第10話
僕は短剣を抜き放ち、セリアンを取り囲む五人の刺客の背後へ音もなく降り立った。
敵対組織の刺客は五人。彼らはセリアンを半円状に取り囲み、手元にどす黒い魔力を集めていた。指先から放たれようとしているのは、標的を確実に焼き尽くすための高火力の炎。彼らの唇が動き、致命の呪文が紡がれようとする。
僕は空間の音を奪う異能を展開し、その範囲を敵の口元にまで広げた。
夜の路地裏から、一切の音声が消失する。刺客たちの喉から発せられるはずの詠唱は、空気の振動を伴わず、世界に届く前に掻き消された。音を伴わない魔法は発動のプロセスを絶たれ、彼らの手元に集まっていた魔力の光は虚しく霧散していく。
何が起きたのか理解できず、刺客たちが目を見開いて硬直した。その隙を突き、僕は背後から一人目の懐に潜り込む。首筋に手刀を落とし、崩れ落ちる体を支えながら静かに石畳へと横たえた。
二人目、三人目と、無音の空間で次々と意識を刈り取っていく。敵は自分がなぜ魔法を使えないのか、どこから攻撃されているのかすら把握できないまま、抗う術もなく闇に沈んでいく。
倒れゆく敵の姿を見下ろしながら、ふと過去の光景が脳裏をよぎった。
火力偏重の魔法至上主義を掲げる王立学園。攻撃力が皆無の僕は、周囲から嘲笑の的だった。実技試験でも魔力測定器を沈黙させることしかできず、教官や生徒たちから冷たい視線を浴びた。そしてついに、退学を宣告されたのだ。自分には何の価値もないのだという絶望に打ちひしがれ、目の前が真っ暗になったあの日の記憶。
だが、失意の底で歩いていた夜の路地裏で、運命は反転した。
暗殺ギルドの幹部であるジンに待ち伏せされ、告げられた言葉。僕の異能が持つ、気配を完全に断つ力。そして、あらゆる魔法の発動音を消し去り、敵の呪文を阻害する力。裏社会においては規格外の価値があり、到底値段などつけられないとスカウトされたのだ。
四人目の刺客が、恐怖に顔を引き攣らせて短剣を振り回す。僕はその刃を紙一重で躱し、鳩尾に重い一撃を沈めた。声にならない絶叫と共に、男が崩れ落ちる。
今、僕はギルドに加入し、新人としてこの裏社会の実戦に立っている。表社会の常識では無価値とされた力が、ここではプロの刺客たちを一方的に蹂躙していた。
最後の敵が逃げ出そうと背を向けた瞬間、僕はその足元に滑り込み、膝の裏を蹴り抜いた。体勢を崩したところを背後から締め落とす。衣擦れの音一つ立てず、五人の刺客を完全に無力化した。
僕は、この裏社会にこそ自分の新たな生きる道があるのだと、確かな手応えを感じていた。
◆ーーーー◆
セリアンは、周囲で次々と刺客が倒れていく不可解な現象を前に、息を呑んで立ち尽くしていた。
敵対組織の襲撃に死を覚悟していた彼は、見えない護衛の完璧な手腕に深く感銘を受けたようだった。周囲を見回し、危険が完全に去ったことを悟ると、彼は姿勢を正した。
「……見事だ」
セリアンは気高く真面目な声音で、誰もいない空間に向かって深く一礼した。
「貴殿の姿を見ることは叶わないが、この命を救っていただいたこと、心より感謝する。見えざる盾よ、どうかこの敬意を受け取ってほしい」
格式張った硬い丁寧語が、夜の路地に静かに響く。僕は屋根の上からその言葉を聞き届け、姿を見せることなく、静かにその場を離脱した。
◆ーーーー◆
ギルドの拠点に戻ると、ミラがいつものように棒付きキャンディを転がしながら出迎えてくれた。
「お疲れ様、ルークくん。見事な仕事ぶりだったみたいだね。同行した連中が、君の潜伏技術に舌を巻いてたよ」
明るくマイペースなお姉さん口調で労ってくれる彼女に、僕は小さく頷きを返す。自分の力が認められているという実感が、胸の奥に温かいものを広げていく。
だが、ミラの表情がふいに真剣なものへと変わった。
「ただ、少し厄介な情報が入ってきてね。裏社会で不穏な噂が流れてるんだ」
彼女はキャンディを噛み砕き、声を潜めた。
「学園の奥深くで、あの教頭が汚職貴族たちと頻繁に密談を交わしているらしいの。どうやら、かなり大規模な計画を推し進めているみたい」
◆ーーーー◆
同じ頃、王立魔法学園の執務室。
分厚いカーテンが引かれた薄暗い部屋で、恰幅の良いバイス教頭が、高価な魔法石の指輪を光らせながら冷たい笑みを浮かべていた。彼の対面には、豪奢な外套を羽織った数人の貴族たちが座っている。
「お前たちも分かっているだろう。この学園の秩序と私の権威を、何よりも優先せねばならん」
教頭は傲慢な口調で言い放ち、手元の書類を指先で弾いた。
「無能な者どもは徹底的に排除する。そして、我々の理想とする支配を確立するのだ。計画の準備は、すでに最終段階に入っている」
貴族たちが満足げに頷く中、教頭は細い目をさらに細め、窓の外の闇を見つめた。自分の価値観に合わない者を排除し、さらなる権力と富を手に入れる。その野望が、学園全体を巻き込む巨大な渦となろうとしていた。
裏社会で新たな居場所を見つけた僕の日常に、学園に迫る不気味な危機が、音もなく忍び寄っていた。




