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第16話

紫色の光が、無機質に僕の顔を照らしていた。


『外部の騎士団も、学園の教師共も、我らの大規模詠唱の前には手も足も出まい』


通信機越しに響くバイス教頭の宣言が、冷たい地下空間に反響して消えた。

僕は目の前の光景に立ち尽くした。広大な空間の壁という壁に、びっしりと設置された数百にも及ぶ起爆用魔道具。中央の制御盤から脈動するように放たれる不気味な光が、僕の無力さを嘲笑っているかのようだった。


僕はこれまで、裏社会で数々の任務をこなしてきた。

表では相変わらず目立たない落第生として振る舞いながら、裏では新進気鋭の暗殺者として暗躍する二重生活。学園の優秀な特待生たちが束になっても苦戦するような凶悪な魔物を、闇に紛れて音もなく仕留めた。裏で甘い汁を吸い、法で裁けない汚職貴族たちの厳重な屋敷に潜入しては、誰にも気づかれずに標的を処理してきた。

僕の「消音」魔法は、攻撃力ゼロの役立たずなんかじゃない。完全隠密と無詠唱化を可能にする、暗殺において最強の能力だ。表ではどれだけ嘲笑されようとも、裏では誰よりも確実に任務を完遂できる。

その事実が、僕の中に確かな自信を育てていたはずだった。


だが、目の前の現実は、そんなちっぽけな自負を容易く打ち砕く。

僕の異能で一つや二つの音を消し、起爆を遅らせることはできても、これほどの数を同時に無効化することは不可能だ。

僕一人の力では、どうにもならない。

冷たい絶望が、足元から這い上がってくる。この巨大な悪意を前に、僕の暗殺術は何の役にも立たないのか。

僕は唇を強く噛み締め、誰にも気づかれないように、無音のまま地下空間から撤退するしかなかった。重い鉄扉を閉める手は、微かに震えていた。


◆ーーーー◆


翌日。昨日の突然の襲撃によって学園の美しい石造りの校舎が瓦礫の山と化し、僕たちは被害を免れた別棟の教室に急遽集められていた。さらなる本命のテロ決行予告日が明日に迫る中、学園は目に見えない異様な緊張感に包まれている。

窓から差し込む朝の光はいつも通りなのに、空気だけが鉛のように重い。


「なあ、ルーク。なんか今日、息苦しくないか?」


隣の席で、トムが不安げに周囲を見回した。そばかす顔をしかめ、制服の襟元を少し緩めている。

いつもはお調子者で楽観的な彼でさえ、理由のない不安に怯えているようだった。成績は下から数えた方が早いと笑う彼だが、権威に媚びない真っ直ぐな性格をしている。だからこそ、学園を覆う不自然な空気を敏感に感じ取っているのだろう。


「気のせいじゃないかな。テストが近いから、みんなピリピリしてるんだよ」


僕は平静を装って答えたが、トムは納得いかないように首を傾げた。

地下から発せられている特殊な波長が、魔力を持たない一般生徒の無意識にまで影響を及ぼし始めているのだ。


休み時間になり、廊下に出ると、恰幅の良いバイス教頭が数人の教師を引き連れて歩いてきた。

彼の指にはめられた高価な魔法石の指輪が、窓からの光を不気味に反射している。


「明日は学園にとって、歴史的な一日となるだろう。諸君も心して備えるように」


教頭はすれ違う生徒たちに向け、傲慢な笑みを浮かべて言い放った。その目はすでに勝利を確信しており、自分に従わない無能な者たちを排除する喜びに満ちているようだった。


「学園の秩序は、真の力を持つ者によってのみ保たれる。無能な者は徹底的に排除されねばならんのだ」


取り巻きの教師たちにそう語る彼の声には、一片の迷いもない。

僕は壁際に寄り、彼らが通り過ぎるのを黙って見送った。拳を強く握り締める。

権威主義の権化である彼が、この学園を壊そうとしている。


その時、向かいの廊下を歩いてくるエリアの姿が目に入った。

学園の主席優等生である彼女は、周囲の重い空気に抗うように、以前よりもどこか凛とした表情をしていた。

数日前、彼女が事件に巻き込まれた夜。僕は正体を隠し、暗殺者として彼女の命を救った。表社会の象徴とも言える彼女が、名も知らぬ謎の暗殺者に強い憧れと信頼を抱いてくれている。

彼女の真っ直ぐな視線を見るたびに、僕の力は決して無価値ではないのだと思えた。表社会では無能と蔑まれる僕の力が、誰かの希望になれたのだと。


だが、今回は違う。

バイス教頭が企てる大規模なテロ計画。地下に仕掛けられた無数の魔道具と、外部のテロリストたちによる大規模詠唱。それが発動すれば、表の騎士団や教師陣の魔法など手も足も出なくなるだろう。学園は絶望的な危機に陥る。

僕の暗殺術で、彼女を守り切れるのか。

不安が胸の奥で渦を巻き、僕は逃げるようにその場を立ち去った。


◆ーーーー◆


夜。自室のベッドに腰掛け、僕は手のひらにある冷たい金属を見つめていた。

ジンから渡された、秒針の音がしない懐中時計。

暗殺ギルドにスカウトされた日、隠密用のアイテムとして受け取ったものだ。だが、最近になって薄々気づき始めていた。これは単なる道具ではない。僕の異能の力を蓄積し、制御するためのリミッターなのだ。

時計の表面を指でなぞる。微かな魔力が、金属の奥へと吸い込まれていく感覚がある。


もしこのリミッターを完全に外し、力を解放することができれば、地下の魔道具をすべて無効化できるのだろうか。

いや、無理だ。今の僕には、その術が分からない。中途半端に力を暴走させれば、僕自身がどうなるか分からないし、最悪の場合は起爆を早めてしまうかもしれない。


「僕は、どうすればいい……」


誰に届くわけでもない呟きが、静寂の部屋に吸い込まれていく。


ふと窓の外を見ると、遠く離れた時計塔の屋根の上に、微かな気配を感じた。

暗闇に溶け込むような、黒いコートの影。

ジンだ。

彼は鋭い三白眼を細め、僕の部屋がある学生寮を静かに見下ろしているのだろう。

ジンは僕の才能を見出し、育ててくれた。だが、彼はプロの暗殺者だ。個人的な感情で表社会の事件に介入することを良しとしない。

今、ジンは僕が重圧に押し潰され、精神を壊してしまうのではないかと危惧しているのだ。彼が発掘した才能が、つまらない正義感や環境のせいで潰れてしまうことを、彼は何よりも嫌う。

それでも、僕は見捨てることはできない。


僕は懐中時計を強く握り締め、ゆっくりと立ち上がった。

窓の外には、星一つない真っ暗な夜空が広がっている。

自分は本当に学園を救えるのか。

騎士団すら無力化される大規模なテロを前に、攻撃力ゼロの僕が一人で立ち向かう。どう考えても無謀だ。

無力感と静かな不安が、足元から這い上がってくる。胃の奥が冷たく重い。

それでも、逃げるわけにはいかない。

僕を認めてくれた人たちがいる。僕が守りたい場所がある。


だが、決意を固めたところで、現実は何も変わらない。

地下の魔道具をどうやって止めるのか、大規模詠唱をどう防ぐのか、具体的な策は何一つないままだ。

絶望的な状況の中、手元の時計の針だけが無音で進んでいく。

窓の外の空が、少しずつ白み始めていた。

そして、何も解決しないまま、ついにテロ決行の朝が静かに訪れようとしていた。


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