12
「サラー!」
梢の囁きを子守唄にうとうとと微睡んでいたサラは、エリーの声に重い瞼を上げる。
さあっ、と風が通ってサラの金髪を撫でるように巻き上げ、サラは目の下にいるエリーを見つけた。
「またそんなところで眠って」
自分を見上げ少し非難するような、それでいて諦めているような口ぶりのエリーに、サラは微笑んだ。
「気持ちいいわよ」
「枝が折れたらどうするのよ。ここには綿の花は咲いていないのに」
そういえば、そんなことがあった。
あの日の出来事をすっかり忘れていたサラは、あの時はどうしてだったのだろう、とふと思った。
枝が折れて下に落ちたのは、あの時が初めてだ。いつだって安全な枝の上で寝ていたし、枝が折れそうな時はいつも周りが知らせてくれていたのに。
「戻りましょう。マイリが初めて作ったパイがそろそろ焼き上がるわ」
「ちゃんとジェスが手伝っているわよね」
「もちろん」
木の枝から幹を伝って降りてきたサラは、下で待っていたエリーに向き直る。
「よくここが分かったわね」
「サラが好きそうな場所だと思って」
不思議なことに、サラが何処にいてもエリーは必ずサラを見つけてくる。だからサラが子供の頃は、エリーにも草木の声が聞こえているものだと思っていた。そうでないと分かった時、エリーに理由を尋ねてみたが「ただなんとなく」という答しか返ってこなかった。エリーが何の手掛かりもなく自分を見つけることが、サラにはいつも不思議だった。
「だってエリー、この森は初めてでしょう」
「昨日、クレイと散歩した時にこの辺りを歩いたの。サラはきっと、ここが気に入るだろうなと思ったわ。でも一番気に入っているのは、ここじゃなくて湖の近くじゃない?」
図星だ。
「さすがね」
「だから一番にそこへ探しに行ったのにいないんだもの。思ったより時間がかかってしまったわ。早く帰りましょう」
帰りましょう、と言われてサラの心は急に和んだ。みんなのいる場所がエリーにとってまだ「帰る」場所であることに安心する。
「今日は早く来られたのね。お昼前なんて珍しいじゃない?」
「今日はみんなのお昼ご飯を用意してきたの。王様が、パイのお礼にご馳走したいって。みんなで食べましょう」
「お城から?」
「ええ。ただでさえ大人数で大変だろうからって。お城の料理長が張り切って作ってくれたのよ」
「うわぁ。楽しみ」
嬉しそうに話すエリーに、サラも笑顔になる。
「そういえば今日、初めて会った男の子…何て名前だったかしら」
「デラね」
「ええ。その子。マイリのいいお友達が出来て良かったわね。今朝、一緒に木苺を採りに行ったんでしょう?」
「そうよ。ワイルダー公国には木苺がないんですって。ジャムが高級品らしいの。だから私、二人が国に帰る時にお土産にしてあげようと思っているのよ。母さんに作ってもらうつもり」
「お城のジャムも美味しいわよ。料理長に少し譲ってもらうよう、頼んでみるわ」
「助かるわ」
「…でも母さんの作るジャムが一番美味しい。私もそれ、欲しいなぁ」
「いくらでも届けるわよ」
サラがそう言うと、エリーはふと真顔になった。
「ところでサラ。昨日クレイと散歩した時に色々話したんだけど、あの人…ワイルダー公国の騎士って言っていたわよね?」
「そうだけど」
「お城で警護しているワイルダー公国の騎士の人しか知らないからそう思うのかもしれないけど…。あまり、騎士という感じではないわね」
「そうかも」
はらはらしながらサラは答える。
「今はそういう生活から離れているもの。療養してたから普通の人みたいになったんじゃないかな」
「…普通の人にしては、政治に詳しいと言うか」
「何が気になるの?」
「この国のことに詳しいみたいだけど…騎士が気にかける内容かな、って思ったの」
「そう…」
下手に話を続けるのは良くない予感がして、サラは曖昧な相槌を打ちながら一生懸命に次の話題を考える。
「それに」
しかし容赦なくエリーの話は続いた。
「それに?」
「あの男の子の態度が」
「デラが何か?」
サラの声が思わず上擦る。
「クレイに対して、丁寧すぎると思わない?」
「見習いだからよ! クレイは見かけによらず、そういうのに厳しいの」
途端にサラの口から出任せが出た。
「そうなの?」
首を傾げるエリーに、サラの勢いが止まらなくなる。
「クレイって結構、厳しいこと言うのよ。今日だって、デラをたった一人で使いに出すみたいだし…」
一応嘘は言っていないつもりだが、王子が言うことと騎士が言うことでは、従者が受け取る言葉の重みが全く違うことは明白だろう。
実際クレイはデラを粗末に扱ったりしていない。だからこそ、デラのクレイに対する態度はより一層丁寧なのだ。
だがそれが、お忍びであることを知らないエリーの目に不思議に映るのもまた当然だった。
「ああ、それで」
エリーはやっと腑に落ちた、という表情でサラを見た。
「お昼は一緒に食べられない、って肩を落としていたのね。セレナがお弁当用に料理を籠に詰めて渡してたけど、私、みんなと一緒に食べてから出掛ければいいのにって思って…。ちょっと可哀想だったわ。でもクレイの命令なら仕方ないわね」
罪悪感と戦いながらサラは頷く。
「ええ。それで、デラはもう出掛けちゃったの?」
「私がサラを探しに出た時にはもう出発していたわ」
「そう」
「でね。出掛ける前にケイトに、マイリが初めて作ったパイも味見したいから残しておいて下さい、って頼んでいたのよ」
思い出したのか、エリーはくすっと笑った。
「可愛いこと言うわね」
話題が変わったことにほっとして、サラも笑う。
「でしょ? でも王様なんて、まだパイを貰っていないのにお礼を先に持って来させるんだもの。いくらジェスのパイが楽しみだからって、なんだか可笑しいわよね」
その料理にクレイをもてなす意味があることを知らないエリーは無邪気に笑っている。その真相を未だにエリーに知らせることが出来ないサラは、ちくりと痛む良心を隠したまま、エリーに微笑みを返した。




