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クレイとデラが朝食前に剣の稽古をするようになってから、数日が経った。
しっかり体を動かしてすっきりとした気分で朝食の席に着く二人の食欲はますます旺盛になって、セレナとジェスは二人の為にパンを今までより多めに焼くことにした。
朝の準備では間に合わないので、パン種の用意は夕食後の仕事だ。
「…パンの量だけ多くても、食べる方はいずれ飽きるわよね。もう少し、食感が重い方がいいのかしら?」
ジェスは捏ね終わった生地を丸めながら、ふとセレナに言う。
「重いって、どんな風に?」
「サラが香草をパンの生地に混ぜることを教えてくれたでしょう。今度は香草の代わりに、小さく砕いた木の実を混ぜてみるのはどうかなって思っているの」
「それ、美味しそうね」
「小麦の種類も変えてみて、焼く時間を長めにしたら上手くいくかしら」
「時間が長くなるなら、温度も少し低くしてみたらいいんじゃないかしら。それ、どうやって思いついたの?」
「王妃様からいただいたお菓子の中に、砕いた木の実を飴みたいに煮詰めた砂糖に絡めたものがあったでしょう? 最初はケーキに応用してみようと思ってたんだけど、パンの生地に木の実だけを混ぜ込んだらどういう感じなのかなと思って」
「ものすごい探究心ね、ジェス」
セレナは自分の担当分のパンを丸め終えると、ジェスの分の残りの生地を手伝う。
「私達もそれ、食べてみたいわ。明日の昼、試しに作ってみましょうよ」
「でも、木の実がないの。街まで買い出しに行かなくちゃ」
「サラに頼んで探して貰った方が早いと思うわ」
「この季節に、森の中で見つけるのは無理よ」
年中取れる木苺とは違って、木の実が取れる時期は限られている。
「そっか。確かにこの季節は難しいわね。食糧庫には?」
「探してみたけど無かったわ。お城に頼んだら分けてくれると思う?」
「それもいいけど…クレイかデラに頼んでみたら?」
「え?」
「あの二人、最近ずっと街へ出ているでしょう。でもクレイは自分で買い物なんてしないでしょうから、デラに頼んだ方が確実かも」
「…僕だって、自分で買い物くらいします」
セレナとジェスは驚いて振り向く。そこには食堂に入っていたクレイが苦笑いして立っていた。
「いつからいたの? クレイ」
セレナが驚いてそう言うと、クレイは調理場の二人の作業台の側まで来る。
「ついさっき。僕達の名前が出たので、つい盗み聞きをしてしまいました」
悪びれずに笑顔で言うクレイに、セレナは赤面する。
「その…ごめんなさい。クレイに買い物を頼む訳にはいかないと思って」
「僕は第三王子ですから、兄達に比べると庶民に近い生活をしているんですよ。買い物に抵抗はないから、遠慮なく申し付けて下さい」
クレイの軽口にますます赤面したセレナの代わりに、ジェスが尋ねた。
「クレイ。どうかしたの?」
「実は明日の朝食後、すぐに街へ出掛けることになったから昼食は要らないと伝えに来たんだ。昼過ぎには帰って来る予定だから、午後からで間に合うなら買ってくるよ」
「本当? じゃあ、木の実が一袋分欲しいんだけど、頼んでもいいかしら? 明日の朝、ケイトからお金を渡すわ」
「僕達に美味しい物を食べさせてくれるんだろう? 費用は僕が持つよ」
「王様に叱られちゃうわ」
「じゃあ、僕からの贈り物ということにしよう。他にご希望は? お菓子も買って来ようか?」
「今のところは木の実さえあれば充分よ。ありがとう、クレイ」
「どういたしまして。じゃあ、おやすみ、二人とも」
クレイは微笑むと、その場を去った。
「…本当によく出掛けるわね。今日だって入れ違いでエリーに会えなかったのに。会えなくても平気なのかしら」
「戴冠式も、もうじきだもの。ここへは荷物を持たずに来ているから色々揃える必要があるとデラが言っていたわ」
クレイが去って気まずさから解放されたセレナは、ほっとしてジェスに言う。
「その中に、サラに渡した剣も入っていると思う?」
「え?」
ジェスが何を言っているのか分からなくて、セレナは思わず聞き返した。
「サラがお城へ採寸に行った日があったでしょう?」
「ああ、皆で夜遅くまでお茶を飲んでいた日ね」
「そう、あの日。私は先に寝ちゃってたから翌朝知ったんだけど、あの日の夜、サラはクレイから護身用の剣を貰ったのよね」
「あの日の夜?」
セレナはそう言って記憶を辿る。
あの日の夜は食器を片付けて、私達はまっすぐ部屋へ帰ったはず。なのにサラはどうやってクレイから剣を受け取ったのだろう。
サラがクレイから剣を貰ったという話を皆にしたのは、その翌日の昼食を準備している時だった。ちょうどクレイとデラは朝食後に剣の稽古に行ったきりで、その場にはいなかった。
だからセレナはクレイかデラが朝食後にサラに剣を渡してから出掛けたと勝手に思い、その考えに疑いを持たなかったのだ。
「セレナ?」
「…どうだったっけ。私もあの夜、とても眠かったから良く憶えてないわ」
「とにかくあの剣って、ワイルダー公国で鍛えられた高価な物らしいのよ。どうしても受け取って欲しいって言われたから受け取ったらしいんだけど、サラも戸惑っていたわ。値段的にも時間的にも簡単に手に入るような物ではないから、予めクレイの為に用意された物をわざわざ譲ってくれたのかしら、って言ってたの」
「そんなに立派な剣だったなんて知らなかったわ」
会話を続けながら、セレナの頭の中では思考が高速で巡らされている。
そういえばあの夜の翌日から、サラはクレイに対して友好的になった。
そして当然その結果として、クレイはすこぶる上機嫌だ。
最初は剣を貰ったせいかなと思っていたけど、今のジェスの話を聞いてしまったら、サラがクレイに対して友好的になった理由が全然違うところにあることに気付く。
あの日の夜、サラは自分の意志でクレイの部屋に行ったに違いない。
そしてその行動はエリーの為であることは間違いない。
きっと城で、サラには何か思うところがあったのだろう。
エリーにとって良いことで、クレイにとって嬉しいこと…そしてそれがサラにとっても良いことならばいいのだけれど…。




