは、忍耐強くクレイの返答を待っているデラを見た。
いつの間にか文机からベッドの側まで移動している。
「何だ」
「今、ジェスさんが呼びに来られました。パンの試食はどうかと」
「え?」
たった今、誰かが来たのか?
クレイは驚いて入口の扉を見る。
扉が僅かに開いているから、ますますパンの焼ける良い匂いが流れ込んでいる。
「すまない。どうやら考え事をしながら少し微睡んでいたようだ」
「そのようですね。いい気分転換になりますから、食堂に行きましょう。今日の昼食は少し物足りなかったので試食できるのは助かりますね」
デラの言う通りなのでクレイは起き上がった。
文机の上を見ると書類は綺麗に片付けられていて、自分が長い間物思いに耽っていたことが分かる。
「…この調子だと舌ばかりが驕ってしまって、国に帰ってから困りそうだな」
クレイが独りごちるとデラは笑った。
「たまにはいいではありませんか」
「この国の国民が温厚になる理由が何となく分かったような気がするよ」
「それはいい収穫でしたね。わざわざ身分を隠しているだけの価値はあったみたいですね」
どうせ外国を訪れるのならば身分を隠さず特権を享受すれば良いのに、と考えていたデラも、ここを訪れてからはクレイの判断が吉と出たことを喜んでいた。
「私もいい経験をさせてもらっています。王子のお陰で」
最後の方は小さな声で言ったので、クレイはその言葉を聞き逃した。
「え? 何か言ったか、デラ」
「…何でもないです。行きますよ、王子」
デラはそう言うと、クレイの為に扉を大きく開けた。




