13
狩猟小屋に帰ると、辺りはパイの美味しそうな匂いに包まれていた。
「見て見てー!」
二人の帰宅に気付いたマイリが台所から走って来て、それぞれの片手を摑み、ぐいぐいと元来た場所へ引っ張って行く。
「あのね。すっごく上手に焼けたの! ジェスもびっくりしたんだよ!」
本人が一番びっくりしている、という様子を隠しもせずにマイリははしゃいでいた。
「見てあげて。サラ、エリー。私より才能あるかも」
石窯から取り出したばかりのパイを調理台の上に置いたジェスは、二人を手招きした。
「うわぁ」
「本当…」
美味しそうに焼けているパイに、サラもエリーも感心する。
いつもジェスがつける模様とは別の、斬新な飾り付けで縁取られたパイは黄金色に焼き上がっていた。
「生地からちゃんと自分で作ったのよ」
ケイトにそう説明されて、マイリは鼻高々だ。
「美味しそう」
「すごいわ、マイリ」
サラとエリーに口々に褒められて、マイリはにこにこ笑いながらケイトとセレナの間を行ったり来たりする。
ジェスが今度は自分が焼くパイを石窯に入れて慎重に扉を閉めると、マイリは待ちかねたようにジェスの側へ行った。
「あと、どのくらいで食べられるようになるの?」
「少し冷ましてからよ。綺麗に切り分けられるように。お昼ご飯が終わったら、みんなで食べましょうね」
「うん!」
「さ、ここで火傷をしたらいけないから、マイリは昼食の準備の手伝いをして?」
「はい」
素直にマイリはそう言い、石窯の近くから離れた。
皿を並べるセレナに頼まれて、楽しそうにパンの入った籠や匙を並べる。
「昼食もお菓子も、楽しみね」
料理の入った鍋を火にかけるケイトを手伝いながら、エリーはそう言ってサラに目配せした。
「ええ」
そう答えながら自分も準備を手伝うサラは、殆ど昼食の準備が出来ているのに、ここに姉妹達しかいないことが気になった。
デラが出掛けてしまったことはエリーから聞いているが、クレイはここにいるはずだ。
一方的に腹を立てて変な態度を取ってしまったことをサラも反省している。謝った方が良いことはサラにも分かっていたが、どんな顔をして話せばいいのだろうとあれこれ迷っていただけに、その当人がいないとまるで肩透かしを喰らったような気分になった。
「あの…クレイは?」
「食糧庫に重い物を運んでもらっているの。もうすぐ帰ってくるわ」
「そう…」
おずおずと尋ねたサラに、難なくケイトが答える。
王子にそんなことをさせてもいいのかと思いつつ、きっとそれはクレイの申し出によるものだろうことはサラにも想像がついた。
「男の人がいると助かるわね」
何も知らないエリーが同意を求めるようにサラに微笑みかけてきて、サラは弱々しく頷いた。
「昨日もね。女性ばかりで住んでいるのは、あまりにも物騒だって心配していたわ。ここに住むのは短期間だし、国王の私有地で森の女王の保護下でもあるから大丈夫だと説明しても納得出来ないみたいだったの。ワイルダー公国の感覚では、森の女王と言っても圧倒的な武力を持つ存在という訳じゃないから、万が一のことを考えるととても心許ないのですって。それに最近、近隣の妖魔の力を集めて良からぬことを企てている諸国の動きもあることだし、って」
「でもそれは、よその国の話でしょう?」
「妖魔の力を人の心を操ることに使われたら、国境なんか関係なくなるそうよ。善良な人だって、心を操られてしまったら悪い行いを平気でしてしまうようになる、って。…その話は最近、王妃様からも伺ったの。生まれたばかりの私の存在を隠す必要があったのは、その危険から私を護るためだったんですって」
森の女王は自然を司る存在だ。国の平和を助けることは出来ても、戦いから国を守り抜くことは難しいのだろう。
「妖魔の話はここへ来る前に、父さんから聞いているわ」
こほんと咳払いしてからケイトがそう言い、妹達を見た。
「今までどうして黙っていたの、ケイト?」
セレナが不思議そうにケイトに問う。
「みんなを無駄に不安がらせるようなことは言わなくてもいい、って父さんに言われたのよ。実際、私達は安全な場所に滞在させてもらっているし、エリーはお城で護ってもらえるでしょう?」
「まぁそうね。もし知っていても、私達に何が出来るか…」
そう言ったのはジェスだ。
「だが知っているのとそうでないのとでは、心構えが全く違うでしょう?」
突然のクレイの声に、全員が振り向いた。食堂の戸口にクレイが立っていた。
「失礼。話が聞こえてきたもので、つい。危険であると言うことを知っていれば、前もって回避することも出来るから、ある程度は知っておくべきだと僕は思うけどね。…それにしても、今日の食事も美味そうだ。ここに長居したら国に帰れなくなりそうだよ」
王宮からの差し入れに感激した様子でクレイは食卓を見た。料理長が腕をふるっただけあって、見た目も華やかな料理で食卓は溢れていた。クレイの為に特別に果実酒も準備されている。
「デラも一緒だったら良かったのにね。さ、準備が出来たからお昼にしましょう、クレイ」
ケイトはそう言ってクレイにマイリの隣を促した。
「今日はエリーも一緒だから、こっちに座ってくれないかしら? 村では、サラとエリーは隣同士で食べていたの」
「いいですよ」
朗らかにそう言っていつもの席から移動するクレイを見て、サラは気まずい気分になった。
隣に座られるのも居心地悪いが、真正面から見つめ合うことになるのも困る。
だがきっと、クレイはエリーしか見ないだろう。そう自分に納得させて、サラはエリーとほぼ同時に食卓についた。




