第55話 手のひらサイズの絶望。
ガラガラと耳障りな音を立てて運び込まれたのは、無数のメーターが並び、太いパイプがうねる巨大な機材。
その上には、黒いベルベットの布に包まれた「何か」が乗せられていた。
「あれぇ? なんでそんなピカピカになってるの? あ、防錆油塗られたんだ。愛されてるねぇ!」
俺のボディを一瞥し、ユーは楽しそうに目を細めた。
「それより、これを見て〜。ジャーン!」
ユーが布をバサリと払って現れたのは──意外にも、手のひらサイズのブリキ人形だった。
背中から飛び出たゼンマイネジ。
左右非対称のまんまるな目。
関節の隙間から剥き出しになった真鍮の歯車。
(……なんだあれ。子供用のオモチャか?)
「お偉いさんの小言を聞き流しながらね、ユーちゃん考えたんだよ。キミの力の『本質』をさぁ」
ユーが巨大機械のスイッチを入れると、ズズズ……と床を震わせるような重低音が響き始めた。
機材の背面から伸びる無数の太いケーブルがブリキ人形の背中に直結され、さらに人形の胸元から細い銀色のコードが飛び出し、蛇のように俺の投函口へと伸びてきた。
「このデカブツはね、キミの能力を僕なりに解釈して組み立てた転送機! 強制《引受》器ってとこかな!」
ユーは手元の端末を操作し始めた。
「細かい説明は聞いてもわからないよねぇ? ……ほら、『お引越し』いくよ〜!」
ガチン!
銀のコードが投函口の奥に触れた瞬間──視界が激しく歪んだ。
(なんだこれ!? 《引受》を発動する時の感覚にそっくりだ!)
『──擬似神経領域を生成しました──』
『──《引受》を開始します──』
バチバチバチッ!
目の前に激しい火花が散り、世界が反転した。
⭐︎
……カチ。
……コチ。
頭の中で、歯車が噛み合うような音が規則正しく響いていた。
(……う……?)
意識が浮上する。
先程までとは何かが決定的に違っていた。
視界が──信じられないくらい低い。
ポストの中にいたときとは、比べものにならない。
目の前にあるのは、綺麗に磨かれた白い床板の木目。
巨大な丸太の断面を見ているかのような、暴力的なまでの拡大率だ。
そして、そのすぐ先には、見上げるほど巨大な壁のようにそびえ立つ、ユーの黒い革靴。
(……え? なんだこれ……?)
恐る恐る、自分の手元を見ようと首を動かした。
ぎぎ、ぎちち……と、耳障りな金属の擦れる音が体の中から響き、視界がカクンとぎこちなく傾く。
視界に入ってきたのは、真鍮のネジで無造作に止められた、長さ三センチほどの薄っぺらいブリキの腕だった。
(……俺、動けるのか?)
ギギ、ガガッ、ピキッ。
右足のパーツがぎこちなく床を蹴り、反動でバランスを崩して前のめりに転倒した。
カランララン、と軽快で情けない音が部屋に響く。
(う、動けた……動けたけど……ちっさ!! なんだこれ、さっきのブリキのおもちゃの中なのか!?)
「あははっ! すごぉーい! 実験成功だぁ!」
頭上から、巨大な笑い声が降ってきた。
見上げると、ユーが手を叩きながら、面白くてたまらないといった表情で俺を見下ろしている。
「ねぇねぇ、今どんな気分? 外に出られた感想は〜? キミの《引受》と遜色ないでしょ〜?」
(感想もクソもあるか! 駄菓子のオマケにでもなった気分だぞ!)
文句を言ってやろうと口を開いた。
「ギ……ガガッ……ピヨォーヨ……」
口から漏れたのは、壊れかけたオモチャのような、情けない鳴き声だった。
「あはは! 『ピヨォ』だって! 可愛い〜!」
ユーが腹を抱えて床をバンバン叩く。
俺の怒りの叫びは、ただの壊れた玩具の鳴き声にしかならなかった。
(笑うな! もういい、おふざけは終わりだ! こんなガラクタ人形の中にいられるか、ポストに戻るぞ!)
自分の背後を振り返る。
そこには、研究員に塗られた錆止めのせいで、無駄にテカテカとしている俺のボディが、魂を抜かれた抜け殻のように佇んでいた。
俺はぎこちない足取りで、ぎぃぎぃと音を立てながらポストへ向かって前進する。
自分の本体へと意識を戻そうと集中──
バヂィッ!!
「ギギャッ!?」
強烈な電気ショックのような衝撃が走り、ブリキの身体を吹き飛ばした。
床を二、三回バウンドして、ひっくり返る。
『──《引受》解除不能──』
頭の中に響いたのは、無情な声だった。
(……え? 嘘だろ?)
「あ〜……もしかして『帰ろう』としてるぅ?」
ユーがポリポリと頬を掻きながら、嘘か本当かわからない気の毒そうな顔を見せる。
「なんとか《引受》の能力を模倣して、『キミ』を取り出すことはできたけど、ポスト側には、もう戻れないみたいだねぇ。何か独自の規則でもあるぅ?」
(……ルール。《引受》中の《引受》は出来ない。本体が封印されているから、帰ることができない……?)
「残念だねぇ。無理矢理に《引受》を誘発したから、《住所変更》でもしちゃったのかなぁ?」
(……もど、れない? 俺はポストに戻れない……)
白い部屋に、俺の体内から「チッ、チッ、チッ」と空回りするゼンマイの音だけが虚しく響く。
「ま、とりあえず『お引越し』のテストは大成功ぉ。あ、でもその身体は長くは保たないかもねぇ。倉庫にあった骨董品だから、ガタがきてるねぇ」
ユーが呑気に笑いながら、指先を伸ばして俺の頭を突っつこうとしてくる。
(この……イカレサイコ野郎!!)
ぎぃぃっ、とゼンマイを限界まで軋ませ、俺は短いブリキの足で床を蹴った。
渾身の跳躍。
無防備に近づいてきたユーの顔面めがけて、右のこぶしを──
パシッ。
「ん? あ、ハイタッチしたいのかなぁ?」
ユーの人差し指で、俺のこぶしが軽々と止められてしまった。
「ギィィィッ! ガガッ! ピヨォォォッ!!」
(ふざけんな! 殴らせろ! 元に戻せッ!!)
短い手足をジタバタさせる俺を見て、ユーはケラケラと笑う。
「元気だねぇ〜。気に入ってくれたみたいで良かったぁ。じゃあ、次の試作機を考えるまで、それで我慢してね〜」
ユーは俺をつまみ上げると、机の上に置かれていた分厚い書類の束の上に、ポンと置いた。
「風で書類が飛ばないように、文鎮代わりになっててね〜。ユーちゃん、次の実験パーツを探してくるねぇ!」
鼻歌を歌いながら、部屋の奥の資材庫へと消えていくユー。
残された俺は、書類の上で仰向けになったまま、天井の灯りを見つめていた。
(絶望的な状況……だな)
ポスト本体には戻れない。
ユーに殴りかかっても、指一本で止められる。
おまけに、この身体は長く保たないらしい。
(……いや、待てよ)
ゆっくりと首を動かし、ユーが消えていった資材庫のほうへ視線を向けた。
周囲には誰もいない。
(……もしかして、今なら脱走できるんじゃないか?)




