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扉が閉じられ、ベッドに人が戻って来た気配を感じて、デラはシーツの中で身を固くする。
その気配が自分の近くでぴたりと止まった時、デラは観念した。
「起きているんだろう、デラ」
主君を相手に、狸寝入りなど出来る筈がない。いっそこのまま寝たフリを続けられたら、どんなに楽だろうとデラは思う。
「…もともと、寝ていません。王子もご存知の筈なのに、私が寝ているなどと仰るから」
しぶしぶ、といった感じでデラはベッドから起き上がった。
クレイは呆れたような声を出す。
「お前が起きていたとしても夜中に女性を男だけの部屋に入れる訳にはいかないから、ああ言っておいたんだ。なのに、どうして僕の嘘に合わせてわざわざ寝たフリをしていたんだ?」
そう言われてしまっては、デラも弁解のしようがない。
「もしかしたらサラさんの方から強引に部屋に入ってくる可能性もあるかと思ったので…サラさんが気まずいだろうと思って。その…二人で話しているところを私に見られるのが」
言外に別の意味も含まれているような気がするが、そんな可能性は万に一つもないとクレイは心の中で思う。
しかしデラはデラなりに気を遣ったのだろう。色々気を回しすぎる従者も考えものだ、とクレイは溜息を吐いた。
「サラはただ、謝りに来ただけだよ」
「こんな夜中に、何をです?」
「今までの僕に対する無礼について」
その言葉にデラはおや、という顔をする。
「それは王子がサラさんに何か失礼なことをしたからではなかったのですか?」
「本気で言っているのか、デラ」
「この前、王子がそう仰ったではありませんか。私はてっきり自業自得だとばかり…」
「怒るぞ、デラ」
「すみません」
デラは素早く謝る。温厚なクレイを怒らせて得することなどひとつもないからだ。
「では、サラさんはどうして王子に無礼な態度など」
デラの記憶に残っている二人の唯一の接触は、この狩猟小屋に初めて来た日の出来事しかない。しかしあれは単なる親切心から出た行動だ。気分が悪くなったサラをクレイが抱え、部屋まで運んだだけ。感謝されこそすれ、遺恨となるような出来事ではない。
それよりも前にクレイがサラの姿を見たようなことを言っていたのは覚えているが、クレイを見失っていたあの短い間に何かが起こる筈などないとデラは思っていた。
「サラは、僕がサラからエリーを取り上げるつもりだと思い込んでいたそうだ。そのせいで失礼な態度を取っていたと」
それほどデラを悩ませるつもりもなかったクレイは、あっさり種明かしする。
しかしその話を聞いて、デラは眉を顰めた。
「…でも実際、結婚するのですからサラさんが危惧する通りではないですか。それに、サラさんからエルマ王女を取り上げているのは皇子との結婚話などではなく、エルマ王女が戴冠するという事実です」
「そうだな。多分サラもそれは分かっているさ。とにかく誤解が解けてほっとしたよ」
誤解? 誤解って何だ?
デラは心の中で自問した。
王子の妙に安心した、嬉しそうな顔。サラさんと話せたことが嬉しいのは分かるが、王子は一体何の誤解が解けたと思っているのだろうか。
どんなに綺麗事を言ったところで、王子は結局、サラさんからエルマ王女を奪うのだ。
それにサラさんが王子に伝えた内容は、一見理由を説明しているようでいて実はその核心に全く触れていないような気がする。
きっと城で、サラさんが王子に謝らなければならないと思うような話が出たのだろう。何があったのか後で間諜に確認しなくては。
そこまで考えてデラははっとした。
「王子。今夜は遅くまで皆で話をしていたので、報告が遅れました。午後に受けた連絡なのですが、ハーヴィス王国に僅かながら動きがあったそうです。ステファン王子の出立が予定よりも早くなったそうです」
「戴冠式よりも早く到着するのか?」
「そのようです。この時期は気候もいいので、天気のせいで旅程が狂うことはまずありません。天候を理由に予定を早めるのでないならば、何か別の目的があってのことでしょう」
「そうか」
クレイは自分のベッドの上に座り、少し思案する。
「…場合によっては僕達も予定より早く、狩猟小屋を出て城に向かわなくてはならないかもしれないな。王城に泊まる前に滞在する宿の下見をしておいてくれ」
「はい」
デラがそう言うと、クレイはベッドの上にごろりと横になった。
「それからデラ。明日の朝、今度こそきちんとした剣の稽古をしないか? 結局、昨日の昼は勝負にならなかったからな」
「はい。でも今度は正々堂々とお願いします、王子。…しかし、あれは何だったんでしょう」
デラが言っているのはもちろん、昼間のマイリの謎の言動だ。
「マイリは人の心が読めるんだろうか?」
クレイの呟きをデラは否定する。
「まさか。そんなはずがありません。勘が鋭いところはありますが、至って普通の女の子です。それよりも」
「それよりも、何だ」
急に話すのを止めてしまったデラの神妙な顔つきに、クレイはつい、話の続きを促してしまう。
デラはとても話しにくそうな、まるで秘密を打ち明ける時のような表情でクレイを見た。
「花の精霊と知り合いのようなことを言っていましたよね。近いうちにケイトさんかセレナさんに聞いてみようとは思っているんですが、正気を疑われそうで…。でもマイリが嘘を言っているようにも見えないし。もしかしてリブシャ王国の国民は、気軽に妖精と友達になれるんでしょうか?」
現実主義者の多いワイルダー公国の国民にとって、妖精や精霊などという存在は話の中で認めることは出来ても、身近な存在として信じることは到底出来ない。
特にデラのように幼い頃から厳しい現実を見てきた者は、その傾向がかなり強い。きっと「精霊」と口にすること自体、デラにとっては勇気の要ることなのだろう。
そう思ったクレイは、ただ静かにデラの話を聞き、そしてデラの質問に答えた。
「僕にも良く分からない。本来なら妖精は人に近付こうとしないものなんだよ。だが、ここの長の娘達はどうやら特別な娘達のようだ。…それにこの質問は、ケイト達ではなくエリーにするべきだろうな。あの王室の人間達こそが、森の女王という強大な力を持つ存在と懇意にしているのだからね。今度、僕からそれとなくエリーに聞いてみるよ」




