第54話 俺は無力だ。
「いよぅし! 楽しくなってきたぁ!」
ユーは白衣の袖をまくり上げると、部屋の隅から大型の機材をガラガラと引きずってきた。
無数の管と配線が伸びた怪しい機械だ。
「まずは規格を測定しないとねぇ。どんな『仕組み』なのかなぁ?」
ユーが手にした小型のリモコンを操作すると、目の前の薄いガラス板のような障壁が消えていく。
(これは反撃のチャンスか? いや、ダメだな)
投函口やボディに絡みついている鎖を外さない限り、能力は発動できない。
今の俺は完全に、ただの置き物だ。
ユーは先端に吸盤がついたコードを数本取り出すと、俺のボディにペタペタと貼り付け始めた。
(おい、冷たい! やめろ、くすぐったいんだよ!)
『──感応端子、装着完了──』
『──深層構造走査、開始──』
機械が警告音を鳴らし、眩い光を放つ。
ユーは手元の水晶板を覗き込み、楽しそうに目を細めた。
「さーて、どんな面白い結果になるかなぁ〜?」
その数秒後、ユーの眉がピクリと跳ね上がった。
『──測定不能──』
『──構造解析不能──』
機械が無機質な音声で測定結果を読み上げる。
同時に、乾いたペーパーログがペラペラと吐き出された。
「……ふーん。そんなわけないよねぇ……」
ユーはつまらなそうに測定結果を眺めていた。
(一人で納得するな! 説明しろ!)
「もう一回ね〜。波長増大、強めにいくよぉ!」
キィンと耳障りな高周波が部屋に響き渡る。
(歯医者のドリルの音!! 精神攻撃反対!!)
『──測定結果:判別不明な物質を検知──』
『──既知物質との一致率:0%──』
『──概念パターン照合:失敗──』
『──測定軸外の反応を検出──』
『──既存の世界法則による定義不可──』
『──精神因子:固着不安定──』
「……あはっ。アハハッ! ついに……見つけたぁ!」
二度目の結果を見たユーが突然、狂笑をあげる。
「ふふ、やっぱり、いるんだねぇ。この世界の理屈じゃ説明できない、アレが! キミはその『存在証明』ィ!」
ユーは機械を止め、吸盤を雑に引き剥がすと、歪んだ笑顔で真正面から俺を見据えた。
「キミ! この世界の理屈じゃ説明できない存在なんだよ? それが意味することがわかるぅ?」
(……まじかよ。確かにパンとか食べられるし、普通じゃないのは否定できないけどな!)
「そうとわかれば、何から始めようかなぁ。もっと別の魔導スキャナーを持ってくるか……あ、そうだ──ん?」
ユーが手にしていた端末が、ピピピと電子音を鳴らした。
画面を一瞥したユーは、あからさまに面倒くさそうな顔で嘆息する。
「げぇ、幹部会の時間だ。水を差すなぁ……ポストくん、ちょっと待っててね〜」
ひらひらと手を振りながら、ユーは白衣をなびかせて足早に部屋を出て行ってしまった。
広い、白い、無機質な部屋の中央。
目の前の結界は消えている。
本来なら逃げ出すための絶好のチャンスだ。
だが、まともに動くことすらできない。
(……俺は無力だ)
ポツンと取り残され、嘆くことしかできなかった。
ユーが去ったことで、周囲で働いていた職員たちが、ちらほらとこちらに視線を向け始めた。
(……お? 誰か助けてくれるか……!?)
魔術師や研究員が数人、物珍しそうに俺の周りに集まってくる。
俺は必死に訴えかけるように、彼らを見つめた。
「おい、これ……特封隊が街から引っ張ってきた特異個体だろ?」
「人の精神を支配するとか、例の勇者と関わりがあるだとか……妙な噂が絶えないやつな」
コン、コン。
魔術師のひとりが、俺のボディを軽く小突いた。
(なんだ!? 気軽に叩くな!)
「……感触は普通の鉄だな。魔力の波動、全然感じないぞ」
「だな。叩いても軽い音がするだけだ。本当にこんなのが危険なのかね。室長のいつもの悪ふざけじゃないか?」
「あ、おい。見てみろよ、角のところ塗装が少し剥げてサビが出てるぞ」
研究員のひとりがスプレー缶を持ってきた。
(ちょ、ちょっと、待て、何をする気だ!?)
プシューッ!
(うぉっ!? 何吹きかけてんだ!?)
「よし、塗料と錆止めも吹いといた。これで長持ちするだろ」
「お前、仕事熱心だな。飯行こうぜ、食堂の限定メニュー終わっちまう」
職員たちは談笑しながら、俺に背を向けてスタスタと歩き去っていった。
(……なんなんだよ、これ)
危険物として拉致されて、なぜか錆止めを塗られる始末。
意思はある。
感情もある。
なのに、他人の目から見れば、俺はどこまでいっても塗装が剥げたポストでしかないのだ。
部屋の天井をぼんやりと見つめる。
(あいつら、今頃どうしてるだろうな……)
街にいた頃は、当たり前のように会話があった。
リリルは俺の気持ちを察して微笑みかけてくれた。
ルミナは隣に寄り添ってくれた。
ヴェルは文句ばかり言っていた。
だから俺は、自分がポストになったという異常な境遇を、どこか人間らしい日常の延長として錯覚できていたのかもしれない。
だが、あの日常から切り離された今、俺に残ったのは自分がただのモノとして扱われる残酷な現実だった。
この状況を受け入れて、好き勝手されるしかないのか。
(……いや、違う! 俺はモノなんかじゃない!)
俺には、まだ預かりっぱなしの手紙がある。
待たせている奴らがいる。
(必ずここから抜け出して、俺自身の日常を取り戻してみせる)
──コツ、コツ、コツ。
廊下の向こうから、聞き覚えのある靴音が近づいてきた。
「ただいま〜! ユーちゃんだよ〜!」
ユーが先程よりも巨大な、見るからに物騒な新機材を台車に載せて戻ってきた。
(まさか本気で解体する気じゃない……よな?)




