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迎えの馬車で城を訪れたサラは、城の人に案内されるままにこじんまりしたサロンに足を踏み入れた。
そこにはお茶の準備が整えられており、蒸らされた茶葉の良い匂いが満ちている。美しく飾られた春の花の匂いと相まって、芳香と呼ぶに相応しい香りがサラの心を落ち着かせた。
「待たせてしまったかしら」
それほど時を経ずにエリーが部屋へ入って来る。
「ううん。来たばかりよ。素敵な部屋ね」
「でしょう。このお城に部屋はたくさんあるけど、この部屋の明るさとか雰囲気が好きなの」
エリーはポットに入っていたお茶の色を確認すると、カップに注いだ。
「ジェスのパイは喜んでもらえた?」
「王様も、王妃様も大感激よ。木苺の味が全く違うって驚かれていたわ。サラが見つける木苺だから当然なんだけど、二人はそれを知らないから」
その様子を思い出したのか、エリーは楽しげに笑った。
「摘みたての木苺がとても美味しいという話をしたら、二人が凄く羨ましがってしまって…。木苺狩りに行きたいって言い出だされたらどうするんです、ってお付きの人に諌められてしまったわ」
「普通の狩猟より安全だから、いいんじゃない?」
「森の中だと、警備がとても大変らしいの。狩り場は場所が大体決まっているし、馬での移動だから警護は案外楽なのですって。木苺が採れる場所は、警備が楽な場所とは限らないでしょう? 美味しい木苺が見つかるとも限らないし」
確かにサラが美味しい木苺を見つける場所はいつも安全とは言い難い。それでも、マイリやデラが楽に採れる場所は森にいくらでもある。
サラのその考えが顔に出たのか、エリーは補足するように付け加えた。
「王様は、王妃様にはいつも完璧な警護を望まれるの。王妃様は狩りに参加されないけど、木苺狩りには絶対に参加したいと言われるでしょうから」
「…そういうことなのね。本当に仲がいいのね」
「父さんと母さんも仲がいいけど、ここの二人もとても仲がいいわ。ああいう夫婦っていいわね」
「そうね」
「それでね、サラ」
「うん?」
「これは、まだ内緒なんだけど…。戴冠式の日、ワイルダー公国から婚約者もお祝いに来るの」
サラは危うく高価なカップを取り落としそうになり、慌てて持ち直した。
「熱っ」
「大丈夫? サラ」
エリーが慌ててハンカチでサラの手を押さえる。
「火傷を?」
「いいえ。少し熱かっただけ。でも、お茶が少しこぼれてしまったわ」
「新しいカップに淹れ直すわ。…火傷しなくて良かった。気を付けてね」
エリーはほっと溜息を吐いてサラのカップを下げると、新しいカップにお茶をまた注いでサラに渡した。
「はい」
「ありがとう」
「…婚約者ってどんな人かしら。興味あると思わない?」
「そうね」
それはそうだろう。自分の婚約者に無関心な娘がいるはずがない。
本当だったらサラも一緒になってきゃあきゃあ騒ぎたいところだったが、サラは心を鬼にして何でもないように装う。
その反応がエリーには当然ながら物足りないようだった。
「クレイにどんな人か聞いてみようかなぁ」
「クレイが知っているわけ…」
「自分の国の王子よ。知らないはずはないでしょう?」
それはそうだ。
でも、いくら知らないからって、本人に向かって「どんな人?」と聞くつもりなのだろうか。
「一応クレイも騎士なんだし、他国の王女に向かって自国の王子の性格を正直に話してくれるとは思えないわ」
「…それもそうね」
サラがそう言うと、エリーはあっさり引き下がった。
「クレイに聞くのが無理なら、傭兵の人に聞いても無駄ね。いい考えだと思ったんだけどなぁ」
サラはエリーに気付かれないように安堵の息を吐く。
早く話題を変えなくては。
「エリーはその…こんな人がいいな、という希望があったりするの?」
よく考えてみるとエリーとこんな話をするのは初めてだ、とサラは思った。
「そうね…。私の結婚相手は父さんが決めてくれると思っていたから、決めてくれた人の所へ嫁ぐことしか考えていなかったわ。父さんが選んだ人ならきっといい人だろうと思っていたし。その気持ちは王女になっても一緒なことよ。ただ、友好国の皇子との婚約を断るわけにはいかないけど。他国の王子との結婚は事実上、降伏を意味することになるし」
「…どういう事?」
「リブシャ王国は資源が豊富な国だから、近隣諸国から常に狙われているの。友好国と呼べる国はワイルダー公国のみで、この国の王子と結婚する事が一番望ましいとされているわ。ワイルダー公国は唯一、森の女王を崇拝するリブシャ王国の政治のあり方を認めてくれている国なの。もしワイルダー公国以外の国の王子と結婚したら、リブシャ王国は今のままではいられなくなるのよ」
「知らなかったわ…」
「昨日、昼食の前にも話していたけど、近隣諸国と妖魔が手を組む動きがあるそうなのよ。もしその話が本当なら、強大な力を誇る森の女王も敵わないかもしれないわ。そうなってしまった時、ワイルダー公国の武力の助けがなければ、リブシャ王国は国としての存在も危うくなるかもしれないの」
「ワイルダー公国の王子との結婚は…もう決まっているのね」
サラの言葉に、エリーの蒼い瞳がぐらりと揺れる。だがそれもほんの一瞬で、次の瞬間にはエリーは艶やかな笑みを浮かべていた。
「…私ったら、お茶菓子を出すのをすっかり忘れていたわ。王妃様がまた珍しいお菓子を下さったの。みんなの分も用意してあるから、後で渡すわね。これ、美味しいのよ。食べてみて」
優雅な仕草で菓子皿を出すエリーの手が僅かに震えている。ドレスに慣れる為と言われているだけあって、城内にいるエリーは狩猟小屋に来る時とは全く違う、豪華なドレスを身に着けていた。
こんなに美しいエリーが美しく着飾り、美しい調度品に囲まれているのに、何故だろう。
サラは悲しくなる。
村にいた頃のエリーの方が、今よりずっと美しいなんて。
第三章に入りました。これから急展開? になる予定です。




