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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第三章 解かれた封印
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「マイリからデラに馬に乗せて貰ったって話を聞いていたでしょう? ちょうどクレイ達が帰って来た時にその話が出て、クレイに乗せて貰うことになったの。私も乗馬を習おうかしら」

 自分が森で迷っていた時間は思っていたよりも短かったのだ、とサラは思う。

 あの時は永遠の時間を彷徨っているような気分だったのに、現実には陽はまだ真上に達したばかりで、こうして皆より少し遅い昼食を取っている。

 サラとエリーは二人きり、食堂にいた。

 調理場の作業台では姉妹達がパン作りに励んでいて、エリーはサラが昼食を食べている間、こうして他愛ないお喋りをしてくれる。

 約束の時間までに帰ることは出来なかったが、そのことについてケイトは何も言わなかった。

 ケイトのことだから、もしかしたらクレイに散歩を装ってサラを探すよう頼んだのかもしれない。そして何も知らないエリーはクレイの誘いに気軽に応じただけなのだろう。

 だけど、だからこそエリーの無意識の為せる業で、ああして湖へ続く道へ出られたのかも。

「でも木の実が見つからないなんて変ね。あの森の中にないはずがないのに」

「木の実の代わりに、イバラの林を見つけたわ。もしかしたら、その向こうに実をつける木があるかもしれない…」

 小さな声でそう言うサラに、エリーはふうん、と頷く。

「イバラの林なんて珍しいわね。でもそういう場所の近くにこそ、動物達の食糧が豊富にあるのかもしれないわね」

 林と言うより檻という表現が相応しそうだが、獣道のような通り道があったのだからエリーの言う通りかもしれない、とサラは心の中で思っていた。

「ところでサラ。明日、戴冠式のドレスがお城に届くの。あなたのドレスも持って来るわね」

「もう出来たの?」

 サラは驚く。

「ええ。腕の良いお針子達だから、直す部分は殆ど無いはずなんだけど…。それでも一応着てみてから感想を聞かせて」

「分かったわ。そう…戴冠式までもうすぐなのね。父さんと母さんも、そろそろここに来るのね」

「ええ、そうよ。会えるのが楽しみだわ」

 サラ同様、エリーも嬉しそうに微笑む。

「サラも戴冠式に出ることになったから、父さんも母さんも驚くわよ、きっと。せっかくクレイに剣を貰ったのなら、その剣を携えて戴冠式に出席する?」

「…父さんと母さんが反対すると思うわ」

「そうかしら。騎士っぽくていいなと思ったんだけど」

 サラは昼食を食べながら、森で迷ったことをエリーに話すべきかどうか考えていた。

 あの森のあの場所には、不穏な力が働いているような気がする。王様の領地内にそのような場所があって良い訳はないだろう。エリーから王様に話してもらって、森の女王に何とかしてもらった方がいいのではないだろうか。

 しかし森の女王が王様の領地の中に、そのような場所が存在することを許すはずがないとも思う。

 では、どうしてあのような場所が存在しているのだろう。

「サラ、いい匂いがしてきたわ」

 エリーがそう言ってサラに微笑んだので、サラの思考は中断した。

「…甘い匂いもしてるけど、ケーキを一緒に焼いているの?」

「それ、果物の匂いだと思うわ」

「果物?」

「クレイ達、木の実と一緒に干した果物も買ってきたんですって。ジェスがそれもパン生地に入れてみるって言っていたわ。出来が良かったら、少し分けてってお願いしているの。お城に持って帰って、料理長に作って貰おうと思っているのよ」

「この匂いなら大丈夫じゃないかしら。でもどうして干した果物を?」

「干した果物はワイルダー公国の料理で一般的に使われているから、ここの料理にも使ってみて欲しい、って買ってきてくれたみたい」

「料理に干した果物を…。もしかしたら故郷の味が恋しいのかしら」

「それもあるかもね。でも、ここの食事にはとても満足しているって言っていたわ。私に言うよりみんなに言ったら喜ぶわよ、って言っておいたけど」

 クレイはエリーを通して王様にお礼を言っているのだろう。

 今日改めて二人が一緒にいる姿を見て、サラは心を決めた。

 二人はお似合いだ。祝福できない理由なんか、どこにもない。

「エリー、サラ。パンが焼けたよ! ケイトが呼んでいらっしゃいって」

 調理場からマイリが顔を出して二人を手招きした。

「分かったわ」

 ちょうど昼食を食べ終わったサラはエリーと一緒に立ち上がり、いそいそと調理場に向かった。


「いい匂いがしてきましたね、王子」

 書類をまとめていたデラが鼻をひくひくさせる。

「王子、ご存知ですか? 皆さんが今パンを焼いているのは、私達の為だって」

「どういう事だ」

「同じパンばかり食べていては飽きるだろうから、色々考えているとマイリが言っていました。我が国にはない発想ですね。飢えを知らないということは、こういうことなのですね」

「ここの食事に飽きる者などいるのか?」

「この国の者なら、いるかもしれません」

「贅沢な話だ」

 ベッドの上に寝転がっていたクレイは、デラに習って焼きたてのパンの匂いを吸う。

「いい匂いだな。干し果物もパンに入れるとは思わなかった」

「王子は料理に使って欲しかったんですよね。作り方をケイトさんとセレナさんに伝えてきましょうか」

「そうだな。頼む」

「でも、そういうのはサラさんが得意そうですよね。サラさんは確か、肉料理が上手なんですよね。干し果物を使う料理は殆どが肉料理だから…」

 喋りながら、ワイルダー公国へ送る報告書を書くデラの手が止まる。

「王子、果物を使う料理はあまりお好きではなかった筈では」

「そうだが…ここの料理があまりにも美味いから、ここで作られた物なら何でも美味いかもと思って」

「まさかサラさんに作って貰いたいから、ではないですよね。サラさんにはマイリと遊ぶという大事な役割が」

 言ってしまってから、デラは自分の失言に気付いた。しかし、その言葉はクレイの耳まで届かなかったようだった。

 クレイはいつになく真剣な面持ちで、じっと天井を見つめて考え事をしていた。


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