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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第二章 王都にて
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12

「サラー!」

 梢の囁きを子守唄にうとうとと微睡んでいたサラは、エリーの声に重い瞼を上げる。

 さあっ、と風が通ってサラの金髪を撫でるように巻き上げ、サラは目の下にいるエリーを見つけた。

「またそんなところで眠って」

 自分を見上げ少し非難するような、それでいて諦めているような口ぶりのエリーに、サラは微笑んだ。

「気持ちいいわよ」

「枝が折れたらどうするのよ。ここには綿の花(コットンフラワー)は咲いていないのに」

 そういえば、そんなことがあった。

 あの日の出来事をすっかり忘れていたサラは、あの時はどうしてだったのだろう、とふと思った。

 枝が折れて下に落ちたのは、あの時が初めてだ。いつだって安全な枝の上で寝ていたし、枝が折れそうな時はいつも周りが知らせてくれていたのに。

「戻りましょう。マイリが初めて作ったパイがそろそろ焼き上がるわ」

「ちゃんとジェスが手伝っているわよね」

「もちろん」

 木の枝から幹を伝って降りてきたサラは、下で待っていたエリーに向き直る。

「よくここが分かったわね」

「サラが好きそうな場所だと思って」

 不思議なことに、サラが何処にいてもエリーは必ずサラを見つけてくる。だからサラが子供の頃は、エリーにも草木の声が聞こえているものだと思っていた。そうでないと分かった時、エリーに理由を尋ねてみたが「ただなんとなく」という答しか返ってこなかった。エリーが何の手掛かりもなく自分を見つけることが、サラにはいつも不思議だった。

「だってエリー、この森は初めてでしょう」

「昨日、クレイと散歩した時にこの辺りを歩いたの。サラはきっと、ここが気に入るだろうなと思ったわ。でも一番気に入っているのは、ここじゃなくて湖の近くじゃない?」

 図星だ。

「さすがね」

「だから一番にそこへ探しに行ったのにいないんだもの。思ったより時間がかかってしまったわ。早く帰りましょう」

 帰りましょう、と言われてサラの心は急に和んだ。みんなのいる場所がエリーにとってまだ「帰る」場所であることに安心する。

「今日は早く来られたのね。お昼前なんて珍しいじゃない?」

「今日はみんなのお昼ご飯を用意してきたの。王様が、パイのお礼にご馳走したいって。みんなで食べましょう」

「お城から?」

「ええ。ただでさえ大人数で大変だろうからって。お城の料理長が張り切って作ってくれたのよ」

「うわぁ。楽しみ」

 嬉しそうに話すエリーに、サラも笑顔になる。

「そういえば今日、初めて会った男の子…何て名前だったかしら」

「デラね」

「ええ。その子。マイリのいいお友達が出来て良かったわね。今朝、一緒に木苺を採りに行ったんでしょう?」

「そうよ。ワイルダー公国には木苺がないんですって。ジャムが高級品らしいの。だから私、二人が国に帰る時にお土産にしてあげようと思っているのよ。母さんに作ってもらうつもり」

「お城のジャムも美味しいわよ。料理長に少し譲ってもらうよう、頼んでみるわ」

「助かるわ」

「…でも母さんの作るジャムが一番美味しい。私もそれ、欲しいなぁ」

「いくらでも届けるわよ」

 サラがそう言うと、エリーはふと真顔になった。

「ところでサラ。昨日クレイと散歩した時に色々話したんだけど、あの人…ワイルダー公国の騎士って言っていたわよね?」

「そうだけど」

「お城で警護しているワイルダー公国の騎士の人しか知らないからそう思うのかもしれないけど…。あまり、騎士という感じではないわね」

「そうかも」

 はらはらしながらサラは答える。

「今はそういう生活から離れているもの。療養してたから普通の人みたいになったんじゃないかな」

「…普通の人にしては、政治に詳しいと言うか」

「何が気になるの?」

「この国のことに詳しいみたいだけど…騎士が気にかける内容かな、って思ったの」

「そう…」

 下手に話を続けるのは良くない予感がして、サラは曖昧な相槌を打ちながら一生懸命に次の話題を考える。

「それに」

 しかし容赦なくエリーの話は続いた。

「それに?」

「あの男の子の態度が」

「デラが何か?」

 サラの声が思わず上擦る。

「クレイに対して、丁寧すぎると思わない?」

「見習いだからよ! クレイは見かけによらず、そういうのに厳しいの」

 途端にサラの口から出任せが出た。

「そうなの?」

 首を傾げるエリーに、サラの勢いが止まらなくなる。

「クレイって結構、厳しいこと言うのよ。今日だって、デラをたった一人で使いに出すみたいだし…」

 一応嘘は言っていないつもりだが、王子が言うことと騎士が言うことでは、従者が受け取る言葉の重みが全く違うことは明白だろう。

 実際クレイはデラを粗末に扱ったりしていない。だからこそ、デラのクレイに対する態度はより一層丁寧なのだ。

 だがそれが、お忍びであることを知らないエリーの目に不思議に映るのもまた当然だった。

「ああ、それで」

 エリーはやっと腑に落ちた、という表情でサラを見た。

「お昼は一緒に食べられない、って肩を落としていたのね。セレナがお弁当用に料理を籠に詰めて渡してたけど、私、みんなと一緒に食べてから出掛ければいいのにって思って…。ちょっと可哀想だったわ。でもクレイの命令なら仕方ないわね」

 罪悪感と戦いながらサラは頷く。

「ええ。それで、デラはもう出掛けちゃったの?」

「私がサラを探しに出た時にはもう出発していたわ」

「そう」

「でね。出掛ける前にケイトに、マイリが初めて作ったパイも味見したいから残しておいて下さい、って頼んでいたのよ」

 思い出したのか、エリーはくすっと笑った。

「可愛いこと言うわね」

 話題が変わったことにほっとして、サラも笑う。

「でしょ? でも王様なんて、まだパイを貰っていないのにお礼を先に持って来させるんだもの。いくらジェスのパイが楽しみだからって、なんだか可笑しいわよね」

 その料理にクレイをもてなす意味があることを知らないエリーは無邪気に笑っている。その真相を未だにエリーに知らせることが出来ないサラは、ちくりと痛む良心を隠したまま、エリーに微笑みを返した。


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